空中庭園編-40 共鳴
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戦いを終えた僕たちは禽取の宿屋へと戻ってきていた。
映像記録媒体の生放送から結末を知っていたマスターは僕たちのために大盤振る舞いで料理を作ってくれていたのだ。
「お前らが勝ってから作ったから大したことねぇがな」
と豪快に笑うマスターだったが大したことあった。
大きなテーブル一面に料理の数々が並んでいた。
「これたぶん、レシュリーさんが勝つって信じて相当前から作っていたと思いますよ」
料理の得意なメレイナがぼそっと教えてくれた。
確かにこの量を短時間では無理だろう。
マスターの照れ隠しには触れないで置こうと決めた。
「ありがとうございます、マスター」
お礼を言って座ろうとすると
「おおっと、お前さんの席はここだ」
とマスターができたてのココアを中央の席に置いた。
ほかにもココアを好きな人は絶対にいるはずだけれど、それを置かれてしまったら拒むのはマスターよりかココアに失礼だ!
僕はそこに座ると自然とアリーが隣に座ってくれる。
「ココア飲みながらは相変らずなのね……」
アリーは呆れるが、
「いいや、そりゃあロック、だZE!」
とすっかり元気なジョーが星白銀の岩巻樹杖〔情熱の歌い手ロック・ザ・スター〕をかき鳴らして近づいてきた。
「おそらくそれがアンタのソォゥウウウル・フゥウウウウウウウウドなんだ、ZE!」
「ソウ……なんだって?」
「だから、ソォゥウウウル・フゥウウウウウウウウド、だZE!」
音と叫びに乗せて言うものだからいちいち聞き取りづらい。
「俺も聞いたことがあるぜ」
そう言って舌なめずりして近づいてきたのはシッタだった。というか舌なめずってる時点でシッタしかいない。
「共鳴絶品、簡単に言うと大好物! なんていうか戦いが終わった後とかこれ食いたいとか思うことがあるだろう、戦いが始まる前に気合入れるために奮発して食う料理でもいい」
確かに商人を育成する一念発起の島では最終試験の前の日には試験に勝つという意味で「カツ」料理を提供すると聞いたことがある。
もしかしたらそれが共鳴絶品に似ているのだろうか。
「それを食ったら、どうやらステータスが微弱に上昇しているらしい。ン%らしいし、その噂自体が紛い物かもしんねえけど」
言ってシッタは舌なめずる。
「なるほど。確かに的を射たことを言ってるのかもね」
アリーがたまにはまともなことを言うとシッタに感心していると
「あんた、ロックだ、ZE。共鳴絶品のことをそこまで知り尽くしているとは。さてはあんたもソウゥウウル燃やして、ロックしてるんだ、ZE!」
「その通りだZE!」
「ノンノン! だ、ZE!」
「だ、ZE!」
「そうだ、ZE!」
バカふたりは勝手に盛り上がりその場から去っていく。
「感心した私がバカだったわ」
「ねぇ、アリー。さっきの共鳴絶品だけど、僕にとってはココアなのかな?」
「考えるまでもなく、そうなんじゃないの?」
思えば僕は何かあるたびにココアを飲んでいる。
そのたびに微弱にステータスが上昇していたのだろうか。
そう考えるとなんだか嬉しくもある。
「といえヨタ話もいい所よ。確かめるにしたって、戦闘中にステータスを確認するバカはいないでしょ。筒抜けにしていいことはないわ」
「確かに。じゃあ深く考えなくていいのかな?」
「いいに決まってるわ。それに、誰だって戦闘前にご飯は食べるでしょ?」
「まあ、そうだよね」
そう言ってココアを啜り、そうして僕は尋ねた。
果し合いに勝ったあと、ずっと尋ねたかったことを。
「アリーはさ、このあとどうする?」
「どうするって、そりゃ修行に戻るわよ。もう半月もないけど」
「そっか。そうだよね」
「もしかして、一緒にいて欲しい?」
「そりゃあね。でも今でさえ約束を破ってもらっているってのに……これ以上はわがまま言えないよ」
「約束って……大げさよ。だいたい、あんたと別れたのだって、私のわがまま。来年の新人の宴の祭の日に会おうって決めたのだって私のわがままじゃない」
「そうだけど、さ……やっぱり」
「私だって寂しいわよ。でもあと半月の辛抱じゃない。あと半月もすれば……いつまでも一緒にいられるわ。あんたが私を嫌いにならない限り」
「ならないよ。なるわけがないじゃないか」
「ホントに?」
「本当だって」
「でもさ、私も痛感したわ。私はとことんあんたが心配みたい。すぐ今回みたいに無茶するし、私が隣にいても無茶するし」
「それは……申し訳ない」
「だから、あと半月しか会えない時間はないわけだけど……」
アリーが僕の手に触れ、じっと見つめる。
「私が心配しないように、おまじないしとくわ」
普通は心配な方におまじないをするんじゃないだろうか、とか色々考えた。
「これが済んだら半月はお別れ、いいわね?」
その後、色んな雑念は吹き飛んだ。
僕の唇にアリーの唇が触れていた。
アリーのおまじない。
メレイナ、ムジカにセリージュ、ジネーゼ、ヴィヴィもルルルカ、アルルカも僕のほうを向いていた。
それでもアリーはキスをやめない。
僕もやめない。
二度目だけどこの感触を僕は放したくなかった。
***
永遠に続くかと思った長く永いキスのあと、アリーは別れも言わずに去っていった。
宴は僕を置いてけぼりにしたように続き、アリーが去っていったという実感を伴わないまま一日が経った。
僕たちのキスを見ていたからか、それとも強くなろうと思うところがあったのか、アルルカたちも半月は修行に勤しむと去っていった。
僕はひとり残された。
初めはジェニファーがいたけれどメンテナンスをすると言ってジョバンニのところに向かっていた。
ジョバンニなら一日で終わらせられるはずだけれど、なぜかジェニファーは半月後に合流させると連絡を受けた。
僕はひとりになったけれど、でも寂しくなかった。
アリーのおまじないのお陰かもしれない。
ヤマタノオロチが復活するまで、まだ時間はあるとコエンマが教えてくれたけれど、僕は空中庭園のなかで修行をした。
人目のつかないところでずっと。
そうして半月はあっという間に経過し、新人の宴の翌日、祭りの日を迎えた。




