変貌
2.
「うーん、やっぱり投げ方よね」
アリーは僕の投げ方を見るやいなやそう言った。
翌日、酒場の裏庭でのことだ。
「……援護技能の時は百発百中なんですけどね」
自嘲気味に僕がそんなことを言うとアリーは笑い出す。
「何がおかしいのさ?」
「あんた、基本的なことは一通り習ったとか言ってなかった?」
「言いましたけど」
確かに「あんたはどこまで知ってんの?」、「基本的なことは一通り習いましたよ」っていうやりとりがあった。球を投げる前に。
「だとしたらあんたは決定的なことを言われてない」
「なんですか?」
「援護技能と攻撃技能の一番大きな違いは追尾機能があるかないか。援護技能はその名の通り援護する技能でしょ? 例えば強化系援護技能がもし魔物に当たったらどうなる?」
「強くなりますね」
「でしょ。そんなことになったらあら大変。パーティー全滅なんてことがあるわけ。だから援護技能にはそれ以外の人になるべく当たらないように大抵追尾機能がついてるの。まあ敵を弱体化系援護技能はほとんど例外だけどね」
「なぜですか?」
「なぜかは知らないわよ。この世界には分からないことがいくつもあって、これもそのひとつだって言われてる。ともかく援護技能は、発動時に対象を決めればほとんどその人に当たるようになってるの。キミの不恰好な投げ方でもね」
「だからさっき攻撃技能の球を投げろって言ったんですね」
「ええそうよ。にしても私に届く前にワンバウンドするって何? 投げる練習はしてるの?」
「一応。一日に百球ほど」
「それでもこんな投げ方なの?」
「まだ飛ぶようになったほうですけどね……」
笑うしかなかった。僕は今まで援護技能が当たるから攻撃技能も当たるだろうなんて勘違いしていたのだ。一縷の望みが消え去り、同時に僕の自信は砕け散った。多少、大げさかもしれないけれど。
「私の師匠なんかはかけ声を言って投げるわ。気分が乗って当たる可能性が増すとか何とか……」
「どんなかけ声ですか」
「俺の右手が真っ赤に……とかなんとか。戦闘中だからいちいち覚えてないけど」
「そんなんで到底投げれるとは思いません」
「私もそう思うわ」
「アリーはどうやって投げるの?」
ふと疑問に思ったので聞いてみた。
「私の師匠は狩士だけど、私の放剣技能は師匠が使う狩猟技能とは違うし、もちろん、投球技能とも違う。放剣はモノそのものを投げたりはしないから」
職業を聞いたときになんとなく予想していたが、それだとアリーは僕の投球の師匠になりえないんじゃないだろうか。
「と・に・か・く昼まではひたすら投げ込みよ! ちょうどいい機会だし放剣がどんなものか見せてあげるわ」
そう言って放剣士たるアリーが【技能向上】の魔法を唱える。するとその魔法を剣に宿った。
放剣士の本職たる魔法剣士は基本的に攻撃魔法を剣に宿す。
けれどアリーが宿したのは援護魔法だ。それもそのはず。僕は図書館で読んだ職業図鑑に書かれていた内容を思い出していた。放剣士は攻撃魔法と援護魔法を剣に宿すことが可能だったはずだ。
その後、放剣士ができる行動は二択。そのまま戦うか、魔法として解放するか。
アリーは振り払うように魔法を放つ。剣から解放された【技能向上】は僕とアリーへと降り注ぎ、その効力を得る。
「有名な魔法だから知ってると思うけど。この魔法の効果中はは通常の鍛錬よりも1%多く経験を得られるのよ。とはいえ、剣からの解放だから、持続時間は普通に詠唱したときの半分だけど」
つまりこの魔法の恩恵を得ている状態で百球投げれば百一球投げたことになる。この差は意外と大きい。
確か魔法による【技能向上】の持続時間は個人差があるけれど一日だったはず。その半分ということは半日持つのか。それだけ持てば十分なような気がした。
僕たちは技能を使えば使うほど熟練し、その効力が上がっていく。技能の熟練度が高くなれば高くなるほど、その威力に補正がかかり、魔物を倒しやすくなっていくのだ。
その後、僕は昼まで球を投げ続けた。おそらく一万回は投げただろう。投球士たる僕は球を無限に作り出したり、作り出した自分の球を一瞬で消したりできるので球には困らなかったが、それでも進歩はなかった。
それを見てアリーが少し残念そうな顔をした。気のせいだと思いたい。けどそれだけ投げ込めば何とかなるだろうとアリーも思っていたのかもしれない。僕は悔しくて唇を噛み締める。
そんな陰鬱な気分を蹴散らしたのは昼を報せる腹の音。ちなみに僕の。
僕は照れながらも昼食を摂ることを提案し、承諾したアリーと酒場へ向かう。
「あんた、分かってるわよね?」
酒場に入った途端、アリーの不敵な笑み。
「もちろんですとも」
