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tenth  作者: 大友 鎬
第7章 放浪の旅
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空中庭園編-16 飛鴉

 

 16


 少し前。

 左翼側でも闘球専士と冒険者たちの戦いが続いていた。

 右翼側と違うのは圧倒的に闘球専士の数だ。

 BCT48の残存部隊に隕石の処理を終えたMVP48のNo.1~5を除いた43人、それにMCP48。数は100人に近いかもしれない。

 後方に奇襲をしたあと、冒険者を少しづつ左翼に誘導。

 右翼にいる冒険者を少しずつ倒し、左翼を一気に壊滅させる。

 それが闘球専士の目論見だったが、奇襲直後のジョーの魔法、右翼側のレッドガンたちの奮戦により思い通りにいかずにいた。

 それどころか、その奮戦が左翼側を盛り上げているようにも思えるのだ。

 事実、MOST10たるNo.6~10が強敵になり得る冒険者を倒すつもりだったが、足止めされているのも想定外だ。

「オレの女を怪我させやがってぇ!」

 その想定外を作り出したのが、怒り狂うアエイウだった。

 後方の奇襲でエリマを除くアエイウの従者は倒されていた。新顔のミンシアもアエイウのために働くと息巻いていたが、その実力を発揮できずに倒されてしまっている。

 それを見てアエイウはキレた。

 戦闘の技場での怒り方とは違う怒り方だ。

 あのときは無差別に冒険者を殺すグレグレスたちが、セリージュたちを無残に殺したから怒っていた。

 今回は果し合いという正当な戦闘ゆえにそんな理不尽な戦いになることはない。

 冒険者、闘球専士ともに戦闘不能と定義されれば追撃もしなければ止めを刺すこともしない。

 もちろん、手加減をすることはないので命を落としてしまうこともあるかもしれない。けれどそれは正当な戦闘ゆえに恨むことが理不尽だろう。

 それでもアエイウはキレた。

 後方の奇襲でエミリーが大怪我をしたからだ。

 それが許せなかった。

 それこそ理不尽だが、エミリーをいじめていいのは自分だけだとアエイウは思っている。

 かつて戦闘の技場でレシュリーとも戦ったアエイウはそこでエミリーを倒されているが、そのときは怒ることはなかった。

 エミリーを怪我させる可能性があるにはあったが、どれもがはったりで、さらには場外に落ちたエミリーを治療さえもしていた。

 そういう意味でアエイウは言葉にはしないがレシュリーのことを評価している。

 とはいえ、エミリーをいじめていいのは自分だけ、という理不尽な理由を誰も知るはずがない。

 長い付き合いのエリマも、エミリー本人もそんなことは知らない。

 すべてアエイウの秘めたる想いだ。

 だからこそアエイウは大怪我をしたエミリーを見て、ひとりブチキレた。

 オレの女、なんてひとくくりにしたのは単なる照れ隠し。

 けれどそんなことはどうだっていい。どうだっていいのだ。

 取外式巨大槍よりも長い、長大剣を豪快に振り下ろし、そのまま振り回す。

「ちょ、危ないじゃん!」

 近場で戦闘している味方なんてお構いなしだ。

 力任せ、怒り任せのように見えて、敵を繊細に追い詰めている。

 狙われているのはMOST10のNo.8、沖田総司。

 どことなく顔色が悪く見えるものの、壬生ウルフズの若手No.1だ。

 長大剣〔多妻と多才のオーデイン〕を軽々と避け、か細い腕と、か細い鉄錐棒〔同時切りユキツナ〕でときには受け止める。

 その戦闘にMCP48の壬生ウルフズ家木将監、中村金吾、山田春隆が巻き込まれ、倒れてしまう。

 【超躍】や【緊急回避】を駆使し、その攻撃の余波から巧く回避した闘球専士も当然いる。

 MCP48赤穂インフェトリマンズ近松勘六行重、間瀬久太夫正明もそれに該当していた。

 けれど程無く、長方形剣(マクアフティル)によって斬り伏せられる。

 この状況にかなり慣れている相手――アエイウの師匠でもあるエリマによって。

 エリマは怒り狂うアエイウのペースに唯一合わせられる冒険者と言ってもよかった。

 つまり豪快の一振りを辛うじて避けた程度では成す術などないのだ。彼女の長方形剣〔巻舌のヒュッヒューイ〕が逃しはしない。

 それが分かってるからこそ、MCPの面々もふたりに多くの戦力を割く。MVPも数十人で妨害するが止められない。

 さらに【速球】が遠方から襲いかかっていた。

