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tenth  作者: 大友 鎬
第7章 放浪の旅
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空中庭園編-35 強押

 35


 好き勝手に剣を振り回していたアエイウの気分はようやく収まっていた。

 むしゃくしゃしていた気持ちも、暴れてストレス発散したようにも見える。カッとなってついやったら気分が晴れたとでも言わんばかりだ。

 触らぬ神にたたりなしというが、アエイウも下手に触らないほうがうまくいくことが多いとエリマは知っている。

 だから放置しているが、なるほど事はうまく進んでいた。

 土方歳三はアエイウの暴力的なまでの振り回しの対処で精一杯になっている。

 さらに単調だったアエイウの攻撃は、気分が収まってきたこともあり、鋭さを増す。

 大胆な大振りのなかで、敵を誘導する素振りと、牽制する剣の素振りが土方を追い詰めていく。

 ここからの逆転などありえなかった。

 アエイウの攻撃を弾いた土方にエリマが接近。

 長方形剣〔巻舌のヒュッヒューイ〕の強力な斬り上げ。

 土方の右腕、肘から肩までが一気に切断。

 彼方へと吹き飛ばされる。

 右利きの土方にとってそれは致命傷の一撃。

 それでも土方は笑う。

 油断もなければ隙も与えないエリマは、ニ撃目で振り下ろす。

 瞬間、見えたのは土方の斬れたはずの右腕。

 その右腕がエリマの長方形剣を真向から受け止める。

 土方歳三は鬼の副キャプテンと呼ばれている。 

 鬼のように手厳しいから、規律を重んじ違反を許さないから、鬼という名にそのような憶測、推測が飛んでいたりもする。

 けれど実はその名がついた理由は至極単純。

 そのままの意味だった。

 なくなったはずの右腕、肩からばっさりと斬れたはずのそこには黒い靄ような右腕があった。

 それは鬼の腕。

 クルーォルライアー(疑心暗鬼)と呼ばれる、人間に潜む鬼。

 それは才覚とは異なる似て非なるもの、〈鬼ヶ棲(オーガニズム)〉と呼ばれる鬼に魅入られた人間の証明。アルの〈伝承者〉やアリーの〈操作無効〉と似ている。

 ある条件によって、才覚と似て非なるものを得てしまった。

 それは本人の意志は関係ない。

 冒険者として〈操作無効〉は役立つものであるし、実際に何度も役に立ったが、それはアリーが望んだものではない。

 同様に〈鬼ヶ棲〉は土方の望んだものではない。

 少しだけ大人びた土方の心を鬼が気に入り取りついた。

 それだけの話だ。そうして歳を取るにつれて鬼は土方の体を乗っ取っていく。

 今の自分は本当に自分なのか、疑心暗鬼にさせることからその庭名がつけられたクルーォルライアーは、やがて自分の器になるそれを壊させはしまい、と右腕の代わりになり、暴走する。

 土方の命令なんて聞いた試しは一度もない。

 主導権は自分にこそある、と言わんばかりに生えてきた右腕を振り回す。

 鞭のように長く、ゴムのように伸びた黒い靄のような形の定まらない右腕はニ撃目を放とうとしていたエリマを一撃で吹き飛ばす。

「なにしとんじゃああああああああああああああ!」

 アエイウは再び激怒した。

 これで自分の従者が全員やられたことになる。

 エリマを倒した土方に全責任があるわけではないが、それでもアエイウは吹き飛んだエリマが地面に叩きつけられているのを見て激怒していた。

 当たり前だが土方に反省はない。

 エリマが土方の右腕を斬り、この腕を出現させたのだ。

 自分の中に住まう鬼は、それでこそ激怒したアエイウの暴走のように気分が晴れるまで、止まることはできない。

 制御なんてできやしないのだ。

 暴走した右腕と、暴走するアエイウがぶつかる。

 長大剣を黒影の腕ががっちりと受け止める。

 アエイウはモッコスのような拘りはないため、【筋力増強】を常にフルスロットルで使用していた。

 だのに、右腕は受け止めた。

「ぐぬぬぬぬぬぬっ!」

 頭に血が昇り、血管が浮かび上がる。

 ごり押しに次ぐごり押し。

 アエイウには。レシュリーのような技のレパートリーはない。

 狂戦士の強化技能、そして自分の力、それだけでここまで上り詰めた。

「ふうううううぬぅうううううんん!」

 それでも右腕は怯まない。

 拮抗は変わらない。

 ならば、とアエイウに一つの閃き。

 アエイウの積み重ねてきた経験、戦闘勘がそれを生んだ。

 【属性貸与(エレメンタルバースト)】。

 使用時にランダムで属性を自らの武器に一時的に貸与する技能。

 擬似魔法剣、そう表現する冒険者もいる。

 レイス(亡霊)など物理攻撃を当てることのできない魔物の対策として作られたこの技能は、炎を嫌う動物型魔物などにも特別に効果を得ることができ、いわゆる弱点を突く際に有効だった。

 とはいえ、完全にランダムなので、水を好む水棲系魔物との戦闘で水属性が付与されたりとデメリットもある。

 アエイウの長大剣に宿ったのは土属性。

 剣に土が付与され、同時に重みも加算されるが、だとしても拮抗は変わらない。

「【属性貸与】、【属性貸与】!!」

 アエイウは叫ぶ。土から水、風と変化し、僅かに黒い靄を吹き飛ばすが意味がない。

 そもそもアエイウの狙いは風属性ではない。

「【属性貸与】ォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 叫んだ瞬間、右腕がわずかに切り裂かれ、その裂け目は広がっていく。

 宿っていたのは光。光属性。

 形の定まらない靄のような魔物は、その色が属性を表わしている可能性が高い。炎なら赤、氷なら水色などなど。

 土方に巣食う鬼の腕はどす黒い。そして土方本人の中にいた。アエイウは光を嫌うと判断していた。

 だからこそ、ランダムに属性を付与される【属性貸与】を連発して光を求めた。

 逆転の光を。

 けれどそれは分の悪い賭けでもあった。闇属性が付与されたのならば、押し負ける可能性だってあったのだ。

 それでも運はアエイウを味方した。

「ぐあああああああああああっ!」

 切り裂かれた痛みがそのまま土方へと逆流。

 完全に右腕を切り裂き、光属性の貸与が終わる頃には、その痛みに耐え切れず土方は倒れていた。

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