僕は修行をしてくれた御礼に昼ご飯を奢るつもりだった。
僕はアビルアさんにココアとディアロエビのパスタを注文した。ディアロエビはこの近海で採れる、紫の墨を吐く甲殻類で、その墨は見た目に反してとても美味で、パスタにもよく合う。
アリーはといえば直接的に僕が奢るとは言ってないとはいえ、すでに僕が奢ってくれるのだろうと理解しているから遠慮がない。
ディアロエビと同じく近海で取れるアングリアサーモンの紅色の魚肉を使った豪快な海鮮丼――アングリアサーモン丼に、栄養剤にも使われるグレイラットの尻尾を細かく刻んだグレイテイルスープ、この島でのみ育つ牛カウブルのわずかにしか取れない部位を使った、カウブルのこんがり焼きを注文していた。しかもこの島の名水と、黄金麦を使ったテアリービールが飲み物。挙句デザートにSGD&Dチョコレートパフェを注文していた。
ちなみにSGD&Dはスーパーグレートデリシャスアンドデリシャスの略らしい。それだけでどれだけ豪華か想像できる。以前、デリシャスがなんで二個もつくのがアビルアさんに尋ねてみたことがある。重要なことだから二個つけた、というのがアビルアさんの言い分だった。今でもその言い分は理解できてない。
アリーの注文したメニューが円卓いっぱいに広がり、伝票が置かれる。こっそりそれを確認すると僕の食費七日分ぐらいが今日の昼食だけでとんでいた。思わず嘆息。
「昼からはどうするんですか?」
「昼は私についてきてよ。原点草原で魔物討伐よ」
「……僕は援護ですか?」
「むしろ戦ってもらうわよ。実践で強くなるのはある意味王道じゃない?」
「なんの王道か知りませんけど」
「練習でうまく行かなかったのに、実践になったら成功して、それ以降、二度と失敗しないなんてザラよ。この世界」
「そういうもんなんですか?」
「そう。むしろあんたみたいに何度も失敗する人のほうが珍しいわ。案外、秘宝を十個集めるのはあんたみたいなタイプなのかもね」
秘宝を十個集める。それが僕たち冒険者の役目だ。
十個集めるとなんでも願いが叶う。そう信じられてはいるけれど、誰もそれを集めたことなんてない。
かつて一番秘宝に近かったのはランク7の魔法剣士イルキ、ランク5の投球士エージのコンビ。当時は基本職しかなくランクアップすら難しかったらしいのに、ふたりはそこまで上り詰めていた。
けれどそのコンビもランク7のイルキが突然凶行に走り、エージが命がけでイルキを殺したことでコンビを解消してしまった。エージは現在も行方不明と言われている。
僕はイルキの凶行を止めたエージに憧れ、投球士を選択したけれど、このままじゃエージどころか他の投球士にも申し訳が立たない。
「だといいですけど」
昼食を摂り終え、僕が支払いを済ます。案の定、高い。食べすぎだ。僕が、じゃなくてアリーが。アリーのバカ。今月ピンチだよ……。なんてことを思ってみても当の本人は「食べた、食べた」と満足そうに知らんぷりだった。
まあこれから魔物討伐に行くんだし、そこでアリーの食費以上はお金を稼ごう。僕はそう決めて酒場を出た。向かうは原点草原だ。
***
原点草原はランク0~1向けの魔物が出現する、いわば初心者用の狩場だ。だからランク2のアリーが経験を積むのに適した場所でもない。ランク2にはランク2の適した狩場があるはずなのだ。
不思議に思い、僕は尋ねていた。
「アリーってなんでこの島に来たんだっけ?」
「修行に来たって言わなかった? あんまり知られてないんだけど、原点草原には各ランクにならないと侵入できない場所があるのよ」
「それって隠し部屋みたいな……?」
「そう。ランク0じゃ見ることができない道ってのがあって、ランクを上げるごとに行ける場所が増えるの。知ってる? 実は原点草原は未踏の地ばかりなのよ」
アリーが得意げに言うが、僕は不安だった。
「それって当然、魔物も凶暴ってことでしょ?」
「そうよ。ちなみに今、レベルはいくつ? 30ぐらいあれば十分なんだけど」
「ええと……60ぐらいですかね」
「60……!? それ、ランク0のレベル制限ギリギリじゃない!?」
「そんなに驚くことですか? 僕、ニ年留年してますよ」
「そ、それはそうだけど……フツーここの島を出るときの平均レベルは30前後よ」
「そ、そうなんですか」
とりあえず援護はできるのでレベル上げしていた他の冒険者を手伝ったりもしていたんだけどそれが功を奏したのかもしれない。
「ま、それだったら死なないわ」
「でも今でも苦戦してるから、それ以上なら死ぬかもしれない」
「だったら死に物狂いで、投げ方をものにするだけよ」
自信なさげな僕にアリーの励ましとも呆れともとれる言葉を返す。