 その発想は常套だ。エリマの行動さえ封じれば、なんとかなる。でも近づけない。なら遠くから攻撃すればいい。

 ただエリマとてランク6の冒険者だ。

 封印の肉林に閉じ込められ腐っていた冒険者とは違う。

 近年では珍しくディオレスでさえクリアできなかった鮮血の三角陣をクリアしてランク6になった冒険者。

 敢えて言うなら陰の実力者。

 アエイウに見初められたことでアエイウを弟子にできたという運もあったのかもしれない。

 それでも才覚もなしに彼女は確かにランク6まで上り詰めているのだ。

 活躍や注目も重視する[十本指]にこそ選ばれていないが、彼女の実力は本物である。

 遠方から投げられた【速球】の存在に、狩士である彼女は容易に気づく。

 【収納】によって武器を取り出す。

 それを【速球】の迫る方向へと向け――

 ガンッ!

 【速球】がぶつかる。

 エリマが取り出したのは鉄盾銃〔ごり押しのヴェーヴェッカス〕。

 鉄盾銃アイアン・シールド・ピストルと呼ばれるそれは、片手銃(ハンドガン)の銃口に丸鉄盾(アイアンバックラー)がついたものだ。

 ゆえに盾の中央には銃口がある。

 エリマは【速球】がぶつかった瞬間に引き鉄を引き、【速球】の投球者である川原塚茂太郎重幸を打ち抜いていた。

 【速球】の軌道上には当然誰もおらず、ゆえに銃弾もそのままそのまま投球者に届いていた。

 さらににやりと笑って、エリマは【収納】内にあった、とある武器を空中へと放り投げる。

 思わず見上げる赤穂インフェトリマンズの間十次郎光興。

「鳥――?」

 そう見えた。

「違う、あれは――」

 すぐさま自分の間違いを訂正する十次郎光興。

 錯覚したのは真横に広がっている翼が見えたからだろう。

 そもそもきちんと確認すれば、それが鳥などではないとすぐに分かったはずだ。

 エリマの手から大量に放たれたそれは確かに鳥の形をしていた。

 それは竹の骨組みに紙の翼で簡素な作りをしている。それだけ見れば脅威ではない。

 けれどエリマの近くにいた十次郎光興はいの一番に逃げ出す。

 その紙の鳥の腹には竹筒型の爆弾が何本もついていた。

 しかもその爆弾は引火し、尾のほうへと火を噴き出している。

 つまり、周囲にその鳥は特攻していた。

 神火飛鴉(シェンフォフェイヤー)〔神速のシェフォルカ〕は元は攻城用の武器だったものを簡易化し、対人戦に使用できるようにしたものだ。

 補足しておくと紙の鳥のことを神火飛鴉とも呼ぶが、この神火飛鴉を飛ばす本体の部分も神火飛鴉と呼ぶ。

 もっとも、エリマはばら撒く際には神火飛鴉のみを使用するので、本体は【収納】されたままだ。

 ちなみにこうやって使用する際には、【収納】前に爆弾を引火させておくことで、引火状態を維持したまま【収納】される。

 意外と知られてない技術だが、これを知っていると時限系武器の使い勝手に幅が出るのだ。

 十次郎光興は【緊急回避】も使って、なんとか神火飛鴉を避ける。

 その瞬間、目の前に膝ぐらいまでの大きさの鉄筒(ドラム)缶が置かれていることに気づく。

「なんだ……これは……」

 闘球専士が冒険職種の多くを占める空中庭園では至極珍しいそれは十次郎光興にはなんなのか分からなかった。

「それから離れて」

 総司の声が聞こえたときにはもう遅い。

 神火飛鴉が鉄筒缶にぶつかり爆発。

 十次郎光興はそのなかに入っていたのが爆薬だと気づいた瞬間、黒焦げた。

 鉄筒缶――正確には狩猟技能【燃料携行缶(ジェリーカン)】である。

 設置し、さらに引火しなければ使えないため、狩士でも覚えたけど使わない、そもそも覚える意味もない、そう言われるぐらい使い勝手の悪い技能だが、エリマはこういうときこそ活きる、と感じている。

 遮蔽物がないので見つかれば警戒されるが、【燃料携行缶】という技能自体を知らない人が多いのが功を奏していた。

 神火飛鴉は闘球専士ではなく【燃料携行缶】に当てるのが目的だった。

 その狙いに気づいた総司だったが、一歩遅い。

 十次郎光興をはじめ、不用意に近づいていた土佐ナイツ島村寿太郎雅董や依岡権吉弘穀。そもそも気づかなかった蝦夷リパブリックス永井尚志、人見勝太郎が戦闘不能になっていた。

 他にも大なり小なり火傷を負ったものもいたが、まだ戦えるようだった。

 総司は歯噛みする。アエイウの力量を読み間違えた自分を恥じて。

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