邂逅
7
「やあ、戻ってきたね」
アビルアさんの声を聞いて、妙に安心した。
酒場に当たる部分の広さは変わっておらず、中に入ってやっとここがアビルアさんの宿屋だと分かる。
「宿屋、広くなったの?」
全員の疑問を代弁するように尋ねる。
「ああ。あんたに持ちかけられた賭けのお陰で、儲かったからね。無駄遣いするよりは、こうして設備投資したほうがいいだろう? それに、ほら……挨拶しな」
「どうして、あたしが……」
ぶつくさ言いながら、仏頂面で料理を作っていた女の子が僕たちの前に引っ張り出された。
「ほら、いいから」
「ルビア。よろしく」
「それだけじゃあ、分からないだろ」
「通じないなら、冒険者はその程度ってことでしょ。おばさん!」
「やれやれ……」
奥へと引っ込んでいくルビアにアビルアさんは苦笑する。
「半年前に一念発起の島を卒業した姪でね。仏頂面だけど、料理の腕は確かさ。増設して人手不足になったからね」
「でも、あんな仏頂面で……僕はいいですけど、接客が気に食わない冒険者もいるんじゃ……」
「確かにいるね。でもあの子は料理専門。おっ、ちょうどいい。テレッテ来ておくれ」
「なんでしょうか、マスター」
颯爽と現れたのは給仕をしていた男。端正な顔立ちで爽やかな笑顔を自然と見せてきた。
「レシュリーたちが帰ってきたんでね。初対面だろ、挨拶しな」
「これはこれはご丁寧にありがとうございます。私はテレッテ・バトルロード。ここで給仕係をさせていただいております」
「なるほどね。これなら不満も減りそうだ」
「は、俺はイケメンすぎるやつはどうにも気に食わないがな」
シッタは逆に嫉妬したのか。嫌味を放って舌なめずりする。
「キミのほうが良い、という人もいるだろうさ」
フィスレがさりげなくそういうフォローをして、シッタは照れて押し黙った。
「あんたらの仲が良くなったのかい? いいことだ。それよりもレシュリー、あんたも色々と良かったねえ。今更だけどアリーとも再会できて、こんなに仲間もできて」
「いやー、それは……」
素直に喜ばれると照れてしまう。アビルアさんは冒険者にとってはお母さんのようなものだ。
本当の母親よりも接している機会が永く、暖かく包み込んでくれた。
しかも僕はアビルアさんとの付き合いが、二年も長い。
その長かった分だけ、思い入れは強いとも言えた。
「それよりも部屋を取るんだろう? 増設して、雑魚寝できる部屋もできたけれど、あんたらは個室がいいだろう? 二人用もあるけれど……どうするんだい?」
にやにやしながら、僕とアリーを交互に見つめる。
年齢不詳なアビルアさんだけれど、こういうところは妙に子どもっぽい。
「一人用に決まってるでしょ!!」
アリーが盛大に照れて、大声で叫ぶ。
僕たちのやりとりが気になりつつも、気にしてない素振りを見せていた酒場の冒険者たちも、さすがにその声には反応してしまう。
「俺たちは二人部屋にすっかな」
「バカだろう、キミは」
シッタもフィスレに冷静にツッコまれていた。
「私は二人部屋にするの! アルルカ、一緒に寝るのね!」
「なんだか昔みたいですね、姉さん」
姉妹だから何の問題も躊躇いもないルルルカとアルルカがこのなかでは初の二人部屋を選択していた。
そんなやりとりをアビルアさんは暖かく見つめていた。
僕たちがアビルアさんをお母さんだと感じているように、アビルアさんもまた、故郷に戻ってきた子どもとでも思って、懐かしんでいるのかもしれない。
「ムィ! ムィイイ!!」
そんななか、魔物の声が響く。
「魔物!? どうしてこんなところに!?」
蝙蝠にも似た魔物が高速で酒場のなかに侵入してきた。
大陸から戻ってきた冒険者全員が、【収納】していた武器を取り出し、構える。
途端、
パンパン!