励ましだと捉えて、僕は覚悟する。変わらなければならないという意志で不安を打ち消す。
***
「こっちよ」
原点草原に入ってすぐ、アリーが僕を誘導する。
「そっちって何もないんじゃ……」
そうは言いつつも、アリーのもとに向かうと道があった。
これがアリーの言っていたランク0には見えない道だろうか。
僕は疑問に思いアリーに尋ねる。
「アリーはランク0には見えない道だって言ったよね? 僕はこの道をなんで見れるの? というか通れるの?」
「通れるわよ。私とレシュは今、パーティを組んでる。パーティのランクは一番高い人に合わさるからね。今、レシュは暫定的にランク2なのよ」
アリーはそう宣言して、その道を進んでいく。僕も不安ながらに後ろを進む。その道に入った途端、何も起こらなかったことに安堵して、詰まらせていた息を吐く。アリーがそれを見て微笑んだ。不安だったんだから仕方ないじゃないか。
僕たちはその道をずっと進んでいく。長い道だったけれど、ある場所を境に景色が変貌していく。
緑が一面を覆い、葉が活気づく木々が生い茂っていた原点草原は、まるで境界線が引かれているのか、一瞬にして周囲が黄土の野原と茶色の木々に切り替わる。
「ここが……」
「ここが原点草原レベル2よ」
「レベル2ですか……」
「そうレベル2よ!」
自信気にアリーが言うのだからここは原点草原レベル2なのだろう……。
「でさらに先に行くんですよね?」
「そうよ。師匠が言うには少し先に道があるらしいの。原点草原レベル2までの道は入口近くにあったから魔物に遭わなかったけど、レベル3までの道は少し進まないとないみたいだからおそらく魔物に遭遇するわよ。準備はいい?」
アリーの言葉通りというべきか既に魔物の気配はなんとなく感じていた。
途端、茶色の草むらから飛び出してきたのはコボルト。
僕はコボルトを観察する。体長はゴブリンと同程度。狼によく似た顔に蛇のような鱗の身体、尻尾は小型犬程度だが生えている。醜悪と表現されることが多いぐらい狼に似たその顔は歪んでいる。
僕は右手に鉄球を作り出す。これは投球技能【造型】によって作り出せる球のひとつ。【造型】で作り出した球は基本的に技能で使うためのものだ。
僕の【速球】が当たらないのはいつものことだが、さらにアリーに迷惑をかけたくない、その思いが手を震わす。
「滾れ! レヴェンティ!」
そんな僕を尻目にアリーがかけ声。レヴェンティっていうのはアリーの持っている魔充剣の名前だろう。魔充剣は魔法剣を使う魔法剣士が使う魔法を宿せる剣だ。
愛刀レヴェンティに攻撃魔法階級1【弱炎】を宿すアリーは、怯える僕に反して猛り走り出す。
「はあああああああっ!」
コボルトの頭にレヴェンティの剣先が刺さる。剣先の炎がコボルトの頭を焦がし、軽々と亀裂が生まれる。そのまま剣先は首へ、胸へ、腹へ、腰へ、と深く入り、最後は股を抜けた。悲鳴もあげることなく真っ二つになったコボルトからは血が流れる。そのコボルトの血は、コボルト自身に作り出された切り口を塞ぐように凝固。まるで糊のようなそれは一瞬にしてコバルトブルー色の塊と化した。
何を隠そうこれがコバルトブルーの原石だ。この塊を砕き、水に溶かすことでコバルトブルーの色が作れる。なぜコボルトから取れたのにコバルトなのかといえばそれには深い大人の事情というか流通の事情というものがあるらしい。コボルトやゴブリンはその姿から醜いと表現されることの多い魔物らしいが、反してコバルトブルーの色合いは優雅と表現されるぐらい画家に評価されている。そんなコバルトブルーを、コボルトブルーとして商品化すると、優雅ではなく醜いと判断されかねない。もちろん、原点回帰の島に来ていた旅商人の話だから真偽は定かではないけど。
僕がそんな信憑性に書ける知識を思い出している最中もアリーの疾駆は止まらない。茂みから飛び出てきたコボルトが偵察だと瞬時に判断したアリーは一気に茂みに飛び込む。僕もアリーに続く。
「滾れっ!」
かけ声ともに先程まで魔充剣に宿っていた【弱炎】をアリーは解放する。見かけは微弱な炎のようだがその威力は猛々しく、コボルトの右腕を瞬時に焼き尽くす。「イ゛ダアアアアアアアイ゛〜」と人間の悲鳴のように聞こえる叫び声をあげたのは右手を黒焦げにされたコボルトだ。
「轟け! レヴェンティ!」
そのコボルトをアリーは耳障りだというように攻撃魔法階級3【雷網】の宿った愛刀で両断する。ニ匹目のコボルトを倒したところで、大量に殺気を感じる。当然アリーも感じているだろう。
「レシュ、あなたも次は手伝って」
僕は無言のまま頷く。
「ヨグモ、同胞ヲ殺ジダナ」
