空中庭園編-11 蜘蛛
11
争技場につくとアカサカさんが待っていた。
「それなりに人数を集めれたようじゃな……しかして、どれほどいようとも闘球専士には敵わぬよ」
「それはやってみなくちゃ分からない」
「ならば惨敗して、身の程を知るがいい」
言ってアカサカさんは中に入ってく。
「あ、ここからはわたくち、わたくし……イガ・フウマが案内しまちゅ、しますね」
随分と噛む女の子だった。
「勝負は一時間後、今から控え室にご案内しますのでそこで準備をお願いいたします」
「分かった」
控え室までの通路をイガに連れられて歩いていくと、殺気がひしひしと伝わっていた。
尋常じゃない数の殺気。
その全部が、僕たちに負けろ、と言っているようだった。
僕たちは明らかに敵だった。
「イガさんは僕が果し合いすることが許せない?」
試しに聞いていてみた。
「わたくしは司会者、司会者ですからちゅーりちゅな、中立な立場でないといけないと思っています。けれど、まあ自分個人の感想をいえば複雑でちゅ」
噛んだことをごまかすようにイガは矢継ぎ早に二の句を紡ぐ。
「あなたが勝っても負けてもわたくしたちが犠牲になることはなくなりまちゅ、なくなりますからね、でもあなたがたが勝てば、身の毛もよだつ恐怖が待っていまちゅ、ますし、負けたら今まで以上の罪悪感をもつことになると思いまちゅ」
だからふくざちゅ、複雑なんです。と盛大に噛んでイガは言った。
「さてここが控え室です。ご武運を……とは言いません」
そう言ってイガは去っていく。
「迷うなよ」
僕の近くで聞いていたアロンドが言った。
「迷ったらかつての俺のように大切なものを失っちまう。だから俺はもう二度と失わないように守ると決めた」
そう言ってエル三兄弟をアロンドは優しい瞳で見つめた。
きっとアロンドにも何かがあったのだろう。
迷っているつもりはなかったけれどアロンドが助言したってことはそう見えたのかもしれない。
「分かってる」
控え室に入っていくアロンドを見ながらそう答えた。
控え室は全員が入れるほど、大きかった。
争技場自体ももちろん広いのでそれに比例しているともいえた。
「あと1時間しかないけれど、作戦を伝えるよ」
全員の視線が僕に向く。
「じゃあ作戦だけれど……」
口早に僕は頭のなかで考えていた作戦を伝える。
ギリギリまで仲間の募集をしていたから、人数に合わせた作戦は考えていなかった。
作戦を伝え終わると1時間はやはりあっという間だった。
控え室の扉がノックされる。
「お時間でちゅ、です。このまま右手の通路を進んでください」
イガはそう伝えると急いでどこかへと走っていく。
さっきまでの質素な衣装から煌びやかな衣装になっていることに気づいた。
そういえば司会者と言っていたからそのための衣装なのだろう。
「さて、それじゃあ行こうか」
僕が言っても誰も動こうとはしない。
「あれ……?」
「お前が先頭だろうよ」
シッタが舌なめずりしてそう宣言する。
「え、なんか恥ずかしい」
「今更ね。さっさと行きなさい」
アリーに蹴飛ばされて僕は通路へと出る。
「よっしゃ、じゃあ行こうぜ」
「だからと言ってキミが二番手になろうとするんじゃないよ……」
僕の後ろに並ぼうとしていたシッタをフィスレが制する。
どっと笑いが起きて、緊張していた気分がどこか和らいだような気がした。
けれど、どこか突き刺さるような殺意は未だなくなってはいない。
「よし、じゃあ改めていこう」
僕の後ろにアリーが続き、そのあとを張り合うようにルルルカやジネーゼが続く。ヴィヴィはアリーが現れて以来、一歩引いているような感じだけれど、アルやリアンたちとともにそのあとに続いていく。
扉を開くとそこは広い芝生が広がっていた。反対側には砂場と菱形の白線。その角に四角い白板が置いてある。
正面のはるか頭上には巨大な映像記録媒体板があり、それが僕の姿を映し出した途端。、
負けろ、負けろ、死ね、殺せ、外界に帰れ、平穏を荒らすな、死ね、ふざけんな、負けろ、負けろ。
――罵声を浴びせつけられた。
「彼らが果し合いを挑んだレシュリー・ライヴ率いる冒険者軍団でちゅ、冒険者軍団です。ここ争技場で行われるのは闘球ではなく、果し合い、果し合いなのです! このような大規模の果し合いはじちゅに、実にβ時代以来! 勝つのはどちらか。今両者があいまみえます!」
イガの解説が続くなか、罵声も続く。
反対側、入場してきた闘球専士たちには声援が飛ぶ。
イガの本音――複雑な気持ちを、争技場にきた人たちは微塵にも感じてないように思えた。
