疑念
9.
四人は虚ろな意識のまま、どうしてこうなったのかを思い出していた。
リュリューシュに、バハ、オンリーロンリー、カイザーの四人は、当たり前だが、最初から改造者になろうなどとは考えてもいなかった。
新人の宴でそれなりの成績を収めたら、祭のときに仲間にならないかとランク5の冒険者に誘われた。そのぐらいには四人は優秀だった。
でも四人はその誘いを断った。驕りなどではなく、四人でずっと冒険がしたかったからだ。ランク5の冒険者が求めていた仲間は三人で、どうしてもひとり、仲間はずれができてしまう。そんなのは嫌だった。いずれ、ランク5の冒険者の力が必要になるのは事実だが、それでもそれまでは四人でずっといよう、と誓った。
共闘の園は一発で合格した。ランク1になってすぐに挑まず一年修行して、十分に力をつけたのだから当然だった。先走った同期は軒並み失敗していて、自分たちはどこまでも一緒に強くなれるんじゃないか、そう思った矢先、バハ以外の三人が人形の狂乱に挑み、失敗した。
三人で挑んだのはバハを仲間外れにしたわけではなく、バハが怖気づいて最後の最後で逃げ出してしまったからだ。その試練の一ヶ月前、バハは魔物に殺されかけ、そのトラウマを引きずっていたから誰も糾弾はしなかった。
それでも三人が人形の狂乱に失敗して、ドールマスターに捕らえられたと聞いたバハはトラウマを克服して人形の狂乱に合格した。
みんなが、ありがとうと、そしておめでとうと言ってくれたが、それはバハの実力ではなかった。そのときたたまたま実力者がいただけだ。
竜殺しソレイル・ソレイル。今でこそ六本指に選ばれているが、当時は無名。それでもその力は圧倒的だった。彼はPKではなかったが、問答無用でクローンを叩き斬った。
バハは三人を守るため、クローンの前に立ち、土下座をし、懇願し、ソレイルにどうかこの三人を殺さないでくれと懇願した。だから三人は生き残った。
その事実を聞いた三人は、バハの受けた恥辱に怒り、ソレイルに挑み、圧倒的な差を見せつけられて、負けた。命を取られなかったのはバハが人形の狂乱のときに懇願していたからだろう。それがなければ死んでいた。
三人もまた、バハと同じ恥辱を受けた。
勝ちたい。でも到底勝てない。絶対に勝てない。どんなに努力をしてもレベルを上げても、追いつけない人間はいる。追い越せない人間がいると薄々は感じていた四人だったが、追いつくことすらも許されないなんて、なんて不条理なんだ。生き恥を晒せと四人を生かしたソレイルを憎んだ。
殺してくれたほうが楽だった。
そんな四人が酒場で荒れていると、「復讐したいでーすかー」と貴族のような男が問うた。その貴族のような男の名前はドゥドなんとかと言ったが覚えていない。喋り方が胡散臭くはあったが、その問いかけのほうが強く頭に残っていたから。
バハは迷わなかった。「復讐したい。強くなってソレイルを倒したい」即答した。三人も同じ意見だった。
そしてバハは改造屋になった。なるのは簡単だった。男に渡された薬を飲めば、自然と改造の仕方がわかった。植物を脳に植えつけられたかのような痛みと引き換えだったが、バハは耐えて改造屋になった。そうして自分たちを改造した。冒険者を殺して、必要な部位を奪って、そうしてどんどん強くなった。
強くなったと思ったのに。
今のこの姿は強さの結果なのだろうか。
「うぎゃ、ぎぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃあああ」
バハは壊れながら笑った。三人も笑っていた。
***
僕はその気持ち悪さに思わず立ち止まる。
「ボサッ、としないっ!」
アリーが呆然とする僕を一喝。見ればアリーはディオレスに続いていた。僕も遅れながらも後に続く。
横の茂みからコジロウが合流。