学者によれば正式名称をコボル語と呼ぶらしい人間によく似たコボルト特有の言語で喋る眼前のコボルトは、唯一角を持っていた。コボルトリーダーだ。ゴブリンよりも若干知的なコボルトを指揮するコボルトリーダーは存在するかしないかでコボルトの戦闘力が数倍違うと言われているほど厄介だ。
だがコボルトリーダーさえ葬れば指揮系統が崩れ、混乱に陥ったコボルトはむしろ烏合の衆と化す。
「痺れろっ!」
アリーが【雷網】を解放する。いい手だと思った。
コボルトリーダーがまず考えることは保身だ。自分がやられれば多くの同胞が何をしていいか分からずに殺される。だからこその保身。同類の無駄死にを防ぐための保身。だからある程度のコボルトを自分の周囲に護衛としておいている。
そんな魔物たちめがけて放たれた【雷網】は対象に当たった途端、鋭い雷が蜘蛛の巣のように、無尽蔵に網をめぐらした。その範囲内にいる魔物たちはその雷で身体の自由を奪われる。もちろんその雷の威力だけで絶命するコボルトもいた。コボルトと単に言うが体格によって体力にも格差がある。
「今っ!」
アリーが僕を奮い立たせるように合図を送る。僕は出現させたままの鉄球を握り締め、【速球】を放る。捕縛されたコボルトに当たると思いきや、いつものように失速、手前でワンバウンドする。
「くそっ!」
うん、今日の昼間での特訓無意味。
死にたくなった。
一方アリーは魔充剣レヴェンティで捕縛したコボルトを次々と倒していく。僕が倒し損ねたコボルトが雷の網から解放され、背を向けるアリーへと向かってい く。僕は咄嗟に【転移球】を【造型】し発動。援護技能たる【転移球】は僕の不恰好な投球体勢でも、アリーが言っていた通り、狙いを定めた対象まで向かっていく。僕が仕留め損ねたコボルトがアリーの背へと強襲する瞬間、僕の【転移球】がコボルトに直撃。転移先はアリーの眼前。
背後を向いたコボルトが目の前に出現したアリーは、それを僕の援護だと瞬時に理解、倒そうと思っていたコボルトとともにレヴェンティで切り裂いた。
【弱炎】、【雷網】で赤、黄と変化してきたレヴェンティが今度は青へと染まる。攻撃魔法階級2【氷結】を宿していた。その青白く染まった魔充剣が狙うのは依然拘束されたままのコボルトリーダー。
「散れ! レヴェンティ!」
レヴェンティの冷たき刃が、コボルトリーダーの右肩から左腹へと傷口を広げ、同時に凍りつかせていく。
コボルトリーダーの細胞が壊死すると同時に二分され、絶命。あたりを見渡せば散乱するコボルトの屍骸。まるでガラスが砕けたように散らばるコバルトブルーの原石。全てがアリーの戦果だった。
僕は悔しさに涙ぐむ。僕がしたのは別にしなくてもいいかもしれなかった援護程度だ。ほとんどを、いや全てと言ってもいいぐらいアリーが成し遂げていた。
「やっぱり、投げ方がどうにかならないと駄目なの?」
僕の戦いぶりを見てアリーが呟く。
僕はその言葉に嘆息した。
嘆息する僕を見てアリーもため息を吐いた。
「そんなに落ち込んでたら強くなりたくてもなれないわよ」
叱咤のような激励。それは嬉しくもあり、哀しくもあり、同時に図星でもあった。確かに落ち込みっぱなしだったら強くはなれない。
「分かってる」
僕が気を引き締めるとアリーは進む。
***
「ここがレベル3への道よ」
指し示す先に道が見える。
アリーが問答無用に進み、僕は異を唱えることもなく続く。
黄土が一面を覆い、枯れゆく木々が佇む原点草原レベル2は、進むにつれやはり変貌していく。境界線でもあるのか、黄土と銀が仕切られ、木々に生える葉はまるで老人と死者のように、二分されている。
その二分された境界線を越えるとそこは銀世界。足跡ひとつない、純銀の雪原。誰一人の生存も許さないかのように、木々は葉ひとつ生やしていない。吹雪く風が僕の身体を冷やし、急激に体温を奪う。
アリーがいつの間にか魔充剣に宿していた援護魔法階級1【熱衣】を解放。僕たちを暖かい空気の層が包む。僕も【断熱球】を【造型】し発動。球を中心とした一定空間の熱を閉じ込めることでまるで室内にいるかのような暖かい空間を演出する。こういう援護はすでに手馴れたものだった。
それにはアリーも感心し、「ありがと」と礼を言ってくれた。それだけで先程の失敗による心傷が気休め程度に癒される。
「ここにはどういう敵が出てくるの?」
周囲を見渡しながら僕はアリーに尋ねる。
「オークやオーグル、ウルフって師匠は言っていたわ」
となると――、僕はその情報をもとに、どんな球を【造型】するか考えていた。
「来るわよ」
アリーは殺気に敏感なのか、はるか遠くから駆けるウルフの群れを指し示す。視界が悪く僕には見えない。それでも僕は【火炎球】を【造型】する。雪原に住む魔物のほとんどが炎に弱いと言われている。寒さに慣れてしまっているため、炎や暑さへの耐性を忘れてしまったという説が有力だった。
