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tenth  作者: 大友 鎬
第7章 放浪の旅
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空中庭園編-7 庭園


7


 しばらくしてコエンマがやってくる。

 道中であったというルルルカたちも一緒だ。ルルルカたちは隣の区画の死魔根に足を伸ばし、コエンマは耶麻口からやってきたらしい。

 一通り、果たし状のレクチャーを僕にしたあとはルルルカたちと談笑を始めた。お喋りなルルルカと随分と気があっている。

 ヤンス、ヤンスうるさくて正直、集中できないのだけれど。

「アニキ、果たし状はできたでヤンスか?」

「ああ一応ね」

 アニキ、というのはあろうことか僕のことだ。

 やめろという主張も聞いてくれないので放ったらかしにしている。

 そんな会話のさなか、六麦ご飯や飛び鰯のつみれ汁などの食事が僕たちのもとへと届く。

 僕とヴィヴィはもう済ませたのでそれはコエンマたちのものだった。

 和服に身を包む店員さんにココアの追加を頼む。ヴィヴィもグリーンティーを頼んでいた。

「今後の話をするでヤンス」

 ご飯を口に入れながら、コエンマが話を切り出す。

 その間にもみんなもごはんを抓んでいた。

「とはいえやることはたったひとつ。果たし状を渡すだけでヤンス。そうすればあっちが人数と場所を指定してくるでヤンスから、それで勝てばいいだけでヤンス。至ってシンプルでヤンショ?」

「シンプルだけど、場所や人数に想像がつくのか? MVP48とやらが出てくるのだけは分かるが」

 ヴィヴィの言うことももっともだ。やることは明確に分かっているが敵については想像がつかない。

「それに人数と場所はだいたい予想がつくでヤンス。人数は100人前後。MVP48にMVB48あたりが来るでヤンス」

「MVB?」

「最優秀投手でヤンス。と言ってもMVPを除いたなかから、でヤンスからMVPには一歩劣るんでヤンスが……」

「それも48人で96人か。それが選ばれる根拠は?」

「果たし状に限らず厄介事はたいていその2チームが対処するでヤンスから。今回も十中八九はそうでヤンスよ」

「なるほど……一理ありそうだ。ちなみに他にMVBみたいなのは?」

「MCP48、BCT48がいるでヤンス。それもMVBと似たような感じでヤンス」

「それも出してくる、と見たほうがいいんじゃないか?」

「それは少し思うの。だってその生贄ってのは空中庭園ではなくてはならないもののはずなの。それを阻止しようって果たし状を送ってきたのに、その2チーム? しか使わないのはおかしい気がするの」

「そうですよね、姉さん。それだと手加減しているようなものですものね」

「ちなみに人数制限は?」

「果たし状を出された側が決めた数でヤンスね。人物をたくさん抱え込んでいるほうが有利なのが『果たし状システム』の仕組みでヤンス」

「まあ、出したほうが何もかも決めれたら有利すぎるからね」

「つまり人数は相手が出せる上限と考えたほうがいいな」

「そうなの! でも多すぎても困るものじゃないの?」

「統率がとれるなら全員出してきてもおかしくないですぢゃ」

「誰が来ても叩き潰すだけだぜ!!!」

 レッドガンはともかくルルルカとモッコスの言い分は分かる。

 人数が多くても指揮系統が混乱して、烏合の衆と化すのなら人数は多い必要がない。

 逆に統率がとれるのなら人数は多ければ多いほうがいい。

 純粋な力押しなら人数の差がそのまま差となってしまう。

「多く見積もって200人ぐらい、と見ておいたほうがいいかもね」

「だとすると圧倒的な差になる」

「それはおいおい考えよう。あっちの人数が分からないとこっちが最低必要になるか分からない」

「最悪傭兵を雇うしかないか」

「あまり雇いたくはないけどね」

 潤沢な資金はあるものの、指揮できるか正直自信はない。ならある程度見知った人を呼んだほうがやりやすい。

「話を戻そう。コエンマ。場所はやっぱり争技場になるのかな?」

「その通りでヤンス。というかそこしか考えられないでヤンス」

「確か、争技場だと闘球専士は恩恵を受けれるんだっけ?」

「そうでヤンス。LVでいうなら300、ランクなら2は差が生まれると思っていいでヤンス」

 その言葉に絶句した。

「もしかして、とてつもなく無謀なの?」

「あっしはとてつもなく、とまでは思ってないでヤンス」

「それでも無謀だとは思っているんだ?」

 その言葉にコエンマは慌てる。

「最初から少しは可能性があるかもと思っていたでヤンス。可能性がないなら、そもそも『果たし状システム』について話したりなんてしないでヤンス!」

「それもそうか。ごめん、意地悪な質問だったね」

 僕が素直に謝ると、

「いいでヤンスよ」

 そう言って少し申し訳なさそうにコエンマはこう続けた。

「アニキには黙っていたでヤンスが、アニキたちと別れたあと少しアニキたちのことを調べたでヤンス」

「どうだった?」

「アニキたちは誰もが無謀だと思うことをやり遂げていたでヤンス。ならやっぱり可能性はあるでヤンス。あっしなら無謀なことでも、アニキならやり遂げられる。正直、そう思ったでヤンス。でも今では無謀だとは思ってないでヤンス」

