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tenth  作者: 大友 鎬
第7章 放浪の旅
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空中庭園編-4 空洞


4


 街の外れに向かうとすでにルルルカたちは集合していた。

「ごめん。遅くなったよね?」

「こっちもさっき来たところですよ」

 アルルカが柔和に微笑んでいたが、ルルルカの少しいらついた態度が随分と前から待っていたことを証明していた。

「随分とでっかい武器なの!」

 そのせいでご機嫌ナナメのように見えたルルルカだったけれど、ジェニファーが背負う取外式巨大槍の大きさに驚き、好奇心からか目を輝かせ周囲を回るように眺めた。

 表情がコロコロと変わり、見ていて飽きない。

「そういえばどうしてレッドガンが?」

 アルルカに尋ねると

「オレは強者と戦いたいぞ!!! バァアアアニング!」

 とレッドガンが強く主張してきた。

「あんな調子でよく分からないんです。でももしかしたら空中庭園に行きたいのかもしれないです」

 アルルカが呆れながらそう推測する。

 レッドガンは個の主張をしたっきり、何も言おうとしない。

「まあいいや。それなら乗ればいいさ」

 言うとレッドガンは嬉しげだ。唐突に仲間になった、でいいのかな?

「それじゃあ行くとしよう」

 僕はジョバンニからもらった袋を取り出し、一気に袋を開いた。

 瞬間、ジョバンニが言ったように飛空艇が飛び出した。

 掌ぐらいの大きさだったスキーズブラズニルは上空へと上がるにつれて大きくなっていく。

 白い帆の木造船、という表現が一番近い。

 ニャ・ニャ・ブレムブの皮でできた帆に、ニョイの伸縮材で作った船体。下部を覆う装甲や大砲はモリア銀だろう。

 海に浮かぶ帆船にも見えるが、一番の違いはところどころに、三羽扇(プロペラ)がついているところだ。この材質もモリア銀のように思える。船の後ろには大砲にも似た円筒の動力源(エンジン)、これはそのままハタラカの動力源だろう。そこから吹く火や前方を照らす灯はクパーラの火の花だろう。

「これ……どうやって乗るんだろ?」

 そもそもの疑問を僕は呟く。

 ディオレスの飛空艇に乗ったときはどうだったか、思い出そうとするよりも早く、

「イキマショウ」

 ジェニファーが歩き出す。

 スキーズブラズニルの真下にジェニファーが移動したところでスッと姿を消す。

 ジェニファーが消える瞬間、魔方陣が地上に映った。どうやら真下に移動すれば飛空艇に乗れる仕組みらしい。

 よくよく考えれば共闘の園のときもそうだったはずだ。

 あれから一年も経ってないのに随分と懐かしく覚えた。

「行こう」

 僕が合図して全員が乗り込むと、すでにジェニファーは操舵席にいた。

「シュッパツノアイズヲ」

 ジェニファーはいきなりそんなことを言い出した。

 僕はほとほと困り果てて周囲を見渡すと、ルルルカがにやにやしている。ヴィヴィも分かってて何も言わないようだった。

 仕方なく、というか意を決して、というか恥ずかしかったけれど、僕は言わざるを得なかった。

「発進!」

 僕の精一杯の掛け声に、スキーズブラズニルは高度をあげながら進んでいった。

「壮観だね」

 真下に広がるアズガルド大陸を見て思わず呟く。

 僕たちは広大な空の上にいた。

「ソレジャア、ドコニイキマスカ?」

 ジェニファーが言う。そういえば針路を決めていなかった。

「もちろん、空中庭園!」

「カシコマリマシタ」

 スキーズブラズニルが向きを変え、空中に浮く大陸へと向かっていく。


 ***


「次の生贄はお前の妻、フミヨだ」

「なぜだ? どうしてアイツが選ばれる? 専士になればその妻は、家族は……」

 東西戦の終わり、MVPに与えられた他の専士よりも豪奢な一室で男は告げられた言葉に驚愕していた。

「選ばれにくくなるだけで、選ばれないわけじゃない」

「くそったれ」

 誰もいない銀整理箱(ロッカー)を男は叩く。

「俺はなんのために一番になったというんだ」

 その男は壬生ウルフズの闘球専士でMVP1、つまり最優秀選手四十八人のなかで一番強く人気のある男だった。

 庭名を斎藤一、名をアインス・サイトウと言った。外界――空中庭園から見た大陸の文化に触れたサイトウの両親が異文化の名前を使ってそう名づけたため、庭園生まれにしてはかなり珍しい名前であった。

「それでも今まで選ばれなかったことに感謝するんだ」

 苛立つアインスに男は言った。彼は闘球専士になれなかった男だ。

 彼はバツイチだった。バツイチというのは生贄に選ばれた妻、あるいは恋人をもつ親族に対する空中庭園における呼称だった。

 生贄に捧げた親族の数が多いほど、バツニ、バツサンと増えていく。それほど空中庭園に貢献しているということだが、それが誇り高き称号というわけでもない。何があるというわけではないからだ。

 それだけ悲しみに立ち会ってきた、ただそれだけの称号だった。

 闘球専士になれば、その家族の女性は生贄に選出される可能性が低くなる。

 現在、人々は生贄で失った家族を忘れるように闘球に熱狂している。その熱狂を生み出している闘球専士のモチベーションを下げないようにするためのある種の特権だった。

 それでも可能性が低くなるだけで、家族が選ばれなくなるわけではない。選ばれないのは空中庭園でいうところの貴族、公家だけだ。そのぐらい闘球専士の家族以外でも女性の数が不足しているからだ。

 公家は自分たちの家系が根絶やしになることをもっとも拒む。それを回避するためならばどんなことだってやる。

 ガンッ!

 アインスはバツイチの彼が消えたあと、もう一度、悔しげに銀整理箱を叩く。鍛え上げられた拳は銀整理箱を容易くひしゃげさせた。

 涙は流さない。フミヨは泣いているだろうか。

 決定には従うしかない。

 古くからの風習だ。破ることは許されない。

 β時代に起こった惨劇を忘れてはならない。

 あたかも遺伝子が刻み込んだ畏怖を忘れてはならない、と訴えているようだった。

 だから従うしかない。

 妻を喪っても、心にぽっかり穴が開いて何もかもを失っても。


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