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tenth  作者: 大友 鎬
第7章 放浪の旅
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空中庭園編-9 次日

 9


 二日目。

 僕は相変らず禽取の酒場でココアを飲みながら待つ。

 雅京では果し合いの話で持ちきりだった。

 そのほとんどが平穏を乱す僕たち側が負けろ、というのがほとんどで万が一勝ったらどうしようと不安に思う人もいた。

 ジネーゼは石を投げられた、と言った。

 もちろん僕が代わりに謝ったけれど、ジネーゼは気分を害してはいなかった。

 自分が知り合った毒研究家はむしろ勝って欲しいと思う少数派だったかららしい。

 かくいう禽取の酒場のマスターも少数派だ。

「おれぁね、妻どころか娘ふたりまで生贄にさせられた。この街ではね、ちょっと病気があるとすぐに生贄にさせられちまう。病気の魚は捨てちまうだろ? 腐った食べ物もしかり。それと同じ感覚さ」

 だから、マスターは伝統なんかに縛られてたまるかってんだ、と憤っていた。

 この酒場に異文化が多いのも、空中庭園以外の食べ物も多いのもそのためだ。

「親父の言うとおりだ、ZE! この街は全然ロック★じゃねぇ! くそくだらねぇ伝統に縛られてるんだ、ZE!」

 そのマスターの言葉にジョーも共感していた。

 ジョー――庭名、厳田原丈は端から闘球専士になるつもりなんてなかった。幼少のジョーは空中庭園に来た吟遊詩師の音に惚れ込み、勝手に弟子入してロックの道を進むことにしたのだ。

 周りから奇異の目で見られ、貴族から反感を買ったジョーの家族はジョーのせいで死んだ。母親も姉も妹も生贄になり、祖父や父は重労働の末死んだ。

 今のジョーにあるのはロックだけだ。それでもひとりロックの道を行く。

 なぜならそれがロックだからだ。

「ロックでなしものどもには、ロックを教えこまなきゃ、雅京は何も変わらねぇ!」

 ジョーはそう言い捨て、

 朝から熱い、けどレッドガンの暑苦しさとベクトルが違っているような気もする。気のせい、かもしれないけれど。

「よう、盛り上がってるね」

 朝一に来たのはアロンドだった。

 昨日すでにエル三兄弟に明日来るという言伝をもらってたけれどこんなに早いとは思っていなかった。

 アロンドの後ろには見知らぬふたり。

「どぅも。噂はかねがね。わたしはジャム・トストともぅすもの。以後、お見知りおきを」

「オレっちっちはコッカ・コウラでしし。よろしくでしし」

「実力はおれぇが保証するぞ。しっしっし」

 快活にアロンドが笑う。

 そこにヴィヴィが帰還してきた。

「ジネーゼたちは着いてるかい?」

「うん。昨日、一番乗りだったよ。ヴィヴィもお疲れ」

「一番乗りか……思わぬライバル……なのかな?」

 ヴィヴィがぶつぶつと呟いた後、

「とりあえず知り合いには話しておいた。あとはどれぐらい来てくれるか、だな」

「きっとたくさん来てくれるよ」

 そうしてそれは言葉通りになった。

 次に来たのは……

「何、いやなかおしてんだよ。素早さなんか下がらねぇよ」

 舌なめずりしながらシッタは言った。

「ごめん……一瞬、アクジロウと間違えた」

「カーッ! いいか、金輪際……あんな妖怪キャラかぶりと間違えるな」

 言って舌をなめずる。

 先にそれをやってくれれば間違えない。

「やっぱりキミはそういう扱いか。だから言っただろう」

 それを見てフィスレが笑う。

 僕の反応は想像通りだったらしい。

 フィスレとシッタは息が合っていて微笑ましいのに、どこかデコボココンビに見えるのはシッタが原因だろうか。

「けっ、まあいい。俺が手伝ってやるんだ。ぜってぇ勝つぞ」


 ***


「ガハハハ、可愛い女の子を探しに来たぞ」

 ……などというのはこいつしかいなかった。ご存知アエイウだ。

 戦力としては申し分ないけれど、性格としては破綻していた。

 後ろにはエリマさんとアリーンにエミリー。それにもうひとり見知らぬ女性。

「ミキヨシはどうしたの?」

 常識人である彼がいないことに気づいた僕が尋ねると

「仕事が急がくて」

「教えんでいい」

 教えてくれたエミリーにアエイウがチョップを放つ。

 前々から思っていたけれど、エミリーに対する態度はいつも幼稚で、好きな子にちょっかいを出す類のものに似ていた。

 だからエミリーとミキヨシがいい感じの雰囲気をちょっとでも出すと気に食わないように拗ねて、エミリーに当たるのだ。

 そのミキヨシがいないからエミリーは平然と殴られるのを受容する。

 それを受け入れるエミリーの姿はヴィクア――ヴィヴィのお姉さんのようにも見えた。

「そういえば、その後ろの子は?」

「やらん」

 いる、とは言ってないけれど、欲しいとも思ってないけれど。

「この子はアエイウがウィンターズで引っ掛けてきたミンシアだよ」

 エリマさんが言うと、ミンシアと呼ばれた女性がこちらに視線を合わせてくる。

「ミンシア・デドラーゼです。それとリザードさん……アエイウさん以外にミンシアと呼ばれたくないので、呼ばないでくれます? もちろん、あなたもです。アエイウさんから聞いています。非常に女たらしで、アエイウさんのお仲間にも手を出した、と。」