「そっか」

 ならその期待には応えないといけない。

 僕の覚悟がより一層重くなった感じがした。

「さて話し合いも済んだし、果たし状も書いたし、さっさと果たしに行こうか」

 僕たちはアカサカさんのもとへと向かった。

 アカサカさんが住むのは塔京の隣、智葉という区画。塔京の華やか、雅な光景と違って、第02区画ながら緑が多く、ちょうど桜が開花していた。

 その一角、桜園に囲われた屋敷にアカサカさんはいた。

「礼節を弁えず、昨日の今日でやってくるとはいい度胸じゃな。して、何をしに参った」

 開口一番、アカサカさんは嫌悪を露にして言った。

「これを受け取ってもらいたいんです」

 僕はアカサカさんに果たし状を渡す。

「こ、これは……果たし状……どうやってこの伝統を知った? このシステムは空中庭園のものしか知らぬはず……」

「誰だっていいでしょう? それよりも受けるのか、受けないのか、どっちです?」

「ぐぬぬ……」

 歯噛みしながらアカサカさんは果たし状を読む。

 読めば読むほど顔が真っ青になっていく。

「小僧。いやレシュリー・ライヴ。本気か? 生贄という伝統を壊せば、この庭園が待つ未来は滅びぞ」

「僕は本気だ。生贄なんて必要ない。犠牲なんて必要ない」

「何も知らぬ小僧が余計なことを……。犠牲を払わねば救われぬのだぞ、この庭園は」

 そもそも空中庭園がなぜ空中庭園と呼ばれるのか。

 諸説はあるものの、今の空中庭園の現状とあわせて、もっとも有力なのが、ヤマタノオロチ(八岐大蛇)の庭、というものだ。

 ヤマタノオロチに要求されるがまま、人々を渡し食べられるしかない文化は、空中大陸に住む人々がまるでヤマタノオロチの庭で飼われているようなものだ、と。

 β時代の文献にそんなことが書かれていて僕は哀しくなったのを覚えている。

 それでいいのか、そのままでいいのか。

 僕がこの伝統をめちゃくちゃにしようとしているのに、躊躇いがないのはこの理由もあった。

「どうするんですか? この果し合い、受けるのか受けないのか?」

「……受けるしかあるまい」

 苦虫をすり潰したようにアカサカさんは言った。

 生贄という伝統を守るのであれば、『果たし状システム』という伝統でさえも守るしかない。

「だが、そちらがヤマタノオロチの生贄をやめろ、というのであれば負けたときはどうなるか分かっておるであろうな?」

 それはやめるなら今のうちだという警告だろう。

 わかっている、とは即答できなかった。

 推測通りならばアカサカさんは僕達が負けたら代わりの生贄を要求し続けるのだろう。

 そうすれば、空中庭園の女性は二度としない。

 その代わり僕が差し出す女性が死ぬのだけれど。

 つまり僕は空中庭園に代わって一生、生贄の女性を探し続け提供し続ける義務が発生する。

 それがイヤだというわけではない。

 それよりも僕の一存でほかの女性を生贄にしなければならないのがイヤだった。

 だからこそ躊躇う。ここにきて。こんなところで。覚悟していたにも関わらず。

「わかっているさ」

 自分の情けなさを後悔するよりも先に、後ろから声が飛ぶ。

「負けたら、最初の生贄は私がなろう」

 ヴィヴィの声だった。

「ヴィヴィ……」

「安心しろ、私たちは負けない? そうだろう?」

 ヴィヴィの体は震えてもいなかった。

 恐くないのだろうか。いや怖いに決まっている。

 でも僕が、僕たちが勝つと信じているから、もう覚悟しているのだろう。

「アカサカさん、負けたら生贄でもなんでも要求してください。でもそれならアカサカさんもそんな脅しをするばかりじゃなくて受け入れてください」

「分かっておるわい。そちらが本気で要求を受け入れるというのなら、こちらだって本気じゃ。本気で叩き潰してやるわい!」

 アカサカさんは一歩も引かない僕を見据えていった。

「日時は果たし状に従い、2日後でよい」

 よいも何も、『果たし状システム』では日時は出す側が決めれるようになっている。伝統に縛られているなら反対はできないだろう。

「残るふたつ、場所と人数だが……おおまかに予想はしておるじゃろう? 場所は争技場。人数は192人じゃ!」

 ある意味で予想は当たったけれど、悪い予想だ。

 人数はやっぱり48人じゃなくて48×4の192人だった。

「2日後としたのは、仲間を集めるためじゃろうが……そんなに集まるのか楽しみじゃ。空中庭園の人間が手伝うはずもなく、負けたデメリットがある。そんな戦いを助ける酔狂な人間がこの世界にはてさて何人いるのじゃろうか」

「アカサカさんがいないだけで酔狂な人間は結構いるものですよ」

 言い返す僕だったが内心は不安だった。

 アリー、に頼めば手伝ってくれるだろうか。

 そんな想いとは裏腹に僕は来てほしくはない、とも思っていた。

 負けるとはみじんに思っていないけれど、それでも万々々が一、負けたらアリーも生贄にならないといけなくなってしまう。

 そんなことでアリーを喪いたくはなかった。

 僕がそう思うのだからサイトウと呼ばれたあの男性も喪いたくないはずだ。

 なのに、あの人は手伝ってくれない。

 そんな直感があった。

 アリーのことを考えたら、アリーに無性に会いたくなった。

 会うだけでいい。戦いに参加しなくても会うだけでいい。

 それだけで僕は百人力。

 集める人数は96人で事足りる、なんて思うのはやっぱり僕がどこか不安に思っているからだろうか。

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