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tenth  作者: 大友 鎬
第7章 放浪の旅
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空中庭園編-5 生贄


 5


 空中庭園にある街は雅京というらしい。 

 スキーズブラズニルに備えつけられていた世界地図で僕は地理を理解しておく。

 雅京は47区画に分かれている階段状の都で第01区画――塔京は最上段の中央にあり、その中心には庭名で天空の塔と呼ばれる塔が立っている。その天辺は雲によって見えない。

「ハッチャクジョウハマキガハラニアリマス!」

「ならそこに停泊しよう」

 マキガハラ――魔餓ヶ原は空中庭園の7割を占める草原の名前だ。

 僕の言葉に従い、ジェニファーが舵を切る。

 魔餓ヶ原の上空に辿り着き、徐々に減速していく。停泊の準備だろう。

 僕たちの飛空艇の真下を横切るように、白装束に身を包んだ女性を担いだ男たちが通過していく。

 向かっているのは泉のようだった。

 僕は興味本位でその泉の名前を調べ――

「ジェニファー、針路変更だ。泉のほうへ向かって!」

 叫ぶ。

 その泉の名前は贄の泉と言った。

 さらに、その際に着る服を死に装束――転じて、白装束と呼ばれるということまで書いてあったら、助けるしかないじゃないか。

 

 ***


 白装束を身に纏う女性が男たちに何かを言われ、今まさに池に飛び込もうとしていた。

「ジェニファー、もうここでいい」

 僕は飛び降りる。高所からの空中落下だけれど、何とかなる、というかするつもりだった。

「やめろぉおおおおおおお!」

 落下しながら僕は叫ぶ。

 大声に池の近くにいた全員が上を向く。

「どうするの?」

「どうするもこうするも、続くしかないだろう」

 そんな声が聞こえた。

 ちらっと上を見るとヴィヴィが飛び出してくるのが見た。

 地面に到達する前に【転移球】を放り、着地。

 【転移球】を人数分、上に連投して次々と転移してくる。

「彼女に何をするつもりだ」

 彼女を救うべく僕は【転移球】を投げる。

「行くぜ! 燃えるぜ! バアアアアアアアニンンングウウウウウ!!」

 同時に着地したレッドガンが走り出す。その大音声は近くで聞くほどうるさい。

 見ればモッコスは自分の筋肉を見せつけるようにポージングしている。

 女性の近くにいる男たちは迫るレッドガンよりも僕の【転移球】へと向かっていた。

 【転移球】は援護球のため、対象となる白装束の女性へと自動で向かっている。

 ぶつかってその軌道を変えるつもりか、そう思った矢先、男たちは棒を振るい、僕の【転移球】を跳ね返した。

 どうやら周囲の男たちは全員が外野士らしい。投球士系はほとんどいないはずじゃなかったのか。

 外野士は投球士系メインのなかで唯一球を跳ね返せる技能、打法を持つ。その代わり、投球に関しては遠投しかできず、遠距離メインの戦い方になってしまうデメリットが生じる。

 とはいえ、距離に関わらず打法を用いて当てることができればあらゆる球を跳ね返すことができる。

 厄介な連中だ。

「近づくんだ!」

 それは遠投しかない外野士に対しては正しい判断のはずだった。

 けれど次に男たちが放ってきたのは外野士が使えるはずのない【速球】だった。

 そういえば、と思いだす。

 ディオレスが言っていた闘球専士はこの大陸の特徴だ。

 闘球専士は争技場でこそ真価を発揮するらしいが、そうでなくても十分に強い。

 打法や遠投に加え、投球もできるなら盗塁もできるかもしれない。

 警戒しなければならない。

 そこまで考えたところで威力を増した【転移球】が僕へと跳ね返り、後ろへと転移させられる。

 けれど前にはまだレッドガンがいる。とはいえそのレッドガンには【速球】が殺到していた。

「アルティメエエエエエエエエットバアアアアニングウウウ、パアアンチ!!!」

 暑苦しい雄叫びとともに放たれたのは真っ赤に燃え盛る左拳。

 レッドガンいわくその名前は【究極奥義(アルティメットスキル) 爆炎掌(バーニングフィスト)】。レッドガンが気合と根性で作り出した専用技能らしい。

 何にせよ、その真っ赤に燃えた太陽のような拳が、僕の球を跳ね返した闘球専士へ襲いかかる。その瞬間、レッドガンの真横に別の闘球専士が転移。【低姿勢滑走(スライディング)】をかまし、レッドガンの体勢を崩す。