全員が、ヤマタノオロチを恐れているのだ。
僕たちが勝ってしまえば、その畏怖が復活する。
それがイヤだから僕たちを罵倒するのだ。
彼らから見れば、僕たちは血盟会みたいなものなのだろう。
パンパレコップコプキーナがケルベロスを復活させようとしたように、僕がヤマタノオロチを復活させようとしているように見えるのだ。
否定はできない。
「そういえば、コエンマがいない」
ヴィヴィが忘れていたのを思い出したように言う。
「この罵声を聞いたら、罠のようにも思えてきたの」
「でも本当にそうなんでしょうか?」
「それは分からないけどもうここまで来たらコエンマの思惑なんて考えてられないよ」
「それもそうか……」
「たぶん、彼にも彼の事情があった。でも僕にはそういうの関係ない。僕が救いたいから救うんだ」
罵声のなか、決意を新たにする。
「それでは両者で揃いました。これから果し合いを始めまちゅ、始めます!」
イガのどことなく抜けた宣言が合図で81人と196人の果し合いが始まった。
***
開始わずか30秒。
実力を発揮することなく、レシュリー側の冒険者十五人が戦闘不能に陥っていた。
試合開始後、レシュリーとともに、数十人が一気に突撃を開始した。
レシュリーが出した作戦は簡単だ。
魔法士系数人の護衛を残し、あとは好き勝手に動いて魔法発動までの時間を稼ぐ。
それだけだった。
それは無謀かもしれないし、計画もあったものじゃないかもしれない。
けれどレシュリーはそれがベストだと思っていた。
レシュリーは自分が81人もの人間を統率できるとは思っていない。
ではどうすればいいのか。
考えた結果がこれだった。
例えばシッタはフィスレとともに行動しているし、そんなふたりと共闘したジネーゼとリーネはふたりの癖は分かっている。
アロンドとエル三兄弟は一緒に冒険しているし、何人かの冒険者は一組○人というかたちで冒険をしている。
つまりその人数であれば、今まで統率を取ってきた人が統率することができる。
だからレシュリーはその人数分で部隊を作り、魔法士系を含む部隊を後方で詠唱させ、一気に殲滅を狙っていた。
そして魔法士系がいない部隊を遊撃隊とし、前線で戦わせる。
そんな作戦だ。
それが見抜かれていたのか、そうでないかははっきりとは分からない。
けれどそれでも遊撃部隊の十五人が戦闘不能に陥った事実は覆らない。
その方法は単純にして豪快。
196人が【蜘蛛巣球】を一斉に遠投した。ただそれだけだ。
「くそっ! また、こんな結末かっ!」
「ついてないですよ、親分!」
ベベジーとクルパーの声。
それだけで戦闘不能になったうちのふたりが彼らだと理解できた。
残り十三人、というより被害を確認しようとレシュリーは後方を振り返る。
一目、魔法士系のいるあたりを見てとりあえずは安心する。
そこには強固な六つの盾が展開していた。
アロンド、そしてジャムとコッカがそれぞれ持つ盾だ。
アロンドの巨大盾〔でっかいドウ〕と巨大盾〔ちいさいナア〕、ジャムの魔法盾〔戸惑いラッキー〕刃体盾〔冷静サクラン〕、コッカの大尖盾〔とんがりキノコ〕に大針盾〔山のコーン〕。
それらが【蜘蛛巣球】の奇襲を防ぎ、後衛の被害をなくしていた。
レシュリーと視線が合うと、こっちは心配するな、とグッドスマイルを三人は見せた。
不安げな表情を見抜かれたレシュリーは、少しばかり安心してMVP48へと駆けていく。
他の被害といえば、マッスル隊はモッコスを除いて戦闘不能になっていた。
彼らは他の前衛を守るべく己が肉体を盾にしていた。
もっとも当たる前にポージングしたのでそのぐらい余裕はあったかもしれないが。
ただ盾になったことでその後ろにいたアルルカやモココルは助かったかたちになる。
それ以外には逆転士キューテン、吸体士センエン、物操士クレイドル、人操士ダモン、魔物使士ミハエラ、物操士アビンガ、吸魔士クルシュリテ、人操士ヴェンヴェ、忍士ジジビュデの9人が戦闘不能になっていた。
もちろん、呆気なくやられたというわけではない。
物操士クレイドルや物操士アビンガは【土巨人】によって周囲の【蜘蛛巣球】を防ぎ、魔物使士ミハエラは周囲にホグフィッシュを大量展開して、冒険者を守っていた。
もっともそれに集中しすぎたせいで、自分たちも【蜘蛛巣球】の被害にあってしまったのだけれど。
アロンドたちの盾に隠れていた第二陣が突撃を開始。
ランクの低かった無頼漢や、レッドガン、モモッカたちが盾の合間から走り出す。




