蟲毒
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その部屋は的狩の塔の内部に似ていた。
ただし、その部屋は長方形ではなく、まるで壷のように丸みを帯びていた。
「オイラはこんなところで死にたくない、死にたくない」
涙目でベルベは必死に逃げる。
ようやく憧れの集配社に入れたというのに、こんなところで。
なんで、こんなことになった。なんで、こんな目に遭うんだ。
ちらりと上部に嵌められた窓ガラスを見る。
その窓ガラスの向こうは小さな個室になっていて、そこにはブラギオがいた。
集配社“ウィッカ”の社長-―最先端の情報を持ち、そして配信する、最上の情報屋だった。
そんな彼にスカウトされ、そしてようやく正社員へと昇りつめた。
なのに――
死にかけている。
同僚であり、ブラギオの秘書だったセセラに殺されかけていた。
セセラもまた、時折、その個室を見上げ、ブラギオの行為に疑問を投げかけていた。
その姿を見ても、ブラギオは喜んでいた。
もう不要になった正社員のなかで誰がいったい生き残るか。
それが楽しみで仕方ない。
「やばーい、マジやばーい!」
ブラギオの後ろには幹部の姿があり、幹部らもブラギオとともにその動向を窺っていた。
「ウル、さっきからそればっかしやし。もっと語彙を増やせやし」
やばいやばいと殺し合いを見て喚くのはウル・アンキロッサ。
そのあまりの語彙のなさを嘆くのはステゴ・ザ・ウォルフ。
「というかブラギオさんはひどいやし」
「ひどいというと?」
ブラギオは眼下を見つめたまま、ステゴに尋ねる。
「だって、これ、オレたちが封印の肉林から戻ってこれたから、下っ端は洋梨……いや用なしってことやし」
「まあ、言い方はひどいですがそうですね」
「マジやばーい!」
「とはいえ、これはβ時代、かつてあったとされる鍛錬方法”蟲毒”ですよ」
「つーと? どういうことやし?」
「密室のなか、全員で殺し合わせる。ただそれだけです。すると最後のひとりは99人の経験値を得ることができます」
「ほー、そりゃあすげぇ。やっぱあんたの情報量はすげぇやし」
「マジやばーい!」
ウルの反応はブラギオの話がやばいのか、眼下の殺し合いでベルベをセセラが殺したのがやばいのか判断はつかない。
「ギャハハ、ウルはお前の情報量に驚いているみてぇだな」
そんななか個室のドアが開き、そんな声が聞こえた。
ウルの声はどうやら通路にまで聞こえていたらしい。
「戻ってきましたか。ティレー」
「つーことはノードン先生が戻ってきたってことやし。久しぶりの現役復帰やし!」
「やれやれ……私がここにまた戻ってくるとは思いませんでしたよ」
「悪趣味は相変わらずなんだよな、ノードン先生は」
「何を言ってるんです。慈悲ですよ。神父たる私が与えるものはそれ以外の何物でもありません」
プティラ・ノードンがそう言って優雅に笑うと口からわずかに見える金歯が光る。
「キモッキモキモキモキモ。鳥肌たった」
「トゥーリもありがとうございました。ティレーだけでは寄り道しそうで心配だったのです」
ブラギオがティレーとともに帰ってきたトゥーリ・K・ラトップへとお礼を告げる。
「気にしてない。キモカワ生物を見つけたから私にとっては幸運。それより、キモードンと一緒にいたくない、帰っていい?」
「それはダメです。もうすぐ幹部候補のひとりが決定します。それを見守るのも幹部の仕事です」
「キモメンドい」
「マジやばーい!」
「ギャハハ、、ウルもトゥーリに同意見みてぇだな」
「つか、なんでティレーはウルのやばーい、がきちんと理解できるんやし」
「ギャハハ、それは気合とか根性でどうにかなるだろ」
「ならねぇよ、この肉食獣!」
「それより何より、結構な美人が死んだみたいですね。私の慈悲を与えられないとは、悲劇以外の何者でもありませんよ」
「キモっ、キモキモ!」
「マジやばーい!」
止まらない会話のなか、眼下ではセセラが力尽きていた。
「おやおや、彼が生き残るとは……情報通り、相当な力を隠していたようですね」
「あいつ、なんて名前? オレらが封印の肉林にいたときにはいなかったやし」
「名前などもはや不要ですよ。彼が幹部になると同時に、彼の名前はなくなるのですから。DLCによってね」




