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tenth  作者: 大友 鎬
第7章 放浪の旅
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空中庭園編-29 抗体

 29


「ふんぬっ!」

 狂戦士顔負けの新八の剛腕が争技場の大地を穿つ。

 シッタは舌なめずりをして回避。

 舌なめずりできた余裕があったわけではない。

 それでも彼は癖として舌をなめずってしまう。

 相手を食ったような態度に見えるかもしれないがシッタは必死だった。

 辛うじて避けれているのは、新八の溜めが長いおかげだろう。

 闘球専士に似つかわしくない肉体。腕力。

 元狂戦士永倉新八ゆえの屈強な引き締まった身体だった。

 溜めがあるのは新八が元狂戦士であるがゆえだろう。

 筋肉をバネのように引き絞り、一気に伸ばして放つゴムのような拳の一撃。

 狂戦士ならばこの程度の威力の鉄拳など強化すらせずとも放てる。

 溜めという予備動作が必要なのは闘球専士にはそれほどまでの攻撃を繰り出せるほどの筋力がないからだ。

 それでも、狂戦士なみの威力を出せるようにした永倉新八の"個"の力はすさまじいともいえた。

 けれど何分、隙が多すぎた。

 それに狂戦士なみの威力が出せたとしても狂戦士の力には届かない。

 【筋力増強】したシュキアが長二叉捕縛棒〔支配者ドロップウィップ〕で新八を捕縛する。

 今まで隙が多い新八が戦えていたのは、手数が多いシッタや持久戦が得意なフィスレと戦っていたからだ。

 一撃の威力が高い、と言えばいいのだろうか、シッタもフィスレもそんな技能を持っていない。

 両手こそ拘束されていない新八だったが、長二叉捕縛棒が振り回され、体勢を崩す。

 一気に投げ飛ばすつもりだったシュキアだったが、新八が根性で踏ん張ったことに目を見張る。

 とはいえ、拘束された状態というのは新八にとっても想定外。棒が邪魔で前進できず、後退しようにも力づくで封じられてしまうだろう。

 舌なめずりしたシッタが走り、フィスレが並走。

 シッタの連撃を腕にかすり傷を負いながらも新八は捌き、フィスレの【吸剣(カタレプシー)雌蟷螂(エムプーサ)】を回避……しようとした瞬間、

 シュキアに体を動かされ、小さな蟷螂のような影にところどころを噛まれてしまう。

 噛みついた影は、長々とその個所を噛み続ける。

 それはまるで雄蟷螂を捕食する雌蟷螂のように見えた。

 【吸剣・雌蟷螂】は【吸剣・黒魔狼】よりも威力は劣るが、連続で繰り出せる点は【吸剣・黒魔狼】に勝る。

 自由に身動きできない、と不便さに新八は思わず舌打ち。

 けれど諦めたわけではない。

 新八は片足をあげ、地面をドンと蹴る。

 攻撃を受けながらも、足で溜めていたのだ。

 地面が割れ、シュキアたちは体勢を崩す。その瞬間、新八は拘束を解きシュキアに襲いかかる。


 ***


「ちょ、なんで効かないじゃん!」

 必殺の一撃が当たったにも関わらず、沖田総司は生きていた。

 ジネーゼの必殺の一撃ー―つまり、毒をたっぷり塗った刃が効かなかったのだ。

「そういう体質、なんです」

 総司は咳き込みながら呟き、ジネーゼへと向かう。

「はぁあああああああああああ!」

 【打蛇弾】をリーネが放ち、ジネーゼを逃がす。

 総司はすぐにリーネへと標的を変えるが、フレアレディの四本の剣がそれを阻む。

 総司はのらりくらりと攻撃を避ける。

 ジネーゼの攻撃が当てれたのは偶然に近い。

 それでも勝った、と思っていた。

 なのに、相手に毒は効かなかった。

「残念でしたね……」

 総司は優しく笑う。

 〈病原菌(クランクハイト)〉、それが総司の持つ才覚だ。

 総司は生まれた頃からあらゆる病気を発症し、そのたびにその病気に対する抗体を作る。

 だが、抗体を作ったところで、抗体ができないもの、抗体が無意味なものが存在する。

 風邪なんてものはその代表格だ。そういう病気は他にもあって、それに罹れば総司は一生その病気に犯されたまま、治らない。

 だから、総司は万年病弱だが、それでも一度抗体ができた病気には二度と罹らない。

 つまりジネーゼの毒にかからなかったのは、その毒に似た病気に総司はすでにかかっていて体内にその抗体を持っていたことになる。

 ジネーゼはオリジナルの配合のつもりだが、もしかしたら総司しか罹ったことのない、未知なる病に似たものになっていたのかもしれない。