閑話休題。
僕が【火炎球】を【造型】したのとほぼ同時に、アリーも魔充剣レヴェンティに炎を宿す。さきほどよりも強い炎。コボルト達に使った【弱炎】ではなく、攻撃魔法階級3【強炎】だ。ということはアリーでも若干苦戦するのだろう。役立たずの僕がいるから。
本当は口に出してしまいそうだったけれど「違うよ」とアリーはきっと言うのだろうから僕は何も言わなかった。
むしろ僕が【火炎球】を選んだことに、微笑していた。まるで嬉しいかのように。
やがてウルフが吹雪のなかから姿を現す。僕にも見える距離。目はまるで弱者を睨みつけるように鋭く、白い息を吐く口から見えるのは獰猛な牙。身体は寒さを防ぐ灰色の毛皮に覆われている。それだけじゃない、レッドウルフとホワイトウルフまでいる。レッドウルフは他のウルフよりも強靱な脚を持っているようで他のウルフより目測で3倍ぐらい速い。
一足速く辿り着くそのレッドウルフをアリーは躊躇うことなく斬る。
勢い余ったレッドウルフはレヴェンティに口から突っ込む。口から顔、首、身体とウルフの身を焦がしながらレヴェンティが切り裂いていく。
アリーが切り裂いたレッドウルフの別称は確か、デコイウルフ。赤き体躯を震わせながら先行し、自らを囮にして他のウルフたちに標的を囲わせる役目を担うはずだ。
僕は後方の枯れ木めがけて不恰好な投げ方で【火炎球】を投げる。攻撃技能である【火炎球】がワンバウンドしつつも枯れ木に到達。発火。松明のように轟々と燃え上がる枯れ木にウルフ達は近寄れなくなる。
これでレッドウルフの目的は頓挫した。後方に苦手な炎が燃えている以上、ウルフたちは近寄れない。猛る吹雪も僕の【断熱球】によって遮断されるため、すぐに消えることはないだろう。
次に到達したのは黒き毛皮に覆われたウルフガイ。知識は低く、体当たりしかしてこない比較的楽な相手だったはず。
アリーがレヴェンティで次々と切り裂いていく。
そうしているうちにウルフよりも毛の濃い灰色のウルフがホワイトウルフを引き連れて到着する。ハイウルフだ。
ハイウルフはウルフたちよりひと回り大きく、しかも知性がそこそこあった。ウルフたちをうまく誘導し、僕たちは燃えている樹がある後方以外の全方向をふさがれていた。
「どうするの?」
僕が間抜けにもアリーに尋ねる。
「私は最初から倒すつもりよ」
アリーが正面へと駆け出す。僕は後退。逃げるわけじゃない。僕がこれ以上役立たずにならないうちに、援護に徹するのだ。もちろん、余裕があれば攻撃したい。
僕は燃える樹へと接近。熱いか熱くないかのちょうどいい按配のところで、周囲を見据える。アリーは僕とは違い、ウルフの群れへと果敢に攻め入っていた。
ハイウルフが口を開き、【氷息】を発動する瞬間、アリーはその口にレヴェンティを突っ込み、
「爆ぜろ! レヴェンティ!」
レヴェンティに宿る【強炎】を解放する。ハイウルフの内側で爆発を起き、ハイウルフが破裂する。アリーはそのまま躊躇うことなく後方へと回転。剣を振るった。後方からアリーの両肩に噛みつこうとしていたウルフが二匹、切り裂かれる。動きを読んでいたアリーの回転斬りだった。二匹のウルフの攻撃が失敗に終わる。けれどそれは囮。ウルフたちも狡猾だった。アリーめがけてウルフガイが突進。同時に、ハイウルフが【氷息】を口腔から吐き出していた。このままではどちらかを対処している間に、残ったほうの攻撃を受けてしまう。
――が僕がそうはさせない。【転移球】をウルフガイへ放る。ウルフガイの転移先は、ハイウルフの正面。ウルフガイが止まることなくハイウルフへと衝突し、途端ハイウルフの【氷息】がウルフガイに直撃する。おそらくどっちも死んでないだろう。
しかし僕の援護をどうやら信頼してくれているアリーが既に駆け出していた。そして互いに攻撃してしまったウルフガイとハイウルフを葬る。それでもまだざっと見て10匹以上のウルフたちがいた。毛並みも様々だ。先程のハイウルフよりもひと回り大きいハイウルフの姿もあった。
「焼き尽くせ! レヴェンティ!」
アリーが攻撃魔法階級5【炎冠】を剣に宿し、すぐさま解放。それを見た僕も援護技能たる【着火補助球】を【炎冠】へと投げる。その球の効果は、炎属性の魔法及び、技能の展開速度をわずかに上昇させ、さらに威力をかすかにあげる。
