試練
11.
アリーの前に立ちはだかる十二人の影。
クローンではないのは人形の狂乱を十二人の冒険者がクリアし、誰も捕らえられていないからだ。
その場合、形成されるのはクローンとは少し異なる、前回の冒険者を模した影。
そのなかで一番強い冒険者の影がドールマスターとなり、残りが従者となる。
今回の挑戦者はアリーも含め、過去最高の八十人にのぼった。
クローンと違い、影を倒しても誰も傷つかず、襲いかかってくる影を処理してからドールマスターに対
処することが可能で、難易度が格段に下がるからだ。
しかも影の数がドールマスターを含めてもわずか十二人。その十二人が全て優秀だったわけではないが、影の数は過去最低。ともすれば難易度はさらに下がる。
これを機にランク3になろう、と考えている冒険者も少なくはなかった。
とはいえ、数の多さが有利に働くわけでもなく、これに乗じて殺そうと考えるPKもいる。
それを多くの冒険者が分かっていながらも、どこかで簡単にクリアできるはずだと思いこんでいた。アリーを除いては。
現に試練開始から2時間が経過していたが、誰ひとりとしてドールマスターのもとへと辿り着けたものはいない。
「どーなってやがる!?」
いらつく誰かが叫ぶ声をアリーは哂うように聞いていた。アリーはどうせこういう事態になるだろうと冷静に見越して、目立たぬようにひっそりと観察しているだけだった。無駄に疲弊して、好機を逃したくなかった。
「さすが、相棒が言っていただけの強さを持っているね、影どもは」
独り言を呟きながら後退してきた女剣士とアリーの目線が合う。
「キミは前回の仮面の男の知り合いだね?」
「あんたは?」
「私は……ほらあの影……あの影の元になっている男の相棒というやつなのかな?」
女剣士が指した影はベロリと舌をなめずる。そうしてアリーは改めて、敵対する影を確認する。それぞれ影の濃さが違う。それは魔力に比例し、魔法士系複合職の影のほうがより濃いように思えた。魔法を使えば使うほど魔法士系影はどんどん薄くなることから、それは間違ってはいないだろう。
舌なめずりする影の濃さはいわゆる基準値と呼ばれる濃さ。魔法士系ではない。
本人の活躍が前回あまりなかったのか特に目立った動きはしていない。
しかし一対一でなければすぐさま逃げるというのは厄介な特徴だった。周囲情報分析に長けている証拠だろう。
その近くには悪魔を召喚する悪魔士の影。そのわずか後ろに女の影。敵対する冒険者は近づくだけで気力を失いやる気をなくしている。おそらく堕士の影だろう。このふたりはあまり冒険者を殺さないが確実に冒険者を足止めしていた。
長大剣を振り回し、主に女冒険者を狙う影。大振りのように見えて的確に攻撃するのだから厄介極まりない。冒険者の多くが力負けしていることから狂戦士だろう。さらにその影だけを援護するように遠距離から魔砲を繰り出す魔砲士の影がいるのだから倒すのは難しい。
さらに厄介なのが狩士を模した影ふたり。限界の八つまで武器を持っているその影は戦闘スタイルを次々と変えるため、冷静に対応できなければやられる。遠慮なく冒険者を切りつけることからPKの影だろう。
その奥には刀剣を持つ影と屠竜剣を持つ影。その後ろで守られているのは尋常ではない濃さを持つ影。 アリーはその影をレシュリーと再会したときにいた賢士だろうと判断。生まれつき魔力を尋常ではないほど持っている人間かもしれないとアリーは推測する。
その三人の影の連携は厄介だ。大振りの屠竜剣を避けると今度は単騎向きの刀剣が襲いかかりぐずぐずしていると強力な魔法が襲いかかってくる。
その三人の影を避け、迂回を考えようとすると、そこに立ちはだかるのはコジロウの影。コジロウの厄介さはアリーが一番知っていた。しかし同時に打ち破れるという自信もあった。一ヶ月前のコジロウの能力であれば自分はとっくに凌駕している。
そこを抜ければドールマスター。仮面をつけたレシュリーの影。〈双腕〉の技能は活かされているとは言いがたいが、多様な技で他の影を援護している。
それが二時間経ってもなお、ドールマスターへと近づけない理由でもあった。
アリー以外の誰もが、少なからずどこかで落第者を生んだ投球士系など大したことがない、と高を括っていた。