「変なこと言ってくれてるね」

「おれ様は本当のことしか言わん」

「……もうなんだっていいや。とりあえず手伝ってくれるんだよね?」

「当たり前だ。これ以上、おれ様の女を犠牲にしてたまるか」

 相変らず、アエイウはぶれない。


 ***


 アエイウたちが酒場から出るのとすれ違いに

「やあ、社長っ!」

 と入ってくるふたりがいた。

 アエイウは「うほっ!」と感想を漏らしていたけれど、すぐにそれが誰だか分かって、僕をひと睨みしてきた。

 すでに僕の女とでも思っているのかもしれない。

 僕にその認識はない。もっとも仲間ではあるけれど。

「あたしらも助けに来たよっ!」

 シュキアとフレアレディだった。

「仕事は……?」

「大丈夫さっ! 今じゃ弟が副社長っ! レシュリーに恥を欠かせないように頑張ってるよっ」

 こう見えて一念発起の島を出てはいるんだからざっ! とシュキアは自慢げに言った。

「ちなみに言えば……」「私らもー」「最近……」「雇ってもらったので」「よろしく……」「社長ー!」

「そ、そうなんだ」

 自分の知らないところで軌道に乗っているようで恐い。

「ま、会社のことは任せるよ。不正と倒産さえしなければ口出しするつもりはないよ」

「それは弟が喜ぶよっ! レシュリーに恩返ししようと頑張っているからねっ!」

「それより、ふたりには期待するよ」

 頼りがいのある戦力がきたことに僕は頬を綻ばせる。

 いや、もっとも誤解があるように見えそうなのでフォローしておくと今まできた人ももちろん頼れることには違いないよ……たぶん。

 それからも入れ替わり立ち代わり、人の流れは止まらない。

 僕たちが果し合いで勝ったときどうなるか、負けたときどうなるか、だけではなく僕は手伝ってくれた人に報酬を払うことを約束している。

 その報酬目当てで集まった人もいる。やっぱりというか案の定、お金に困っている冒険者はいるのだ。

 それで悪事を働き不幸を呼ぶのなら、僕はそれを減らす手助けもしたかった。

 というのはグジリーコの件があるからだろう。

「噂はかねがね。俺はかねがねぇ。よろしく、オレは6ランク。デュセ・ル・アンデロっていうんでっせ」

 デュセもそのひとりだ。デュセも封印の肉林に封じ込められたひとりで、食い扶持に困り、今回の報酬に食いついたということらしい。

 それまでは低ランクのパーティーに用心棒として雇ってもらっていたらしい。

 そのパーティーもお金目当てでくっついてきた。

 いや、たぶんお金目当てというか、仲間のデュセにくっついてきたという感覚だろう。お金はついでだ。

 デュセの仲間は弓士コロレラ・ボーゲンヒデ、物操士アビンガ・ビビンガー、吸魔士クルシュリテ・エルデ、人操士ヴァンヴェ・ヴ・ヴィンヴォ、忍士ジジビュデ・バンビルの5人だ。

