空中庭園編-14 波動
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かに見えた。
がそれは違った。ジョーの一撃は新たな好機を作り出していたのだ。
「行くぜぇええええええええええ! バァアアアアアアアアニンンング!」
ジョーの渾身の一撃を防がれたという、失意感、絶望感を大音声がかき消した。
右翼側にいるジョーの周りにはピンクチェリーにイエロウ、グリングリン、ブルーメンの姿があった。
それだけじゃない、周囲の地面にはBCT48である蝦夷リパブリックスの松岡四郎次郎、小笠原賢蔵、滝川充太郎、伊庭八郎、大川正次郎、中島三郎助、MVB48の白虎コールプス笹原傳太郎と篠沢虎之助に彰義アライアンス伴門五郎、須永於莵之輔が倒れていた。
彼ら5人で倒したのだろう。隕石の混乱に乗じただけ、とはいいにくい戦果がそこにはあった。
それだけの人数が倒されたこともあり、彼らの周囲には多くのMVB48の姿がある。
先程のレッドガンの叫びはMVB48がじりじりと近づいていた矢先のことだった。
「おう!」
レッドガンの、ジョーとは違った意味での熱い叫びに4人の冒険者が呼応する。
レッドガンが両拳を合わせ、そのまま右腰のほうへと引いていく。
その一方でブルーメンがレッドガンの右肩にクールに手を置き、イエロウが「カレーが食べたい」と思いながらブルーメンの右肩に手を置く。
その反対側も同じ。ピンクチェリーがレッドガンの左肩にいやらしく手を置くと、グリングリンがうらやましいと呟いてピンクチェリーの左肩に手を置いて少し嫌がられる。
もちろん、それでもピンクチェリーがグリングリンの手を払いのけないのはレッドガンが今から行うことに必要だからだった。
レッドガンたちは5人でV字を作り出す。
レッドガンいわく勝利のV。
そうしてレッドガンは合わせた拳を
「滅」
掛け声とともに
「我」
ゆっくりと
「戯」
前に
「駕」
突き出した。
「砲っっっ!!!!!!!!!!!!!!!!」
瞬間、拳から眩いばかりの光と同時に五色の波動が放たれた。
波動は真っ直ぐに伸びるのではなく、周囲に展開する敵意に対して追尾するように延びていく。
MVB48白虎コールプスの安達藤三郎の胸を焦がし、白虎コールプスの池上新太郎の腕を消滅させ、彰義アライアンスの小田井蔵太の足を焼失させた。
彰義アライアンスの池田長裕は【緊急回避】、狗党テンペスタースの武田魁介は【超躍】、根本新平は【低姿勢滑走】、川上清太郎と高橋市兵衛は【滑り込み】、小野藤五郎は【正面衝突】で避けようとするものの間にあわず一瞬に体の一部を消滅させて戦闘不能になっていく。
周囲の敵を一掃したその技能を、【滅我戯駕砲】という。
【究極奥義 爆炎掌】を作り出したレッドガンが他の4人と作り出した専用合体技能である。
この技能はレッドガン、ブルーメン、グリングリン、イエロウ、ピンクチェリーの5人が揃わなければ使えないという条件がある代わりに反則的な威力を持っている。
しかも、この技能はレッドガンの独善的ともいえる想いが詰め込まれており、当たっても死なせないようにできる。
体の一部を消失、あるいは焼失させ身体を麻痺させることで戦闘不能にさせるのだ。
この技能が生まれたのは5人ともが才覚を持っていたゆえかもしれない。
この稀有な技能がルーンの樹に刻まれたのを目撃したリンゼット・カールビーズは集配社の取材にこう答えている。
レッドガンの〈熱血〉、ブルーメンの〈青春〉、ピンクチェリーの〈桃脳〉、グリングリンの〈風質〉、イエロウの〈辛口〉。
それらの才覚の相性が奇跡的に一致し、この技能の発現に至った、と。
真相は分からない。β時代にですら、合体技能というものはなかったのだから。
けれど説明できない何かがそこにはあった。
そんな技能を使う彼らの存在が募りつつあった不安感、絶望感を払いのける。
もちろん、レッドガンたちにとってもそれは諸刃の刃。
体力消費、魔力消耗が半端なく、以前のような動きはできないだろう。
それでも、
「行くぜえええええ、バアアアアアアアニンング!」
疲れを見せず暑苦しく叫んだレッドガンは【滅我戯駕砲】の範囲外から迫っていたひとり、MVB48の援隊メールズ野村維章へと飛びかかる。
レッドガンは竜の異形と化していた。獣化士であるレッドガンは瞬く間にクリムゾンドラゴニュートに変貌。
体躯は堅牢な竜の鱗を身に纏った人間そのもの、違うのは頭。人間の頭ではなく蜥蜴じみた竜の頭に変わっている。
そのままレッドガンは維章へと噛みつき地面に叩きつけると、続いてやってきたMVB48蝦夷リパブリックス大鳥圭介へと掘削機さながらに回転しながら拳を突き出し突撃していく。
