空中庭園編-23 殴打
23
ぎぢぃん!
鉄と鉄が弾きあう音が瞳を閉じたリアンの耳に届く。
アルはひとりでふたりの闘球専士の攻撃を防いでいた。
坂本龍馬の鉄錐棒〔同名のサッチョウ〕を屠殺刀〔果敢なる親友アーネック〕で弾き、そのまま振り回し、武市半平太小楯を牽制。
攻めずに守る、を遵守し、龍馬がわざと隙を見せても、決して攻めない。
リアンを守る、かつて守れなかったことを悔い強くなったアルは守るべきときは無理をしない。
リアンが動かないのはアルへの信頼の裏返し。
ならば、それに応えるのがアルの役目だろう。
【新月流・居待の捌】は鉄錐棒などを捌くのに最適な技能だ。
この技能ひとつで、龍馬と半平太小楯の鉄錐棒での攻撃を無効化している。
ならば、と半平太小楯は【転移球】を投げる。
しかしアルを狙ったはずの援護球は龍馬への向かう。
半平太小楯に困惑の顔。龍馬は気づきながらもわざと当たり、【転移球】で元の場所に戻る。
【新月流・十三夜の構え】。
【新月流・居待の捌】と併用できる、技能の対象者をすりかえる剣技だ。
自分の周囲に作用するため、リアンを対象にしたとしても、その対象は別の誰かへと移動する。
「北東方に熱、南西方に潤。北々西方に熱、南々東方に潤」
4、5と階級が上がっていく。
詠唱が続くつれ、リアンの足元の輝きが増し、リアンを包むように光の柱となっていく。
「北々東方に熱、南々西方に潤。北々々西方に熱、南々々東方に潤」
7まで到達した瞬間、リアンは目を見開く。
「疾風よ、怒り大きくうねれ、【疾風怒濤】!」
攻撃魔法階級7【疾風怒濤】がリアンの白銀石の樹杖〔高らかに掲げしアイトムハーレ〕から展開。
直撃を受けた半平太小楯と龍馬は後方に飛ばされる――
さなか、ふたりに【転移球】が当たり、大きく戦力を削ぐことには失敗する。
それでも体勢を整えるのには十分だ。
その頃には
「待たせたね」
レシュリーも到着していた。
「いや、もう終わりだ」
静かにレシュリーの傍を通り抜けて斎藤一は言った。
目にも止まらぬ速さ。
今まで手を抜いていたと言わんばかりの速度。
おそらく状況を把握し、好機をずっと窺っていたのだろう。
斎藤一たちにとって、強力な魔法士系がいることは誤算だ。
けれどその誤算をいつまでも嘆いてはいられない。
斎藤一はNo.1として、その誤算を御破算にする隙をずっと窺っていた。
今まで手加減していたのではない、好機が生まれるまで温存していたのだ。
速さ自慢のコジロウでさえも追いつけない速度。
何より全職業のなかで一番移動速度が速いのは忍士ではない。
盗士系はメインサブ問わず、比較的速い部類には入るものの、そのなかでピカイチの速度をもつのは盗塁士。
斎藤一は闘球専士になるまえは盗塁士だった。
闘球専士の能力が強化されるこの争技場において、その速度に追いつけるものはいない。
一気にリアンを仕留める。
闘球専士では跳ね返せず、しかも一気に倒すことのできる魔法士系はこの戦いにおいて戦況を一瞬でひっくり返すことのできる存在だ。
そんな魔法士系を斎藤一が重要視していないわけがなかった。
アルが気づき、防御に入ろうとした瞬間、龍馬と半平太小楯に邪魔され、リアンの元へと斎藤一の接近を許す。
他の魔法士系の護衛をしていたルルルカがアルルカたちのフォローもあり、十本の匕首をリアンの防御へと回す。
斎藤一は巧みな動きで匕首を避けている。
実は【緊急回避】を連続行使しているのだが、その速さゆえにルルルカは気づけないでいた。
斎藤一の鉄錐棒〔鬼斬りユキジ〕がリアンを殴打する目前、一はあることに気づく。
リアンは詠唱後、次なる魔法を唱えるために目を瞑り、集中していた。
――気づいていないのか? いや……
斎藤一はちらりとアルを見やる。
アルがなんとなくリアンを守っていることは斎藤一も気づいていた。
ならば、リアンを倒されると焦っているのではないのか。
それを確認するために斎藤一はアルを見た。
なのにアルは振り向きもしない。
まるで――誰かを信頼するように、
周囲をよく見る。些事でも確認する。
リアンを見なくても無防備なリアンには当てることは可能だった。
余所見してでも周囲を確認すべきだ、高速のなかで斎藤一は考え実行していた。
そうして気づく。
気づいた。
気づいてしまった。
リアンだけでなく生き残った全員が魔法を詠唱していることに。
だったらせめてリアンだけでも。
斎藤一は一瞬だけそう思った。
同時にそうではないと今までの経験が否定した。
攻撃をやめるか逡巡する。がしたところでどうする。
リアンはこのまま倒す。
だからそのまま殴打した。
これで倒した――