「あー、もう厄介じゃん!」

「確かに面倒臭い」

 リーネもぼやく。ふたりとも優れた冒険者では決してない。

 ジネーゼが作り出した毒で勝利してきた面が大きい。

 それもふたりは分かっていたのでこれからの課題にしようと思っていたのだが、少し遅すぎたのかもしれない。

 フレアレディの力を借りて、総司を倒すことができるのか。

 不安は募るわけではないが、ジネーゼにはどこかレシュリーの役に立ちたいという気持ちがある。

 じゃあ、どうするか。

 ジネーゼは思考を切り換えた。課題としているものをその場で克服するなんてことはできない。

 そうそう克服なんてできないからこそ課題とし、数ヶ月をかけて乗り越えていこうとしているのだ。

 それでもこの場で役に立とうとするのならば、

「――こうするじゃん!」

 【念談話】を発動したジネーゼは数人と密談。

 【念談話】が安全なのはレシュリーが使用したことで確認されている。

 ジネーゼは総司に向かうと思いきや、近くの新八へと標的を変える。

 【念談話】に集中しすぎた、ということもあり、新八の足による地面破砕に体勢を崩したシュキアの姿がジネーゼの目に映る。

 ――問題ないじゃん!

 加速したジネーゼが新八へと迫る。

 攻撃をする手前で気づいた新八は身を翻すもののジネーゼの短剣〔蠅取りショーイチ〕が少しだけ掠る。

 それだけで十分だった。

 総司のような体質ではない新八の体が弛緩。そのまま膝をつく。

 白目を剥き、泡を噴いて、そのまま倒れる。

 ジネーゼはそのまま近寄ると、中和剤を新八に飲ませる。

 助けるための方法をジネーゼはレシュリーに怒られてから用意していた。


 ***


 一方で総司も焦りを覚えていた。

 シュキアに拘束されるのを避け、フィスレの吸剣技能を退け、シッタの攻撃を捌く。

 総司が優れているのは回避能力だ。

 病弱な総司はどうしても体力が人並み以下になってしまう。

 とはいえ避け続ければ、人よりも早く体力疲労が訪れる。

 そこで総司は極力体力を使わない回避方法を編み出した。

 右手と右足、左手と左足。避ける際に左側と右側の動きを極力合わせる、それだけの方法だが、交互に出す癖が生まれたときからついている人間にとってはそれは難しい。

 数年間意識してやっと総司は無意識にそれができるようになった。

 それに平行して回避訓練も行い、総司は体力疲労を抑えて避けるが巧くなった。

 避けるのが巧くなると攻撃する隙というものも見えてくる。

 好機を窺い、致命の一撃を与えることで、総司は今の地位まで上り詰めた。

 でも今の状態は危うい。

 そもそも総司は闘球以上の時間、戦闘したことがない。

 ここままでは体力が持たない、ということを流れ出る汗で感じていた。

 汗だくの総司はそれでもシッタの攻撃を避ける。

 その間にもシュキアを常に意識し続けた。拘束されれば終わりだ。

 そうやって集中して周囲を見続けていると、

 気配が増えた。

 シュキアの拘束を避け、シッタの剣を弾き、フィスレの吸剣を転がりながら避け、立ち上がったところで、ジネーゼとリーネが迫る。

 新八が倒れている姿が見えた。

 フレアレディの四つの耳短剣が周囲に漂い、総司に狙いをつけて動き出す。 

 【転移球】を取り出し、退避しようとしたところで、シュキアの長二叉捕縛棒に捕まりそうになる。

 捕まったらシュキアごと転移してしまうので無意味。

 手に握ったまま、ジネーゼの攻撃を受け流し、リーネのなぎ払いを避け、襲来してきた四つの耳短剣を【緊急回避】。全身が軋む。

 体力のない総司には痛手。

 そのまま迫るシッタ、フィスレのコンビの猛追を避けようとして後退。

 ドン!

 壁に背中がぶつかる。

「ははっ……」

 争技場の構造を把握している総司は、理解して渇ききった笑いが出る。

 総司は壁際まで追い詰められていた。

 襲いかかる6人の攻撃を避けれるとは思えない。

 それでも総司は諦めない。

 負けて、この伝統がなくなれば、病弱な自分を看病してくれた姉が犠牲になった意味がない。

 自分を救ってくれた意味がない。

 卑屈な感情を抱いたまま、ずっと手に握っていた【転移球】を投げる――

 瞬間、シュキアが総司を捕らえられる。

 そこで総司は諦めたかのように【転移球】を投げるのをやめ、6人の猛撃を一身に受けて倒れた。

 目には涙があった。

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