【最終奥義 竜巻拳】。
それもまたレッドガンの専用技能だった。
突き出した拳が圭介の腹を抉る。腹に螺旋模様を描かれながら吹き飛んだ圭介は後続のMVB48、蝦夷リパブリックス今井信郎と竹中重固を巻き込み倒れる。
ブルーメンの周囲ではMVB48援隊メールズ佐々木高行、石田英吉が鉄錐棒を捨て地面に座り込んでいた。
堕士たるブルーメンの【怠慢】によって、戦闘意識を低下、冒険者と戦うことが億劫だと思わせていた。
端正な顔立ちのブルーメンが堕言を耳元で囁く。
MVB48土佐ナイツの間崎哲馬則弘が腰砕けに地面に座る。
傍から見れば甘い囁きのようにも思えるそれはしかして恐怖の羅列、堕言の囁き。
怠惰に導くその言葉はある意味で甘い言葉。
けれどそれは真実などではなかった。
感情に直接訴えかけるそれは一撃必殺の戦闘不能技能に等しい。
そんな技能を持つ冒険者が争技場にふたりもいる。
もうひとりの堕士マイカもまた、周囲に群がっていたMCP48の称号を持つ援隊メールズ橋本久太夫、狗党テンペスタース芹澤助次郎、白虎コールプス庄田保鉄を無力化していた。
近くにいる悪魔士ルクスと喧嘩しながら、だが。
そのルクスもまた、【悪魔召喚】によってフォラスを呼び出し、MCP48蝦夷リパブリックス吉沢勇四郎、二本松ギャルソンズ岡山篤次郎を倒していた。
そんな悪魔士もまた、この場にはもうひとりいる。
ピンクチェリーだ。彼女はレッドガンの背後、彼を見つめていた。
そんな彼女の周囲にはばたりと倒れたMVB48二本松ギャルソンズ高橋辰治、上田孫三郎、徳田鉄吉と、一体の悪魔の姿があった。
その悪魔の名前はアスモデウス。
アスモデウスは雄牛と人間、牡羊の顔を持ち、人間の色欲を操る悪魔だった。竜のような、ワニのような、蜥蜴のような、なんとも表現しがたい生物に乗っていた。その生物によって全身は見えがたいが、雄鶏のような足と海蛇が如し尻尾を持ち、後ろには小悪魔を72匹引き連れている。
彼らが倒れていたのはアスモデウスの術中にはまり、妄想の世界へと旅立ったからだった。
「ああ、うらやましい」
そう言いながら、吸体士たるグリングリンは【命吸法】を駆使しながら、ピンクチェリーを守り続ける。
ピンクチェリーが戦闘中にも関わらずレッドガンを見つめ続けれるのは彼の功績が大きいのだが、彼女はそのことを知らない。
グリングリンは〈風質〉というジョーやシャアナと同じような才覚を持つ。けれども吸体士である彼にとってその才覚は能力の底上げ以上の意味を持たない。
才覚があるお陰で普通の吸体士よりも強固、という程度だ。
いや、だからこそグリングリンは〈風質〉本来の力、風系魔法の強化なんかなくても戦っていける。
援隊メールズの安岡金馬、中島信行を半月形斧〔新緑のニューグリデン〕で倒していく。
その横をMVB48蝦夷リパブリックス荒井郁之助が吹き飛んでいった。
吹き飛ばしたのはイエロウ。
逆転技能【左←→右】によって敵との位置を入れ替わり、背後から強襲したのだ。
イエロウの横では、イエロウに気づきMVB48土佐ナイツ岡本恒之助俊直がすぐさま反応していた。
それほどまですぐに反応されるとは思ってもみなかったうえ、カレーが食いたい、なんてことを思っていたイエロウは対応できず、恒之助俊直が投げた【麻痺球】が直撃する。
イエロウの体が弛緩したところで鉄錐棒が顔面に直撃っ!
打法技能は冒険者、すなわち対人で使えるのか。
そう問われた場合、答えはイエスだ。
実際、恒之助俊直もイエロウに打法技能【大撃打】を放っていた。
その場合、どうなるか。
イエロウは観客席まで吹き飛ばされていた。
一瞬の出来事である。
本来は遠投された球や、投球された球を遠方に跳ね返す技能。そのため、【大撃打】は渾身の一振りのなかの渾身の一振りともいえる。
その威力をまともに受け吹き飛ばされたイエロウの結末はひとつしかない。
イエロウは観客を巻き込み倒れていた。
直後、
「バーニィイイイイング!」
熱い叫びとともに振り抜かれた拳が恒之助俊直を貫いた。
レッドガンのただのパンチだった。
レッドガンたちはイエロウが倒れる間にも赤穂インフェトリマンズ原惣右衛門元辰、堀部弥兵衛金丸、堀部安兵衛武庸、吉田忠左衛門兼亮、吉田沢右衛門兼貞、土佐ナイツ門田為之助穀、柳井健次友政を倒していたので【滅我戯駕砲】が使用不可能になったことをあまりデメリットに感じてはいなかった。
MVB48は半数以下にまで数を減らしていたことも、それに拍車をかけている。
そのせいでどこかレッドガンたちは慢心していたのかもしれない。
瞬間、レッドガンは意識を失い、その場に倒れた。
ブルーメンもピンクチェリーもグリングリンも、だ。