「大変なことになっているでござるな」
前の異形を見るやいなやコジロウが呟く。
もうはっきりとした意識がないのか、その異形はうまく進むことができていなかった。
「「死ね、死ね! 【突雷】」」
それでもはっきりとした詠唱が聞こえる。恨みが本能を動かし、詠唱を可能にしていた。
【突雷】の二重奏がディオレスへと強襲するが偽剣〔狩場始祖エクス〕で平然と防ぐ。
「とっとと終わらせるぞ!」
ディオレスの怒号が合図となり、僕が【煙球】を放つ。続けて【蜘蛛巣球】をニ連投し、戦斧剣〔狂い咲きバーナード〕を地面へとはりつける。
目くらましの煙幕のなかをコジロウが疾走。カイザーの放つ、矢を避けると、そのままカイザーの口へと忍者刀〔仇討ちムサシ〕を突き刺す。途端、口を焦がすような炎が発生。以前、ネイレスが使った【伝雷】の炎属性版、【伝火】の技能を使ったのだ。
もちろん、【伝雷】と同様、使用者の腕に到達するまでに手を放す必要がある。それを理解しているコジロウが、使用した途端、手を放したことをいちいち説明するのは蛇足だろう。
同じく煙幕のなかを疾走していたアリーがいつの間にか宿していた【氷長柱】を脅威の四連続解放!
蛇腹剣〔百足足のギンジ〕、〔千鳥足のガンジ〕、〔蛇足のグンジ〕、〔力不足のゲンジ〕を握る腕を的確に破壊する。四つ腕はすぐに再生を始めるが再生しても武器を手放したその腕は脅威とは言いがたい。
僕が練習用棒でリュリューシュの頭部を殴打。煙幕が晴れると同時に、リュリューシュの歪んだ顔。
「死……ッ!」
追撃し、オンリーロンリーの詠唱を封じる。
「シュリ……俺に力を貸せ!」
ディオレスが【収納】から禍々しいオーラを放つ剣を取り出す。鍔と柄、握りは漆黒で剣身は僕たちが流す血の色によく似ていた。
「あれは……なに?」
僕は立ち止まり、呟く。その禍々しさに恐怖したのかもしれない。
「あれが魔剣よ」
いつの間にか傍らにいたアリーが呟く。そして軽く小突かれる。
「ほら、ボサッとしない。援護するわよ」
そうだ、まだ戦闘の最中だ。ほとんどの攻撃手段を奪われた異形だが、まだ超高速詠唱による魔法が残っていた。これが一番やっかいだ。
僕が【回転戻球】で馬腹を殴打。コジロウが【苦無】で再生する腕を的確に射抜く。
「滅びろ、レヴェンティ!」
攻撃魔法階級5【超火炎弾】を宿したレヴェンティがバハの体を焼き焦がす。
「死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねええええええええええええええっ!」
痛みを堪え、オンリーロンリーが必要以上に祝詞を連呼する。恨みだけがオンリーロンリーを動かしていた。
いよいよ魔法を唱えようとした途端、オンリーロンリーの口から吐血。それによって詠唱も中断される。
四人にしてひとりの身体の崩壊が始まった。
「半端な改造は己の滅びしか、呼ばないんだよ」
怒りと悲しみに満ちたディオレスの声。ゆっくりと、ゆっくりと歩み、そしてその異形に近づくやいなや疾走。
「これで終わりだ!」
血色の剣身を一振り。それだけでことが終わったと言うディオレス。
その通りだった。
一緒に取り出していた鞘に魔剣を納めると、途端異形から血が飛び出る。
異形は倒れ、動かなくなった。僕はその異形を見つめながら、同時にディオレスの魔剣に恐怖していた。
「やれ……醜い姿だな」
異形を見つめ、ディオレスが呟く。改造の悪影響だろうか、まるでスライムのようにドロドロに溶けていった。
「俺は疲れた。先に飛行艇に帰ってろ」
ディオレスは近くの樹の根元に座り込み、異形を見つめ続ける。
「帰るでござるか」
コジロウの一言でディオレスを置いたまま、僕とアリーも飛行艇へと向かった。
***
「大丈夫なんでしょうか?」
