空中庭園編-6 禽取
6
「いやあ、すごいでヤンスねえ。アニキ」
彼らの姿が見えなくなるとひとりの男が木陰から飛び出してきた。どうやら様子を見ていたらしい。
猿顔の男だった。
「あのMVP48とやり合って生きているなんてよほど卓越した冒険者でヤンスねえ。お仲間も強いでヤンス。その腕を見込んでオイラからひとつお願い事があるでヤンスがいかがでヤンショ?」
「それはさっきの一団がらみのこと? 違うならお断りだよ。明日の儀式をどうやって妨害するか決めないと……」
様子見をしたあとに僕たちに話しかけてきたことからそれ絡みだろうと見当をつけながらも僕は尋ねていた。
「まあ落ち着くでヤンスよ。まずはあっしの自己紹介をさせてほしいでヤンス」
猿顔の男は僕を宥めて一礼すると
「あっしは、コエンマ・タナカと申すでヤンス。ちなみに庭名だとこう書くでヤンス」
名乗って『田中 弧閻魔』という庭名が書かれた厚紙を渡してくる。名刺と呼ばれるそれは、空中庭園では相手に手渡しするのが一般的らしい。
僕は名刺を受け取り、「僕はレシュリー・ライヴ。後ろにいるのが……」とヴィヴィ、ルルルカなどを紹介していく。
「やっぱり外界人でヤンスね?」
名前のイントネーションから判断してコエンマは尋ねる。外界人というのは空中庭園の人間が大陸人のことを指すときに使う言葉だ。
「そうだけど?」
「イヤイヤ、特に深い意味はないでヤンス。ただの確認というやつでヤンスよ。まあ大抵さっきの儀式を邪魔するのは外界人だけでヤンスから」
その言葉に僕は驚きを隠せない。
「……待って。じゃあ、あの儀式は空中庭園の人たちは誰も邪魔をしないの?」
「ええ、内界人にとって必要なことでヤンスから。サイトウさんだって言ってたでヤンショ?」
「理不尽だと思っているのに、誰も止めないの?」
「生贄に捧げるのをやめたら魔物が復活するでヤンスから。β時代にその魔物が復活して、内界人が50%死んで、それで生贄を捧げないことこそ愚かとされたんでヤンス」
「でもだからって誰かが止めないといけないでしょ。それじゃあ負の連鎖が続きっぱなしだ」
「負の連鎖でも、正にならなくても、それで生きられるなら……幸せなんでヤンス。もっともその不幸から忘れるために人々は当時復活した魔物を倒せなかった剣術を捨て、戦いで娯楽を生み出す闘球専士に熱狂し、不幸であることを忘れているのでヤンス」
「なるほど……それが空中庭園で闘球専士が栄え、生贄が続く理由なのだな」
ヴィヴィが人知れず納得する。
「そこまでは僕も分かった。でキミは僕に何をしてほしいの?」
「あっしはもううんざりなんでヤンス。あっしが惚れてきた女性はほとんどが生贄になってきたでヤンス。次はあの女性でヤンス」
「でもあの人は人妻でしょ?」
「関係ねぇーでヤンス。それにあの人にはまだ恩があるんでヤンス」
「だから助けたい。そこに僕たちが現れた、ってわけだね?」
コエンマが様子を窺っていたのはどこかで救出しようとしていたのかもしれない。
「そうでヤンス。お見通しでヤンしたか。利用する形になって申し訳ないでヤンス」
「でも今の状況を覆せる状況があるんだろう?」
「あるでヤンス。『果たし状システム』を使うでヤンスよ」
「果たし状システム?」
「ええ、そうでヤンス。『果たし状システム』というのはでヤンスね、果たし状を送った相手と試合を行い、勝てばこちらの要求を呑んでもらうという庭園に続く伝統でヤンス。もっとも負ければ相手の要求を呑まないといけなくなるでヤンスが……」
「それを使って勝てば儀式をするなって要求を呑んでくれるってことか……」
「でもそれってうまく行くものなの?」
「そうですよ。その、果たし状というものを……相手が受け取ってくれるかも分からないんじゃないんですか?」
ルルルカやアルルカの言い分ももっともだ。
「受け取ってはくれるでヤンスよ。これは伝統でヤンスから。伝統っていうのはここでは一番大事なものでヤンス」
「生贄を続けているってのも、その伝統とやらに縛られていると見たほうがいいだろうな」
「そうだね」
「行っておくでヤンスがそれからが難しいでヤンス。サイトウさんを止めたご老人を見たでヤンショ? あの方は儀式の総責任者のサーカス・アカサカでヤンス。アカサカ氏は闘球会の名誉会長でヤンスから間違いなくMVP48他、闘球団の称号持ちを倒す必要が出てくるでヤンス」
「ちょっと待った。その闘球会とかえむぶいぴーよんじゅうはちとかってのは何?」
「闘球会は闘球を仕切る団体でヤンス。ちなみに闘球っていうのは名前ぐらい聞いたことあるとは思うでヤンスが、闘球専士の戦いのことでヤンス。その闘球で最優秀選手上位48位にランクインした闘球専士をMVP48と呼ぶでヤンスよ」
「なるほど。そいつらは当然、強いよね?」
「そうでヤンスね。それにきっとアカサカ氏は闘球で挑んでくるでヤンスからこっちが不利でヤンス」
「でもそれに勝てば、生贄をささげなくて済む。あの人を、そしてこれから犠牲になる人も救えるんだよね?」
「それは間違いないでヤンス」
コエンマが断言する。
「なら、僕のやることはひとつだ『果たし状システム』とやらであの人を救う」
「けど、あっしが言うのもなんでヤンスがいいんでヤンスか?」
「何をだい?」
「負けたらきっとアカサカ氏は容赦なんてしないでヤンス」
「それは考えてないよ。負けたら、なんて。不安には思うけれど、でも僕は救うって決めたから」
その方法でその人を救えるなら、僕はなんだってしてみせる。
それが綺麗事だとしても。
***
「コエンマが怪しい、罠を張っているってことはないかい?」
コエンマと一度別れ、僕たちは雅京の禽取にある酒場に来ていた。
そこでヴィヴィが僕に問いかける。ルルルカたちは好奇心が先立ち、街のなかを見学していた。
「誰かの陰謀、罠って可能性はなくはない。でもジョバンニさんに『果たし状システム』について正否も確認してもらったし、コエンマももうすぐその書き方を教えにやってくる」
何より、と僕は言う。
「何もしなかったら明日、あの女の人は――サイトウって人の奥さんは死ぬ。それを知っていて何もしないのはイヤだ」
「だとしたら罠に飛び込んだほうがマシか……、キミらしいな。いや、キミそのものだ。まあ、そんなキミに私たちは付き合うつもりだから大概だろうな」
「でも、ヴィヴィのように進言してくれるほうが助かるよ。僕が正しいとは限らないし、悪意はどこにだって転がってる。だから僕が間違わないように、ほかの意見もどしどし言ってよ」
「分かった」
ヴィヴィが頷くと料理が運ばれてくる。
ココアの香りが鼻に届いた。
47区画中ココアが置いていたのがここだけだった。
この区画は葱やらっきょう、西瓜に梨などを使った料理が多いらしい。
「とりあえず食べようか」
ヴィヴィが運ばれてくる料理――ガハマ白葱とビッグマウンテン地鶏のソテーと一緒にココアがあることに気づいて
「さっそく進言するとすれば、ココアとこの料理は会わないと思うよ」
苦笑したけれど、これについては僕は間違っていない。