手を叩く音が聞こえ、
「アテシア、大陸から戻ってきた奴らは、その光景に慣れてないんだよ、早くしまいな!」
「SMNとは失礼ですこと! ムィはDGではありませんことよ!」
「ムィ!」
アテシアと呼ばれた女の子の肩に止まったムィ――蝙蝠系の魔物は嬉しそうにそう鳴く。
「BKSKG、お騒がせしてGNですわ!」
「なんて言ってるのか分からぬでござるな……」
「えっ……なんとなく分かるんだけど……」
「それはそれで意味が分からぬでござる」
「ほら、あんた達も殺気だってないで座りな」
「あの子が噂に聞く魔物連れの娘であるなあ」
「いつの間にいるのよ、イロスエーサ」
「それより、魔物連れの娘ってのは?」
「札術士の陰にかなり薄れてしまっているのであるが……他にも噂になっている新人がいるのである。その一人こそが彼女であるな。なにやらある時期を境に、魔物を連れ始めた、ということらしいである」
「大陸には魔物使士がいるから、違和感ないこともないけれど、それでも酒場につれて入ったりもしないし」
「そこらへんのマナーについてはおいおい弟子にした人が教えるのだとしても、島で魔物を連れているとなると相当の混乱があったのでござろう」
イロスエーサに面識があるのか、コジロウも平然と喋り出す。
「そうであるな。というより、そこは島の体質というべきであるかレシュリーどのと似たようなものであるな」
「似たようなもの? まさか……落第者的な……」
僕にとってはもう思い出したくない記憶ではないけれど、それでもあの2年間は辛いものがあった。
「とはいえ、今の様子を見れば理解者がいることも分かるであるな」
「アビルアさん……いや、それだけじゃないみたいだね。見れば分かるよ」
アテシアの傍にいるふたりの男女、そのふたりも彼女の理解者だろう。
「そうであるな。そのうちの一人が札術士。さらに言えばもう一人の彼女は、魔力がない魔法士である」
「魔力がない……ね」
まるで球を投げれなかった僕みたいな感じだ。
「その子は……落第者には、ならなかったんだよね」
「この雰囲気からしてそうであろうぞ」
「それなら安心だ」
「また、変な心配したの?」
「そりゃあね。きっと落第者になっても、アテシアって子を理解したように、他のふたりが理解してくれるから、大丈夫だとは思うけれど、そのふたりが大陸に出て、置いてけぼりにされたら……どうしても耐えれないときが来る」
僕が言うその言葉は重みを持っていた。
僕も2年なら耐えれた。これが3年、5年と積み重なっていたら自殺していたかもしれない。アリーが来なければ僕の冒険も、いや生きる意味さえも始まらなかった。
「それを支えるのが、私らの役目だよ」
そう言ってアビルアさんは注文もしてないのにココアを差し出す。
「どういうことですか?」
「なーに、あんたには色々と世話になったからね、ちょっとしたサポート体制ってやつさ。テレッテもルビアも落第者には理解があるし、宿屋を増設したことで寮を追い出された場合は宿代もタダにしてるのさ」
まあ、ここまで大きくなったのはあんたのお陰だからちょっとした恩返し。このココアも私の奢りさ、とアビルアさんは照れた。
「というか、さっきから札術士の子がこっちをちらちら見てるわよ」
「それは知ってるけど……彼は僕を見てるの?」
「でしょうよ。今や新人の注目の的はあんたよ」
「そうなんだ、僕はてっきりアリーに見惚れてるのかと……」
「それはあんただけよ。さっさと挨拶してきたらどう?」
背中を押されるように、僕は三人組のほうへと押し出されてしまう。
「けど……」
「いいから、行ってきなさい。気になってるくせに!」
言って背中を蹴られる。
そのせいで変に体勢を崩して、僕は三人の後ろで大きく倒れる。
「……やあ」
その物音で僕を見た三人に向かって僕は倒れたまま、見上げ挨拶をした。