ちりも積もればなんとやら【着火補助球】があるかないかの差で致命傷なのか死亡なのかに二分されることだってある。【炎冠】が色とりどりのウルフたちを襲う。襲われるものから見ればまるで炎の冠に閉じ込められたように見えるという【炎冠】はウルフたちを囲い、焼き殺さんとじわじわとその円を縮めていく。炎に恐怖するウルフたちが一歩後退ると、炎が一歩前進する。またウルフたちが一歩後退れば、炎は一歩前進する。まるで追い詰めるかのように。
やがて逃げ場がなくなり、炎がウルフたちを襲う。
その寒さを防ぐ剛毛なる毛皮へと炎が移り、身を焦がす。炎が消える頃には大半が焼け死に。生き残ったわずか数匹も、まるで戦意を失ったかのように攻撃しようとしてこない。アリーはそんな瀕死のウルフ達に近寄り、レヴェンティで切り刻んだ。
息も絶え絶えなアリーの周囲を見渡せば、ウルフの屍骸が銀世界を赤く染めていた。
あれほどの数のウルフをアリーはほぼひとりで倒していた。
僕の援護があればこそ、とは口を裂けても言わない。元々アリーはひとりでここに修行しにきたのだ、そのぐらいの実力は備わっているだろう。しかし僕がいるせいで余計に精神を磨耗し、疲労しているはずだ。それでもアリーは戦闘態勢をやめない。僕は意識を集中して気配を探る。
前方から雪原を歩く重い足音が聞こえた。それも複数。ウルフの屍骸が放つ血の臭いにつられやってきたのは、僕らよりも一回り大きく屈強な肉体を持つオーグル。下腹部は太鼓腹で鬼の形相をしていた。冒険者から奪ったのだろう、鋼鉄の大剣を携えていた。
それに追従するのは僕らと同じぐらいの背丈で野蛮不潔と評される猪に良く似た顔つきのオーク達。食欲と性欲、戦闘力が他の魔物と著しく違うオーグルに食べられることを恐れ、隷属したのだろう。
オーグルの背後につき、他のオークを統率しているオークだけは冒険者から奪った重鉛の鎧に身を固めている。
僕はその光景に身震いをしていた。けれどやはりというべきか、アリーはその光景へと混じっていく。
猛るアリーを見てオーグルはオーク達に指示する。隷属するオークはそれに従い、アリーへと襲いかかる。
「宿れ! レヴェンティ!」
アリーは援護魔法階級3【戦闘力強化】をレヴェンティに宿す。本来なら冒険者の戦闘力を向上させるその魔法は、魔法剣と化すことで、魔充剣のさまざまな能力を上昇させる。包丁で鉄板が切れるぐらいに切れ味があがり、さらに刀身もその長さを延ばす。
オーグルの背丈と同じぐらいになったレヴェンティをアリーは振るい、防具を身に纏っていたオークを防具ごと切断。
何もすることなくそのオークは絶命。その光景を見た他のオークはアリーの強さに中てられ、畏怖を感じたのか後退する。しかしその後退をオーグルは許さず、 一番近くにいたオークを捕まえ、頭を食い千切る。それを目の当たりにしたオーク達は前門の虎と後門の竜を比較。結論を出し、アリーへと向かっていく。
オーク達はオーグルの絶対的支配に恐怖を覚えているらしく逆らえなかった。もちろんアリーもそんなことは理解していた。
【戦闘力強化】を解放し、アリーは自分自身の戦闘力を強化。レヴェンティの刀身が元に戻り、ふたつに分裂。【戦闘力強化】解放直後、援護魔法階級3の【同身】を発動していたのだ。姿も形も質量でさえも同じその二本のレヴェンティを振り回す。ただ若干二刀流に慣れてないのか、左手の動きだけ不恰好さがあった。
後方から迫るオークの脳髄めがけてレヴェンティが振るわれ、前方から襲いかかろうとしたオークを威嚇するようにもうひとつのレヴェンティが空を切る。案の定その威嚇に驚き、歩を止める前方のオーク。後方のオークが血を垂れ流しながら倒れ、軽やかなステップで前方のオークの腹を一閃。その光景はまるで舞っているように見えた。アリーの舞がオークを次々と仕留めるなか、僕はその舞に見惚れてしまっていた。
「ボサッとしない!」
僕に気がついたアリーが喝を入れる。確かにその通りだ。
僕は鉄球を【造型】し、【速球】を繰り出す。
当然投げたとしても当たるはずもなくワンバウンドし、地面に転がる。しかし目的は十分。僕へと注目したオークが数匹こちらへと向ってくる。アリーへと集中していた敵戦力が分散される。で僕は大丈夫なのかと言えば大丈夫じゃない、全く大丈夫じゃない。しかし策はある。無策で囮になったわけじゃない。【毒霧球】を放ち、発動中だけ呼吸を止める。【毒霧球】が地面に落ち毒を含んだ霧を放出する。
僕に近寄ってきたオークがその毒を吸い込む。被害に遭ったオークは全身を痺れさせ身を屈める。でもそれだけだ。微弱な毒は吸い込んだ者の体を僅かに痺れさせるだけ。それだけ。けどそれで十分。ゴブリンの集団から逃げ出すために習得した【毒霧球】が効くか不安だったが、どうやらオークにも効いたらしい。
横目で僕の方角をちらりと見たアリーは、瞬時に【同身】を解放。もうひとりのアリーが出現し、オークを引きつける。本当のアリーは僕のほうへと駆け出し、