だからこそ、それが焦りを生み、ミスを増やし、詠唱を荒くする。時間が経つにつれ、負傷者が増え、戦意喪失するのは時間の問題だった。
コジロウの影に一進一退の攻防を繰り広げながら、アリーは突破口を探す。
後退し、呼吸を整えたところで、アリーは再び先程の女性に話しかけられた。
「キミも影の元になっている奴らの仲間だろう? だからというわけではないが、協力しないかい?」
「嫌よ」
「どうしてだ? 私は自分の力を過信しているわけではないが、強いと思うよ」
「そうかもね。でも結局私もあんたも、一度ドールマスターに負けている」
「確かにそうだね。確かに二ヶ月前は協力なんてしなかった」
「だから今回もする必要はないのよ」
「いやだからこそする必要があると思うんだが……」
「ないわ。あんたがある程度強いのは認める。でも私はあんたより比べ物にならないぐらい強いわよ」
レヴェンティを抜き、アリーは薄ら笑う。あたかも自分の出番がやってきたと言わんばかりにゆっくりと歩き、舌なめずりする影へと向かう。
何も、全員の影を倒すことはないのだ。
クリアの条件はドールマスターの撃破。それに尽きる。だとすれば、一対一なら必ず勝負してくる舌なめずりの影を狙うのがいい。近くには悪魔士、堕士の影がいるが、このふたつの影は一定の範囲に入らなければ邪魔をされないと観察の結果、分かっていた。
狂戦士と魔砲士はその三人の影と離れているので、舌なめずりを倒せば、逃げ切れると踏んでいた。そのあと、後方に控えるコジロウの影を倒せば、アルたちを模倣した三人組は無視できる。最後にドールマスターたるレシュリーの影を倒せば試練は終了。
最短で三人倒すだけでクリアできるのだ。
辺りを見回す。他の参加者は無鉄砲に挑んでいた。そこにニ時間で学んだことを生かすものはいない。舌なめずりが多人数では逃げるのを見越してソロで引きつけてから、大勢で近づき、一気に奥へと進む冒険者もいたが、奥に待機するコジロウとレシュリーの影に翻弄されたり、またはアルたち三人組の影の強固な連携を崩せずに後退していた。
呆れるほど弱い、アリーはそう感じていた。おそらく、レベルは100前後だろう。ランク2のレベル上限は210。せめて上限の四分の三は欲しい。
つまり彼ら人形の狂乱を楽観視しているのだ。負けたあとに屈辱の記憶を植えつけられることを知らない。
未熟ながらに活躍しているのは、話しかけてきた女剣士系に、天才という言葉を連呼する魔法剣士系とそれに従う双子の魔法士系。それに盗士系とパートナーの癒術士系か。丁度その癒術士系の女が、「油断しないでよ、ジネーゼ」と呟くのが聞こえた。
でもそのぐらいだ。それ以外は連携もできない烏合の衆。
私ひとりで勝ってもこいつらが全員クリアだなんて胸糞悪い、アリーはそう思っていたがそういう試練なのだから割り切るしかなかった。
コジロウが他の冒険者を相手にしはじめたことを機に走り出したアリー。目的としている舌なめずり――シッタ・ナメズリーの影はすぐにそこだ。アリーがひとりだというのを確認してシッタの影もやってくる。
「煮え滾れ! レヴェンティ」
反響する叫びに呼応するようにレヴェンティに炎がたぎる。攻撃魔法階級4【炎轟車】がレヴェンティへと展開していた。アリーは剣先をシッタの影へと向け、突撃する。
「はああああああああああああッ!」
気合の突撃がシッタの影を貫く。一瞬にして影は轟々と燃え、消える。
奥へと進むアリーに続くようにシッタの相棒フィスレが続く。アリーの突撃を見たフィスレは驚くどころか感心していた。攻めあぐねていたテッラにパロンとポロンの双子がその後ろに続き、こっそりとジネーゼとリーネもそちらへと移動を開始していた。
他の冒険者はまだ気づいておらず、他の影と戦闘を続けていた。しかし他の冒険者が、アエイウや、ルクスらの影を引きつけているからこそ、邪魔されることなく奥へと進めるのも事実だった。
炎の奔流がコジロウの影とアルたちの影を分断する。アリーが【炎轟車】を解放したのだ。
同時に、アリーを追ってきていた冒険者たちも二分された。アリーとフィスレがコジロウの影側、それ以外はアルたち三人の影側だ。