「分からないでござる。魔剣は生気を吸って絶大な力を与えるとも云われているでござるからな」
「だからあんなに疲れたってことですか?」
「……そういわれるといつもより疲労感があるように見えたでござるな」
「……なんかおかしいわね。わざと疲れているから先に行けと促した感じがするわ」
「知られたくなかったことがあった……ってこと?」
「そうかもしれぬでござる」
「私たちに知られたくないことって何なのよ? コジロウ、ヒーロー……戻りましょう」
僕もコジロウも肯定を示し頷く。
***
急いで戻ってみると、そこにディオレスの姿はなかった。場所を間違えたと思ったが、そこには異形の死体があった。
「場所は間違ってないわね……どこに行ったの?」
「少し落ち着くでござる。そんなに離れてないなら拙者が気配を辿れるでござる」
ディオレスはどこに行ったのだろう? まだ決着がついてないのか? この異形は偽物で、僕たちでは倒せない本物がいて、それを倒しに行ったとか……。
それとも魔剣を使ったせいで何かが起こり、数時間は姿が見せれないとか……? もちろん、そんなデメリットがあるかどうか分からない。でもそれだとしたら以前にも同じことが起こってコジロウたちも理解しているはずだ。
「一瞬、気配は探れたでござるが、気配を断たれたでござる」
「私たちが追ってきているって逆に分からせただけみたいね」
「拙者としたことが失態でござる」
「でもいいわ。この近くにいるんでしょ? 三人で分担して探しましょう」
「分かった」
***
僕が引き受けたのは東側だった。魔物が出てきたらどうしよう、という僕の弱気な発言はランク3ぐらいになればここらの敵は楽勝だ、ってアリーに一蹴された。一応、狩場だってことをアリーは忘れている気がした。魔物が湧いたらどうすればいいんだろう。
不安が拭えぬまま、進み続ける。なんだか嫌な予感がしていた。
森を疾走すると、ゆっくりと何か警戒するディオレスの背後を見つける。
「ディオレス!」
「追いついちまったか……」
「にしては随分とゆっくり進んでましたね」
「誰が近づいてくるのかを確認したかったんだよ。技能を使ったらコジロウにバレるからな。しっかし、お前が来たってことはこれは運命かもしれないな」
「どういうことですか?」
「俺の目的地は近い、話しながら行こう」
「まだ終わってないんですね?」
僕はそれだけを尋ねる。
「ああ、まだ終わってない。何せ、指名手配されていたのは四人じゃなくて六人だからな」
「それ本当ですか?」
「嘘ではないね」
「じゃあなんで隠す必要があったんですか?」
「そりゃ、俺が気遣いの権化だからだよ」
「意味、分かりませんよ」
「ついてくれば分かる」
ムスッとしながらも僕はディオレスに続く。目的地は本当にすぐそこだった。目の前に古ぼけた、しかし生活感のある小屋が見えてきた。
「あれが、目的地だ」
ディオレスが小屋の扉に手をかけ、しかし再び離す。
「ああ、そうだ。残りふたりの判断についてはお前に任すよ」
ディオレスが僕が見ていない、残りふたりの手配書を渡してきた。同時に、ディオレスが扉を開き、光が彼女を映し出す。
そこにいたのはリゾネット・リリー・リゾネシア。新人の宴でリアンの杖を奪った魔法士――の変わり果てた姿だった。
衣服は布切れに同然で、目は虚ろ。肌は汚れが目立ち、髪は整ってないどころではなく、何日も水浴びをしていないぐらい不潔だった。
「指名手配されているが、正確には犠牲者だぞ、彼女。薬のせいでもう自我はない。どうするんだ?」
「どうするって……」
救いたいに決まっている。でも救えるのか、僕に。それでも僕の口は言葉を紡ぐ。
「救いたい、です」
「だろうと思ったよ。決断はお前に任せたからな、俺はそれに従うだけだ」
「どうするつもりですか?」
「殺すんだよ」
