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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
230/874

弟子

 8


 振り返ったデデビビはあまりの緊張に硬直していた。

 まさかレシュリーのほうから話しかけてくるとは思っていなかった。

「あら、AHT(あなたは確か)……レシュリーさんでしたわね」

 多少の憧れはあるがさほどレシュリーに興味がないアテシアが、思い出すように言った。

「うん。改めてよろしく」

 よろよろと立ち上がり埃を払いのけたレシュリーの姿は、若干デデビビの思っていた姿と違っていた。

 それでも、きりっと立ち上がったレシュリーの姿は堂々としているように見えた。

「えっと……」

 デデビビも席を立ち上がり、レシュリーと対面する。クレインもどこか緊張した面持ちで声が出ない。

NNN(なんて情けない)! 何か言ったらどうですの?」

 緊張しすぎなデデビビにアテシアは呆れる。

「あんたも何か言ってあげなさいよ」

 一方のレシュリーも緊張が見え、アリーに叱咤されている。

 それでも、レシュリーが新人に話しかけた、というきっかけは場の雰囲気を変えていた。

 新人の誰もがレシュリーの弟子になりたいと思っている。

 強い冒険者に教授されたいと思うのはごく当たり前のことだ。

「レシュリーさん!」

 だからデデビビよりも先に勇気を振り絞って、

「俺を弟子にしてください」

 主張する者がいてもなんらおかしくはない。

 第一声を上げたのはドゥックーゾだった。

 その声を皮切りに

「ぼくも」「私も!」

 と声をかけるタイミングを図っていた新人が一気に群がる。

 中にいて機を窺っていた新人は当然、外で様子を窺っていた新人もなだれ込んできたのだ。

 酒場の密度が一気に上がる。

「僕も……弟子に……」

 遅れて、言ったデデビビの言葉は聞こえたかどうか。

 たぶん、聞こえてない。

 わずかにショックを受け、しかも新人たちの波に縁へ縁へと追いやられていく。

 レシュリーとの距離は離れていくばかりだ。

 このままじゃ、このままじゃダメだ。

 それは分かっていた。分かっていたけれど、その人波に逆らえずにいる。

「あのさ……」

 その押し寄せる人波に向かってレシュリーが一言発すると、嵐の前の静けさのように、声が響いた。

「僕、たぶん弟子をとったら、そのままヤマタノオロチを倒しに行くと思うよ?」

 次の言葉は新人にとっては恐ろしく聞こえた。

 けれどレシュリーは、別に新人をその場に連れて行く、なんてことは言ってない。

 それでも、この場でそれを発したということは、弟子になったらヤマタノオロチ討伐につれていかれる、そう解釈できた。

 つまるところ、それでもいいなら弟子にする、とレシュリーは言っているように思えた。

 レシュリーにとっては、何の意図もない宣言だが、新人は裏の裏の裏あたりぐらいまで考えてしまっていた。

「失礼しました」

 ドゥックーゾは震える声で言って、逃げ出していく。弟子にしてほしいと声をあげていた他の新人もだ。

 わずかに残っていた新人の冒険者もいたが……

「そちらのお二方も……ヤマタノオロチに挑むのですか?」

「当たり前」

 とアリーが答え、コジロウが頷くと問いかけた新人は無言で一礼して去っていった。

 もちろん、アリーやコジロウも新人をその場に連れて行くとは一言も言ってない。

「あれ……なんで?」

 レシュリーは自分の言葉のどこが間違っていたのかまだ分かっていない。

「これで選択肢が限られたわね」

 アリーはどうせこんなことになるだろう、と思っていた。

 レシュリーの言葉は島中に伝播するだろう。もちろん、アリーやコジロウが同伴することも知れ渡る。

 つまり、レシュリーたちの弟子になる新人はよっぽどの物好きか命知らずしかいなくなる。

 どうして新人が逃げたのか未だ分からないレシュリーは自暴自棄になったのか、もはや緊張もなく、恥も醜聞も受け入れるつもりで、目に入った三人へとこう投げかける。

「良かったら、僕の弟子になる?」

 まるで友達感覚で、レシュリーはデデビビ、クレイン、アテシアへと視線を向ける。

 デデビビやクレインにとっては願ってもいない状況。アテシアは興味がなかったはずだが、どこか目を輝かせていた。

「僕は……大歓迎、です」

 緊張のまま、デデビビが言う。喜ぶレシュリーだったが、デデビビの言葉は続いた。

「でも」

 だからレシュリーは言葉を待つ。耳を傾ける。

