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tenth  作者: 大友 鎬
第8章 やがて伝説へ
225/874

夜森

 3


 リンゼットが初心者協会に辿り着いた頃には、三人は申請を終えていた。

 予想以上にボロボロで、損傷が激しい防具。三人の顔には疲弊が見える。

「あ、リンゼットさんだ」

 クレインがリンゼットの姿を捉えると、

「三人とも、そんなに苦戦したのですか?」

 三人を労わるのも忘れ、リンゼットは問いかける。

「あー、実は……」

 デデビビは言うのを少し躊躇ったあと、それでも言葉を続けた。

「ボスゴブリンの弱点を狙わずに倒そうって、三人で約束したんです」

 リンゼットは言葉を失う。

「弱点を狙うのがセオリーだって分かってはいるつもりです。でも、弱点に気づかないときだって、絶対にあると思うんです。だから……」

「だからJTWNな(弱点を狙わなかった)のですわ」

 アテシアの言っていることをリンゼットははっきりとは理解できなかった。

「つまり弱点を狙わずに倒したから、順位が低く、防具もボロボロなのですね?」

 それでも頭のなかで整理したことだけを確認する。

「はい、そういうことです」

「良かった……」

 安心に腰くだけになったリンゼットは近くの椅子に腰を降ろし、安堵の息を零す。

「私はあなたがたが試練に失敗したのではないかと心配していたのですよ」

「そ、それはごめんなさい」

 デデビビはそこで思慮の浅さに、配慮の足りなさに気づく。

 師匠を引き受けてくれたリンゼットには言ってしかるべきだったのだ。

「弱点を狙わずに、分からずに倒す冒険者なんて、新人の宴にはひとりいるかどうかですよ」

 リンゼットは呆れて、それでも忠告を出す。

「ごり押しせねばならない戦いは無謀です。弱点を探し、狙っていくことこそ、魔物に対してもっとも適切な戦い方なのですよ」

「分かってます」

「まあ、何度も言ってきましたからね。でもあなたは無茶をする。無茶をすれば、苦労するのは仲間なのです」

「それは……確かにそうですけど……」

「それだけは重々、胸に刻んでおいてください」

 リンゼットはそれだけ言って柔和な笑みを零す。

「お説教はここまでにしておきましょう。明日はお祭りと旅立ちの日。ゆっくりと休んで、明日に備えなさい」

「「はい」」「(はい)


 ***


 と元気良くリンゼットに返事したものの、デデビビのなかにある興奮は冷めそうもなかった。

 100位中100位。順位から見れば最下位だけれど、弱点を突かず、自分のなかにある手札だけで勝てたのはデデビビのなかでは大きな収穫だった。

 ボスゴブリンが倒れた姿が今でも目に焼きついている。

 部屋に戻ってゆったりしようと思っていたけれど、興奮した体は寝るには適さないし、じっとしていてもどこか落ち着かないだろう。

 デデビビはひとり回帰の森へと向かっていた。

 夜の森は暗い。それだけ危険が潜んでいる。

 それでも、デデビビはまるで道が分かっているかのように、ある場所へと進んでいく。

 いや実際、デデビビは道が分かっていた。

 夜目が利くわけではない。狩猟技能があれば別だが、狩士ではない彼らがそれらを覚えることはない。

 それでもデデビビは茂みのない道を歩いていく。

 元々小さな獣道だったそこはデデビビとクレイン、アテシアの三人で延々と歩き続け、それによって獣道よりも大きく、けれど舗装はされてない、小道になっていた。

 その小道の大きさが三人の努力の成果、を如実に現していた。

 小道は大樹の幹でふたつに分かれ、デデビビは左側へと進む。

 すると月明かりが差してきて、ある少女を映し出す。

「夜にこんなところにいるなんて危ないよ」

 デデビビがクレインを見つけて、声をかける。

「眠れないんだよ」

「僕も、だ。いよいよ、明日だと思うとどうしてもね……」

「「不安だね」」

 デデビビの声に、クレインが声を重ねる。二人とも同意見だった。

「ボクは死にたくはないんだ」

「それは誰だって思ってることだよ」

「でもさ、誰だって島を出る前にはやってやるぞ、って思うものだよね? フツー、死にたくないだなんて、言葉に出すほど不安に思ったりしないよね?」

 デデビビは答えない。月明かりに映るクレインの顔を見つめながら、クレインの言葉を聞いていた。

「ボクは魔力がないって聞かされてから、どうしようもなく怖い。キミがボスの弱点を狙わず倒そうって約束したのは……ボクを勇気づけるためでしょ?」

 デデビビは首を振る。

「違う。クレインが不安がってるのは分かってた。でも、僕も怖かった。だから、クレインやアテシアと約束して、それを守ることで勇気をつけようとしてた」

 デデビビは正直に言った。

「キミも怖いんだね」

「僕も怖いさ。札術士なんて、後にも先に現れていない。他の人よりもこの先が不鮮明だ」

「それを言ったらボクもだよ。魔力がない魔法士なんて……どうすればいいのか、分からないでしょ?」

「確かに……」

 思わずデデビビは笑い、「ひどいよー」とクレインも笑った。

「明日になれば、誰かの弟子になる。けど……僕はどっちかって言えばクレインと一緒にいたい」

「それって……?」

 クレインが頬を染める。

「気心知れてたほうがやりやすいし、クレインがいると安心するんだよ」

「そっか。そうなんだ」

 クレインが期待していた言葉と少し違うけれど、それでも嬉しい言葉だった。

 クレインは少しだけ照れくさそうにデデビビを見つめる。

「ボクもデデビビと一緒になれれば、嬉しいよ」

 クレインが意を決して胸中を告げたとき、

「わたくしもですわ」

 唐突に声が聞こえた。

 気がつけば……月に陰ができている。

 月を隠すようにムィにぶら下がったアテシアがそこにはいた。

「いったい、いつから」

 ふたりはやりとりを思い出して目を逸らす。

SK(最初から)ですわ。IIF(いい雰囲気)だったので、ZMして(ずっと見て)いましたの」

「だったら声をかけてよ」

 一部始終を見られていたと知り、ふたりは顔を真っ赤にしていた。

「明日、DSW(弟子を)SKB(探しに来る冒険者)は主に三人勧誘していくと聞きますわ」

 でしたら、とアテシアは着地して、

(わたくし)(デビ)(クレイン)の三人を勧誘してもらえばいいのですわ!」

「ムィ!」

「もちろん、ムィもですわ」

「それも、そうだね」

 当然の提案にデデビビは笑顔を見せ、クレインも笑った。

「帰ろうか……」

 しばらく笑い合って、デデビビは提案する。

「うん。なんだか色々話したら気が抜けて、眠くなっちゃったよ」

 クレインは欠伸をして、歩き出す。

 三人のことを思いやってか否か、回帰の森の魔物たちは三人を襲うことはなかった。

 魔物たちが襲ってこなかったのは、ランク0のレベル上限に達した三人を前に怯えていただけだが、それを言うのは野暮だろう。

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