「意味、分かりませんけど」
「いや、分かれよ。こうなってしまった冒険者を正常の姿に戻すのは無理だろ。ハッピーエンドで終わる娯楽雑誌とは違うわけよ。そんな困難を乗り越えて誰かとともに幸せになるとか、存在しない。この世界は常に不幸がつきまとい、バッドエンドがちらついているんだ」
「それでも僕は救いたい」
「だとしたら一日三回、ありえない額の薬が必要だぞ。そんな大金、稼げるのか? しかも頭の螺子が緩んでるから、お前をお前だなんて認識できない。それを見て耐えれるのか。それがハッピーエンドと呼べるのかよ。どう見ても殺すのがベストだ」
「それでも……」
「いい加減、割り切れ。ランク1になった時期がお前と同じだから知り合いかもしれないとは思っていたがよ……その程度で情けをかけるな。仲間と思うな。いつか敵として戦う時だってあるんだぞ」
ああ、だからディオレスは運命だって言ったのか。気遣ったという意味も理解した。
そしていろいろな意味を含有して決断を僕に任せた。
「それはそうです。でももっと他の手段が……あるはずです」
「ないね」
ディオレスは分かりきったように断言する。僕はそうは思わない。
「可能性は捨てません。ようは成分が抜ければ問題ないってことですよね?」
「だろうな。意識がはっきりしてない原因はそれにあるだろうし」
「だったら……」
簡単なことじゃないか! 僕は提示する。救いを提示しなければディオレスは納得しない。僕は右手で【解剤球】を作り出す。あらゆる薬を解かすこの球ならきっと彼女も救えるはずだ。
ディオレスは僕の行動をただ見守るだけだった。何も言う気はないらしい。
【解剤球】を僕が作り出した時点で納得したのか? 何にせよ、何も言わないなら――、僕はリゾネに【解剤球】を放つ。虚ろな瞳に生気が戻り、意識が宿る。
そして――
「あなた――誰?」
仮面で正体を隠した僕にそれを投げかけるのは当然だが、しかしどこか不思議だ。
「ここは、どこなの? あたしは――あたしは――何も……思い出せない」
自我を取り戻したリゾネの言葉に僕は動揺してしまう。
「副作用だな。自我を取り戻したことで記憶を一時的に忘れている」
「生きてくれるなら、なんでもいいです」
「不謹慎な発言だな。お前がこの女の世話をするのか? 何もできないぞ、こいつは」
「それは――」
「何も考えなきゃ誰だって救える。やっぱお前は甘ちゃんだ」
「それでも命だけは救った。生きてくれるのならそれでいいじゃないですか!」
「じゃ、もうひとりはどうする? この小屋にいる二人目もお前は生かすのか?」
僕は忘れていたもうひとりの手配書を確認する。
「隠せる場所って言ったらここしかないな」
掃除道具を入れるような縦長の箱。ディオレスはそれに手をかける。同時に僕が手配書の名前を確認。ハンソン・ベネディクド。そう書かれていた。
「――っ!」
その姿に言葉を失う。
ハンソンの膿ができていた左目が中途半端に抉られているのにギロリと動いていた。
口は半分だけ縫われ、喉元にもうひとつの口。耳は馬の耳に変わり、右目の上の眉毛はなぜかそられていた。後頭部の髪は生きた蚯蚓と融合しており、胸からむき出しの心臓は未だに動き、ドクンドクンと鼓動を刻む。
右手は腐り、左腕は釘が幾重にも刺されていた。
左手には本人の意志とは関係なく動く大きな瞳。十字に切られた腹からは腸が見えるも、十字傷が網のように縫われているため、腸は垂れているにも関わらず落ちていない。右足は馬の足なのに、つま先が本人のもの。左足は反対につま先だけが蹄と化している。
途端に吐き気。
「分かっていると思うが、まだ生きている」
ディオレスの言葉がさらに僕に恐怖を植えつける。
「――どうして、こんな、ことに?」