「僕たちは三人一緒にいるって約束したんです。だから、誰かが反対するなら諦めます」

 わずかに体を震わせているクレインを気遣ってか、デデビビは言う。

「わたくしはDKG(大歓迎)ですわ。YO(ヤマタノオロチ)と戦えるなんてDKGですもの!」

「ムィイ!」

 血気盛んにアテシアが答える。レシュリーの破天荒な発言がアテシアの評価をある意味で一転させていた。

「ボクはそれが……イヤだ。そんなの怖すぎるよ」

 いつまでも自信がないクレインは答える。魔法士なのに魔法が使えない、それがクレインの自信をいつまでも根こそぎ奪っている。

 なんとかここまでやってきたが、魔力がないままいつまで戦えるか分からない。 

 ヤマタノオロチが新人ごときが太刀打ちできるかも分からない。

 分からないまま、分からないものと戦うのは、未知と戦うのは恐怖だ。

 その恐怖が、ごく自然の恐怖が、アテシアには他の新人の数倍はあった。

「だってヤマタノオロチとなんてボクが戦えると思う? 戦えっこない!」

 相談する声はレシュリーまで届いた。

「ああっ!」

 ようやく合点がいき、レシュリーは思わず声を出した。

 視線が集まったのをいいことに

「声を出してごめん。でも3人とも勘違いしているよ」

「というかあんたが勘違いしてもおかしくない言い方したのよ」

 ようやく気づいたか、とアリーは睨みつける。

「僕自身は弟子をとったらヤマタノオロチを倒しに行くけど……弟子はつれていかないよ」

「いかないのですか!」

 アテシアがその言葉に驚き、残念な表情を見せる。

「やっ、行きたいなら止めないけど……前線には立たせないと思う、よ?」

「それでも(構わない)ですわ!」

 乗り気のアテシアだが、クレインはまだ不安がっていた。

「レシュリーさん……失礼かもしれないですけど」

 デデビビは前置きをして、

「それって嘘じゃないんですよね? 行きたくないって思ったら、行かなくていいんですよね?」

 ある意味、師匠になるかもしれない人を疑う行為ではあったが、レシュリーはデデビビがクレインを思ってのことだと気づいていた。

「もちろん。というか僕が嘘をついて新人を連れて行ったら悪評がすぐ広まりそうだよ」

 笑いながらレシュリーは言う。

 なるほど、確かにそうだとデデビビは思った。これほど有名になり、一挙一足が注目されてしまうのに、嫌がる新人をいきなり強敵の前に連れて行くなんて悪い噂がたたないほうがおかしい。

「みたいだけど、どうするクレイン?」

「でも……ボクは色々と迷惑をかけるかもしれないし。ボクは魔法を使えないんだよ?」

「でも転職だってできるじゃないか」

 気軽にデデビビは言った。

「……本当は、転職したくないんだ。魔法士系では居続けたいんだ。無茶かもしれない、愚かかもしれない。ボクだって思うところはある。転職すれば……まだ道はあるかもしれない。でも魔法使いであることをボクを辞めたくない」

 クレインは言った。

 クレインが躊躇ったのは恐怖からだけじゃなかったとデデビビは今思い知った。

 クレインはずっとずっと誰一人にも吐露をせず胸中にそんな想いを秘めていたのだ。

 転職すればいい、誰もが安易に考えていた。

 けれどクレインにとって、それで道が開けるかもしれないと思っていも、諦めたくない何かがあったのだ。

 デデビビは自分を叱責した。クレインに投げかける言葉が見つからない。

「いいよ、それでも」

 そう言ったのはレシュリーだった。

「僕はキミの選択を尊重する」

「でも……それじゃあご迷惑がかかるんじゃあ……」

「むしろ、レシュは迷惑ばっかりかけるわよ。すぐ人を助けようとするし、助けれなかったらものすごく凹むし。それを何回も繰り返すし」

「ひどい言われよう……」

「事実でしょ。だからレシュに迷惑をかけるなんて考えなくていいわ。むしろ迷惑かけまくって、私たちの苦労を知ればいいのよ」

 アリーの言いようにクレインは唖然としたが、どこか安心感もあった。

「まあ、レシュが師匠がイヤっていうなら、私やコジロウが師匠になるって手もあるけど……」

 その言葉にクレインは首を振る。

「ボクはレシュリーさんが師匠がいいです。それにデビや……アテシアと一緒がいい」

「なら決まり。ふたりも僕が師匠で文句はないよね?」

 レシュリーはデデビビとアテシアに再確認する。

 ふたりがすぐさま首肯すると、

「じゃあ、よろしくね」

 レシュリーが手を差し出すと、デデビビが積極的に握手をした。

 その敏捷性にレシュリーは思わず苦笑する。


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