 5人はデュセに連れられ僕に軽く挨拶すると、すぐにデュセのあとを追った。

 彼らは雅京の入口、第47区画――御気縄に宿を取っていて、挨拶もそこそこ魔餓ヶ原で魔物を狩るという。

 デュセはできる限りお金と経験値を稼いでおきたいらしい。

 次に来たのはシャアナ、シメウォン、ラインバルト、ヒルデ。戦闘の技場でチームを組んでいた四人組。相変わらず仲がいい。

「見ていてよ。進化したボクの炎! 今度はボクがキミの度肝を抜く番だ」

 加勢してくれるはずなのに、あたかも敵対するかのようにシャアナは僕に布告して笑った。

 もちろん、ほかの三人もレベルアップしているのだろう、不敵に笑っている。

「ゲスメイドと出会うとは奇遇ですね」

「クソ執事がここにきているとは意外でしたわ」

 その直後、示し合わせたかのように仲の悪いふたりが入ってくる。

 執事のルクスとメイドのマイカ。

 そのふたりがいるということは……

 視線を後ろまで広げるとグラウスとマリアンの姿もあった。

 そこから続々とセレオーナ、ダモン、ケッセル、クレイドル、パレコ、ミハエラ、キューテン、センエンと一発逆転の島で共闘した仲間たちがやってくる。

 僕と一緒に戦った冒険者たちはそれなりに有名なるなど恩恵があったらしく、全員がまた僕と一緒に戦えることを喜んでいた。


 ***


 夕方。

「ただいま~」

「戻ったの!」

「遅くなりました」

 モココルにルルルカとアルルカが帰ってくる。

 後ろには大量の冒険者を引き連れて。

「やほー★ 手伝いにきたよ★」

 ★をつけずにはいらないアンナポッカと

「ここが死に場所か……」

 死にたがりのガリーといった見知った人はごく少数。

 その後ろには四人一組の冒険者集団が三組、ようするに十二人がいた。

 一組目は『無頼漢(ブライメン)』を自称する集団で、構成はワンワ・ドッグズにロバート・ホース、コッコー・ケッコとニャーゴ・キャッツの四人。

 マッスル組やデスベジタブルというチーム名は一部で流行っていたりするのだろうか。

 「泥舟に乗ったつもりで任せるわん」

 リーダーらしきワンワが言うけれど、そもそも頼り無い漢と書く無頼漢が頼れるのかは分からない。しかも乗ったつもりなのが泥舟だし。

 ランク2ということもあり少しだけ不安になる。

 二組目はモモッカ・タロゥにバードル・キジー、ドッカー・シババにモンキッキ・サーノレ。

 ランク4放剣士モモッカを筆頭にランク3の三人で編成されている。

 放剣士はアリーと一緒なので連係はとりやすいだろう。

 彼らは最初は断ったものの、かつてモモッカたちが雅京に観光で訪れた際に出会った娘さんが生贄にされていたことを知り、参加を決めたらしい。

 その娘さんは岡耶麻で団子屋を営んでおり、黄尾団子という菓子を作っていたという。娘さんの死後、黄尾団子のレシピは消失し、もう食べることはできない。

 それをモモッカたちは嘆いていた。ようするに食べ物の恨みだ。

 それを聞いて少し呆れた僕を見透かしたように

「でも、キミだってココアがなくなったら恨むだろう?」

 とヴィヴィに的確な指摘を受けて何もいえなくなった。

 その通りだ。食べ物の恨みは根深い。

 最後の三組目は、カロロ・タイム、キロロ・センム、クロロ・ホルム、コロロ・マイムという四人組。

「ケがついた御仁はいないでありまする」

 それが第一声だったけれど、何のことやら僕には分からなかった。

 彼らは全員がランク3賢士で、しかもエル三兄弟のように同時に詠唱ができた。兄弟でもないのに。

 それに軽くエル三兄弟はショックを受けていたけれど成功率はあまり高くないことを知り、そのあとにやついていた。

 

 ***


 夜。

「なんとか間にあいましたね」

 甘い声が聞こえ、確認するとそこには案の定メレイナがいた。

 ムジカとセリージュも一緒だ。

「ネイレスさんは?」

「お留守番なのね」

「全員が大草原を離れるわけにはいきませんから」

「そりゃ、そうだね」

「会いたかったですか?」

「そりゃね。あの時から随分と経つわけだし」

 でももっと会いたい人もいるよ、とは続けなかった。

 哀愁を帯びる僕の顔を見てなのか、

「そうだ。また料理を作ってきたんです。また食べてくれませんか?」

「愛情たっぷりなのね」

「もうからかわないでください」

 メレイナが顔を真っ赤にしてセリージュを怒る。

 セリージュが馴染めているようで、一安心した。

 メレイナが持ってきたサブラージ汁を、酒場のマスターに了承を得て食べているとまた来訪者があった。

 ちなみにメレイナたちはここにはおらず、僕はひとりちびちびとサブラージ汁を啜っている。

 酒場のマスターが味見したサブラージ汁の味を気に入り、三人娘を厨房に招き入れたからだ。

 マスターはサブラージ汁のレシピを知る代わりに自分の得意料理を三人に教えるようだった。

 僕がサブラージ汁を啜っているときにやってきたのは、ヤン・ヤンとマー・マーの二人組。アンドレとカンドレ、シッタとアクジロウ、兄弟でもなんでもないのに容姿が似ている彼らのように、ヤンとマーのふたりも顔がそっくりだった。

「ふたりは仲良し!」

 そう主張して欠伸をしたふたりはさっさと宿に引き返していった。

 ここまで徹夜だったのかもしれない。

 彼らに釣られるように僕も欠伸をした。

 夜は深くないが、今日はもう誰も来ないような気がする。

 それでも残っていようか、と思いながら、眠気によって僕はうとうとし始め――

 そのまま寝てしまった。

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