「改造がいきなりぶっつけ本番なわけないだろ? ハイリスクハイリターンなんだ。だから改造がうまくいくかどうか別の誰かで試すわけだ。成功すれば同じ手順で改造する。つまりこいつは改造の犠牲者だぞ。なあ、ヒーロー。お前はこいつにお前の言う救いを作れるのか?」
僕には到底無理だった。改造を元に戻すなんて無理だ。僕は信念がぽっきりと折れるのを感じた。初めから弱弱しい信念だったのだ。助けを求めるように口が勝手に言葉を紡ぐ。
「ディオレス、ならできるよね?」
ある種、やつあたりだ。ディオレスは元改造者だから元に戻る方法を知っている。だからこそ、信念が折れた僕はディオレスをいともたやすく頼った。最低だ。
「無理だ」
哀しそうな声でディオレスは呟く。まただ。ディオレスは改造者に対して哀しんでいる。それでいてどこか非情だ。
「確かに俺は元改造者だ。だが、俺が何も犠牲にせずに元に戻ったなんて思うのか? 俺の改造はこいつより軽いものだったが、それでも人ひとりは犠牲になった」
ふと、ディオレスが魔剣を取り出したときにつぶやいた名前を思い出した。あの人が、ディオレスが元に戻るために犠牲にした人だろうか。
「だとすれば、こいつには何人の犠牲が必要だ? そしてそれが救いになりえるのか?」
僕は言葉を失う。
それは救い、なんかじゃない。誰かを犠牲にした救いなんて救いじゃない。かつて人を犠牲にして、今も苦しんでいるディオレスはそれを知っているのだ。
それでも僕は救いたい。強く願った矢先、
「ああ――……」
リゾネがハンソンを見て声をあげた。
「ああ……ああ……ああああああああああああああッ!」
それが悲鳴に変わる。まるで何もかも思い出したように。
「ハンソンッ! ハンソンッ! ハンソンッ! ハンソンッ!」
ハンソンの名前をひたすら呼ぶリゾネ。
「責めるものなら後で俺を責めろ」
ディオレスはそれだけ言うと、リゾネを背中から刺した。躊躇いもなく。
鮫肌剣〔子守唄はギザギザバード〕がリゾネが抱きついていたハンソンごと、貫いていた。
「お幸せにな」
抱きついたまま殺されたリゾネとハンソンにディオレスは呟いた。
「……なんで? どうして?」
ディオレスがリゾネ達を殺した意味を僕は理解したくなかった。
「言ったはずだ。殺すことこそ救いだ。お前がリゾネットに行なったことは救いだとでも思ったか? 改造の犠牲になったハンソンを見てしまえば、リゾネットがああいうことになると予測できなかったか? 自我と記憶を失ったままだったら理解できず取り乱すこともなかったかもしれない。しかし自我を取り戻したあのリゾネットが、改造されつくしたハンソンを見ればどうだ? 失っていた記憶なんて強いショックを与えれば思い出すんだ。おそらくリゾネットは四人組に捕まったあと、ハンソンが死んだものだと思っていたんだろうな。だからこそ、あんなむごい姿で生きているハンソンを見て、絶望した。その前に死んでいれば天国の彼に会えるなんて希望を持って死ねた」
ディオレスは淡々と語る。
――嫌だ、聞きたくない。
「なのにお前は現実を突きつけた」
「でも殺したのはお前だっ!」
やつあたりだと分かっていたのに、叫んでいた。リゾネやハンソンと一緒に戦ったわけではない。むしろ敵対していた。でもこんなふうに死んでほしいとは思っていなかったのも事実だ。
「だったらお前はどうするつもりだった。あの男だけ殺して女だけでも救おうとでもするつもりだったのか?」
「それもできた」
「お前はリゾネットの傷を癒すことなんてできない。仮に愛を植えつけても、いずれそれが偽りだって気づくだろう。それが愛ではなく、ただの優しさ、同情だと気づけば自殺するだけだ」
それでも……それでも、僕は――
それ以上の言葉は出てこず、代わりに涙が流れた。
僕は――誰かを救えるのか?
そして疑問が生まれた。