「あんたもあっちに行かせるつもりだったんだけど?」
フィスレが自分のほうにいることを皮肉るアリー。
「キミの思い通りにはさせない」
「……という時点で、協力って関係性はなくなるわね。私に協力するって言い張るつもりだったら私の思惑にはまるべきよ。それこそが私にとっての協力だわ」
「確かに。だったらここからは手柄の取り合いになるわけだね」
フィスレが皮肉り返す。
「冗談。雑魚がほざいてろ」
「ランク的には同格だし、年齢的にも経験的にも私が格上のはずだよ」
「年齢は強さに関係ないし、経験的にはおそらく私のほうが数段格上よ」
フィスレとアリーが言い合っている時間はコジロウの影にとっては好機でしかない。
【影分身】によってふたつに分かれたコジロウがフィスレとアリーに襲いかかる。
しかし、
「恐れおののけ、レヴェンティ!」
攻撃魔法階級5【突神雷】を宿したレヴェンティの一振りがコジロウの身体を切り裂く。刀剣〔超合金の魔人ガゼット〕を抜刀したフィスレが横薙ぎから続く払いを繰り出すとコジロウの影が傷を負いながらも後退し、間合いを取る。
「ほら、経験は格上って言ったじゃない」
一目瞭然の結果を見てアリーが呟く。アリーへと襲いかかったコジロウの影は絶命しており、フィスレへと襲いかかったコジロウの影は致命傷ながらもまだ生きていた。それが経験の差と言えなくはなかった。
「攻撃重視なだけだろう?」
「それが悪いこと? 中途半端なバランス型じゃ負けないけど勝てないのよ。それに……」
レヴェンティから解放した【突神雷】の神々の怒りを体現したような凄まじい雷の柱が致命傷のコジロウの影を貫く。フィスレはその強さに唖然とするばかりだ。
「魔法士系と違って放剣士が使える攻撃魔法は階級5までが限界だから半端なバランスじゃ火力が足りなくなるのよ。まあ、ついてきたかったら勝手についてきてもいいわよ」
でも、とアリーはフィスレの強さを認めたうえでこう言った。
「あんたぐらいの強さはそうそういないからあっちを助けてあげることをオススメするわ」
指した方向にはアルたちの影と戦う五人の姿があった。五対三と数こそ優勢だが、テッラたちとジネーゼとリーネは協力していないため、アルたちの影の連携に苦戦している。
そもそも五人のなかに剣士系複合職に就いている者はいない。テッラがアネクの影の大振りの攻撃をギリギリ受け止めることはできても、力負けしてしまう。しかもそのアネクの影が厄介だ。アネクは吸剣士である。吸剣士は攻撃をすると同時に生命力や精神力などの、何らかの力を吸い取り、自身を回復していく。つまり、アネクの攻撃を避け、後ろにいるリアン、アルのふたりを倒して突破口を作るのがベストだが、それも難しい。
誰かがアネクの影を無視して突出すれば、次に待つのは個人戦に特化したアルが待ち構えている。しかも彼自身は癒術を使わないという制約をしているが、アルの影にそれは無関係。傷を負えば治療するため、打ち勝つには一撃必殺が必要といえた。
しかもグズグズしていれば、莫大な魔力、精神力を持つリアンの影の強力な魔法が冒険者を襲いかかるのだ。
コジロウの影が倒されたことにテッラたち五人も気づいている。しかし、背後を見せればアルの影たちの連携によって致命傷を受けるのは明確だった。もっとも裏を返せば五人がアルたちの影の相手をしているからこそアルの影たちはドールマスターに援護できないでいた。
フィスレはアリーに言われたとおり、アルたちの影へと向かっていた。
参加者が誰も死ななかった。前の人形の狂乱が終わった後、シッタは舌なめずりしながらフィスレに熱く語った。
だからフィスレもできるだけ死者を出さないようにしようと決めていた。おそらくこの人数では数人は死者が出てしまうだろう。自分にも、おそらくここにいる誰もかも大人数をまとめあげれるような圧倒的カリスマを持っていない。まとめあげる統率力はない。それでもフィスレはシッタが語ったように死者を出したくない。アリーの言葉は気に食わなかったがそれでも、少しでも参加者が死なないように手助けするのがベストだとは思った。
フィスレがアネクの影が放った大振りの一撃を回避。刀剣〔超合金の魔人ガゼット〕を抜刀するやいなや速度を活かした突きを繰り出す。アネクの影が生命力を吸収し、回復するのだとしても、フィスレには関係なかった。