 ……だけじゃない! そいつはすぐさま【超躍(ジャンピング)】してヴィヴィへと【速球】を放った。どちらも盗塁の技能。やはり彼らは闘球専士だ。

「やめろ!」

 女性の隣、一番威圧的な視線を送る男が僕たちに叫ぶ。

「今、神聖な儀式の最中だ。邪魔をしないでくれ」

 男は威圧的ながらどこか泣きそうな表情をしていた。

 僕はレッドガンを制して立ち止まる。

 すると向こうも積極的に争うこともないのか戦闘をやめた。

 それでも臨戦態勢はやめず、睨みつけてくる。

「一応、聞くけれど儀式ってなんの?」

「凶悪な魔物を鎮めるための儀式だ。人身御供として俺の妻が飛び込めば、この国の大勢が助かる」

 俺の妻、という言葉でどうして男が泣きそうな表情をしているのかが分かった。

 そんな理不尽を受け入れないと人々が救えないと思い込んでいるのだ。だから僕は問う。

「そうしないと、魔物を鎮めることはできないの?」

「ああ。それ以外に手はない。今までもこれからもずっとそうするしかあるまい」

「だからって……。その人はあなたの奥さんなんでしょう?」

「仕方ない。妻とて理解している。他の女が何人も生贄になり、妻もそして俺も、人々も生き永らえているのだから」

「ふざけるな」

 そんな話があってたまるか。

 こうするしか方法がない、という割りにはそれしか方法を試してないような気がしていた。それは永きにも渡る歴史が証明しているだろう。

 女性ひとりが犠牲になれば人々は助かっている、そんな方法が、女性ひとりでさえも助かる方法を見つける術を放棄させ、怠惰にも不幸な救済を続けているのだ。

「だったら僕はその神聖な儀式を邪魔してやる」

「やめろ。そんなことをして、この大陸の人間を不幸にするつもりか」

「だったらあんたもその泣きそうな顔をやめろよ。女性ひとりを犠牲にしてみんなが幸せになるなら、笑えよ。笑ってみろよ」

 僕は挑発する。

 男は答えない。

「笑わないなら、僕はこの儀式をぶっ壊す」

「何も分からないくせに……知らないくせに……」

 男は笑うどころか怒りを露にした。

 男が理不尽ながらも仕方ないとしたことを、納得がいかないことを覆した僕に腹を立てているのかもしれない。

「僕には空中庭園の事情なんて知らない。歴史だって分からない。でも僕は彼女が死ななくてもなんとかなるような気がする。なんとかならないなんて誰がきめた。そんなに死んでほしくないなら、納得がいかないならもっと考えろよ! 全員が助かる方法を!」

「知ったような口を聞くな。誰もが受け入れてきた道だ」

 男は僕の胸倉を掴む。

 ヴィヴィが動こうとしたのを僕が制する。

「何も知りもしないなら、俺の覚悟を邪魔するな」

 そう言って、笑った。

「ほら、笑ってやったぞ。これで邪魔をするな。俺は幸せを望んでいる」

 さっきのセリフとはうって変わっていた。

 やっていることが支離滅裂だ。

 混乱しているのかもしれない。

 妻が助かる可能性があるのに、それを放棄して覚悟として受け入れたのに、その苦悩と葛藤を理解もせずに救おうとする僕が現れたことでどうすればいいのか、気持ちが揺らいだのかもしれない。

「サイトウ」

 そんな男に声がかかる。呼ばれた男――僕を掴むサイトウは奇怪に笑いながらも目尻にはうっすらと涙を溜めていた。

「今日は刻限が過ぎたぞい。まだ時間もあるじゃろ。もちろん、早ければ早いほうが民も不安がらずに済むが……その男とのやりとりで見事に邪魔されてしまったぞえ」

「くそっ!」

 サイトウは僕を突き飛ばす。

「明日は邪魔をするなよ」

 言い残して一団は去っていく。

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