「貫け! レヴェンティ!」
解放された攻撃魔法階級2【突雷】が毒に苦しむオークの剛皮を無視し、内蔵から破壊していく。オークの口腔から血が零れ、内臓の焼け焦げた臭いが鼻をつく。
アリーは一連の動作を終え、大きくそして深く呼吸をする。魔法は精神を磨耗し、技能は体力を消費すると言われている。度を越えて使いすぎれば精神磨耗によって精神が崩壊し、体力消費によって疲労が蓄積、小さな間違いが死を招く。アリーは既に満身創痍だった。
僕たちの前方にはオーグルとその横に追従するオークが二匹。おそらくオーグルの補佐を担う二匹だと僕は推測する。
「行くわよ」
深呼吸をしたというのに息も絶え絶えなアリーが言う。
僕も当然続く。今は援護に回ろう、僕の思考が勝手に判断する。今は生き残ることが必須。【煙球】を放り、オークとオーグルの視界を遮断。その煙幕のなかをアリーは疾走。
僕は無理に突入せずその場で待機。しばらくして煙が晴れ、真っ先に見えたのはオークの首なし死体。その近くに横たわるのはもう一匹のオーク。
そして視界の奥には佇むオーグルと足を掴まれたぶら下がるアリーがいた。剣は辛うじて落としてないが、とても危険な状態だ。
あらゆる欲が貪欲なオーグルは強い冒険者を見つけると気分を昂ぶらせる。今がまさにその状態だった。
魔物に敗北した人間の運命は二択、死ぬか、異端の島に送られるか。異端の島に送られれば魔物の“養分”となる苗床にされるというのが通説。行方不明者のほとんどが異端の島が苗床となって生存しているらしい。
アリーにそんな運命を辿らせない。僕は焦りながら、左手で鉄球を【造型】し【速球】を繰り出す。
僕はその後の光景に目を見開いて驚いていた。僕の【速球】は狙い通り、オーグルの太鼓腹に直撃した――どころではない、のめり込んでいた。アリーは驚きながらも微笑し、腹筋の力を利用してオーグルの顔にレヴェンティを突き刺した。オーグルはたじろぎ、ようやくアリーの足から手を放す。アリーはオーグルを恨むように睨みつけそのまま太鼓腹にレヴェンティを突き刺す。
「滅せよ、レヴェンティ!」
レヴェンティから魔法が解放! 解放されたその魔法はオーグルの体内で展開。まるでオーグル自身が沸騰しているように体が内側から球状に膨らんでいく。そして破裂。アリーが解放したのは攻撃魔法階級5【風膨】だった。
アリーが白い息を先程よりも早い間隔で吐きながら
「うまく投げれたね」
僕に満面の笑みを零す。
「どうやって投げたの?」
「よく分からない、無我夢中だったから」
【転移球】を持つ右手でポリポリと頭を掻く。そんな僕を見て嘆息したように見えたアリーだったが、
「……その【転移球】、いつから持ってたの!?」
何かに気づいたようにそんなことを尋ねてくる。
「えーっと、【煙球】を投げたすぐ後だったかな?」
「じゃあキミが投げた鉄球は?」
「それも同じぐらい……ですけどそれがどうかしたんですか?」
「どうもこうも、投球士は自分が投球可能な部位でしか【造型】はできないのよ」
「っていうことは?」
「そう、つまり【転移球】を持った状態じゃ鉄球は【造型】できない」
「持ち替えて作ったとか?」
「【転移球】を持っていたなら無理よ。それだって球なんだから」
「何が言いたいか、僕にはさっぱりだよ。アリー」
「つまりキミは100万人にひとりの逸材〈双腕〉だったんだよ」
「〈双腕〉?」
「〈双腕〉っていうのはどちらの腕でも球を【造型】して投げれる人間のことを言うのよ」
「でもなんで右腕では投げれなかったの?」
「それはキミが左利きだったからよ。私が師匠に聞いた話だと、左利きってのはすごく珍しいらしくって、この世界にいる投球士のほとんどが右利きらしいの。つまり、あなたの師匠もあなたが右利きだと思い込んでいたのよ」
「はあ……なるほど」
僕は納得したような、納得してないような顔をしていた。
つまり元々、僕は左利きだったのに、ほとんどの投球士が右利きだから、僕は右利きだと思いこまされてずっと右で投げていたってことらしい。なんてお間抜けな話だ。
「でも、待ってよ。〈双腕〉ってどちらの腕でも球を造って投げれるんでしょ。アリーの言うことが本当だったとしたら僕は左でしかうまく投げれないってことだよね。そもそもうまく投げれたのも偶然かもしれない」
「確かに……。美少女の危機に、ヒーローは強くなるのは定番だとしても、もしかしたらただの偶然ってこともあるわね」
「というか美少女って?」
「私のことよ」
確かにアリーは美人だとは思うけど、自分で言ったら、自分の品位を貶めたりしないのかな。