***
「恐れおののけ、レヴェンティ!」
再度【突神雷】を宿したレヴェンティの一振りをレシュリーの影であるドールマスターは何とか避ける。
「大した身のこなしね」
レシュリーと一緒に修行した時にもアリーが感じていたことだが、避ける、さらには逃げることにレシュリーは特化していた。幾度となく新人の宴に失敗したもののその都度、生きて帰っていた、という経験の成果だろうか。
さらに追撃するレヴェンティの凶刃すらもドールマスターは避け、【煙球】によって姿をくらます。
「うざったいっ!」
【突神雷】を解放し、煙幕ごと辺りを貫くも、外れ。同時に上空からドールマスターが手に持った棒で強襲。転がるように避けるアリーにドールマスターが【蜘蛛巣球】を放る。動きを止める算段だと読んだアリーが【弱炎】を宿し、瞬時に解放。その炎が【蜘蛛巣球】を焦がし消滅させる。
立ち上がったアリーを追撃するのは【毒霧球】。微量の毒でも吸い込みたくないアリーは瞬時に【微風】を宿し、即解放! その毒霧を吹き飛ばす。
「いい加減――」
文句を垂れる前にドールマスターが小賢しい真似をしていた意味を理解した。同時にレシュリーの最大威力の攻撃がなんなのかを知っているアリーは恐怖する。
適切な間合いからドールマスターは出現させたそれを振りかぶり、投げた。
【速球】である。
「――しまっ」
声に出して、油断していたことを悔やんでも遅い。
アリーへと鉄球がぶつかる
「行くじゃんよ」
――直前、憎たらしい笑い声とともにその球の軌道が変わる。ジネーゼが繰り出した【磁力】に鉄球が引っ張られ【速球】の軌道がわずかに逸れる。
同時に後ろから現れるフィスレに、
「俺という天才に不可能はないっ!」
雄叫び、自惚れ続ける天才テッラが続く。
そんなふたりを追い越して駆け抜ける双つの【竜風】。
さらに横から回り込むようにドールマスターの退路を塞ぐのはリーネだった。
アリーが辺りを一瞥するとアルたちの影が消えていた。
アリーは理解する。ラッテたち五人が苦戦していたのは、アルたちの影の連携だけじゃない、それをさらに強固にするように的確に援護するドールマスターの攻撃のせいでもあったのだ。アリーがドールマスターと戦いはじめたことでアルたちの影へ援護することができなくなり、さらにフィスレも合流したことで、戦闘力が強化され、アルたちの影を圧倒することができたのだろう。フィスレはアネクに対抗できた。なぜなら彼女もまた吸剣士だった。吸収されても吸収すれば、やったらやりかえせばいいのだけの話だ。
リアンの魔法には双子が手数で圧倒でき、さらにはテッラの多才な攻撃手段にジネーゼの素早い動きに加え、傷を癒してくれるリーネだっている。
リーネの存在は安心感に繋がる。多少の傷ならすぐに治せるため、恐怖を和らげ時には危険な賭けをすることだってできた。フィスレがアネクの影に対応したことで、自然にに連携が取れ始めたのだ。
アルたちの影三人を倒すと六人はすぐさまドールマスターへと向かい、結果、アリーを救った。
「これを見越していたのか?」
当然、偶然の結果であり、アリーはひとりでなんとかするつもりだったが
「あ、当たり前よ――!」
アリーは虚勢を張った。
「このまま畳みかけるわよ!」
運までも味方にしたアリーはフィスレに並走。
「恐れおののけ、レヴェンティ!」
三度目となる【突神雷】を宿す。
先行していた【竜風】をドールマスターが避けるも次のは避けれず直撃。
反撃する暇すら与えずフィスレが右腕を切断。少し遅れてテッラの天才かつ合理的だと主張する【竜風】の宿る魔充剣クワトロが腹を裂く。
挟撃するジネーゼとリーネの攻撃を残る左腕を犠牲にしたうえで身体をそらすことで避けたドールマスターだが、それが致命傷。アリーが頭からレヴェンティを突き刺しそのまま肢体を分断すると同時に【突神雷】を解放する。
肢体を分断どころか分散させられたドールマスターは当然のごとく絶命。
ドールマスターがレシュリーの影であろうとアリーに情けはなかった。
荒い呼吸を繰り返すアリーを尻目に転送は開始された。
奇跡的に参加者八十名が合格。死者は出なかった。