「とりあえず、もう一回投げてみたら?」
お誂え向きに、前方にはウルフの集団が見えていた。
「やってみる」
左手に鉄球を【造型】する。そして遠くに見えるウルフめがけて【速球】を繰り出す。僕の左手から繰り出された【速球】は飛距離を延ばし、見事ウルフへと直撃する。
「偶然じゃないみたいだね」
「だとしたらますます右手でうまく投げれないのはおかしい気が……」
「両腕で投げれる資格があるだけで、練習しなきゃダメなんじゃない?」
「そういうものなの?」
「たぶん、そうよ。それに私が思うに、今までは投げる姿勢がわからなかったから右手で投げれなかったのよ。今は左手で投げれて感覚を掴めているから右手でも投げれるんじゃない?」
迫るウルフを前に剣呑と喋るアリー。右手に持っていた【転移球】を消して、鉄球を右手で【造型】して試そうとしている僕も僕だけど。
僕はウルフめがけて【速球】を放る。確かに今までより飛んだが、ウルフには到底届いてない。
「さっきよりは飛んだ感じがするわね。やっぱり姿勢が影響してるのよ。それなら手はある」
そう言ってアリーは魔法剣士系専用援護技能【模写】を発動。
「どうなったの?」
「左手の“特性”を右手の“特性”に一時的に上書きしたのよ」
簡単に言うが見た目は僕に何が起こったのか分からない。
「つまり今のキミは左手でうまく投げれて右手でもうまく投げる状態になったの。そして【模写】の効果が切れても上書きした“特性”はともかく、発動時に蓄積した“特性”までは元に戻らないの。ようするに右手で左手の感覚を掴めば右手の感覚は忘れないってこと」
「なるほどー」
便利な技能もあったものだ。でも僕には疑問が浮かぶ。
「それだと他の投球士も左手で投げることは可能じゃない?」
「ええ、可能だと思うわ。でも最初に言ったでしょ。〈双腕〉はどちらの腕でも【造型】できるって。それはつまり球をふたつ同時に【造型】できるってことなの。強制的に両投げに変えた投球士にもそんなことはできないわ」
そうやってアリーの説明を聞いて僕は納得する。
ようするに〈双腕〉の一番の性質は【造型】を両手で同時にできるということだ。その程度だと思ってしまいがちだけどそれは違う。なんせ時間差を大幅になくせるし、さらに連携も広がるのだから。
「じゃ、修行も兼ねて、行くわよ」
アリーが促す。僕は強く頷き、あとに続く。
ウルフの群れはすぐそばまで近づいていた。
僕は【着火補助球】と【火炎球】を【造型】。【火炎球】を放り投げてすぐに【着火補助球】を投げる。
【模写】のお陰でどちらの腕とも上手く投げれたので、当然のように、【着火補助球】は【火炎球】を追従。
ウルフに【火炎球】が直撃し、間髪入れずに【着火補助球】が直撃。【火炎球】の火力がわずかに増し、ウルフの体毛へと燃え広がる。さらに連続して、【造型】した【断熱球】をウルフへと繰り出す。ウルフの周囲に【断熱球【着火補助球】が留まり、範疇の吹雪を遮断。ウルフの体毛を燃やし続ける炎が消えるのを阻止。熱さに悶えるウルフが雪上をのた打ち回るが、なかなか消えず次々と周りのウルフ達へと炎を感染させていく。
【断熱球】の範疇から逃れ、吹雪によって炎を消そうとする複数のウルフ。しかしそのウルフたちは火傷した体躯を切断され、絶命。ウルフの群れへと突撃していたアリーがレヴェンティで切断したのだ。
「う~ん」
僕は唸る。確かに僕は戦えるようになった。が大して役に立ってない。何せ、単体相手にしか攻撃できないのだ。
解放することで魔法が使え、さらに魔法を宿すことで単体へも強力な攻撃ができる放剣士とは大違いだ。
「終わったわね」
僕が大した活躍を見せぬまま、アリーはウルフの群れをほぼひとりで全滅した。
「あれ? ……何唸ってるの?」
「いや、大した役に立ってないなーって」
「なんていうかさ、投球士ってのは援護系職業で殲滅には向いてないから気にすべきじゃないと思うわ」
「そういうものかな。一応〈双腕〉だからすごい活躍ができると思ったんだけど……」
「無理ね」
「無理ですか」
「最低限投げれるようになるのが課題だったんだし、いいんじゃない? あんたは援護の腕は優れているみたいだから本職をそのまま投球士にしても大陸でも通用すると思うわ。レベルだって、島にいるランク0の冒険者の平均以上なわけだし」
アリーに認められてなんだか嬉しくなる。もう活躍するとかしないとかどうでもいい気分に僕をさせた。
「じゃ、もう少しここで稼いだら戻りましょう」
僕は頷き、アリーの後ろに続いた。
次の日以降、まともに投げれるようになってからは、僕は連日アリーとともにここで修行に励んだ。ついでのように、懐も暖かくなった。