狩場
7.
「ここがエクス狩場……」
そこは見渡す限り、森だった。
そのなかで不自然なまでに森が開いた空間、草原になっているそこは、飛行艇を止めるのに適していた。もしかしたら経験を積むためにここにやってくる冒険者が使う発着場だったのかもしれない。
「正確に言えばここはアドラスティアの森:エクス狩場だな。この狩場はアドラスティアの森の一部。もともと狩場っていうのは魔物が湧く場所の名称だからな」
そんな説明のあと、ディオレスは蛇足として飛行艇は大金を積んでやっと買えるもので、僕たちが買おうと思ってもすぐには買えるものでないことを教えてくれた。ディオレスも改造屋狩りを幾度も繰り返してやっと買えたと自慢していた。
その話の流れで、なんで人形の狂乱へ送ってくれなかったのかと糾弾してみた。するとあそこには発着場がないとディオレスは言った。そんな理由で僕は納得した。
上空待機なんて荒業を嫌う人は意外と多いらしく、発着場を持たない都市の近くでは撃ち落とされることもあるらしい。「俺の飛行艇、アインシュタッド二号の乗り心地はどうだった?」という言葉から一号はもしかしたら撃ち落とされたのだと推測できた。
「で標的はどこにいるのよ?」
「どのくらいの規模かも知らされてないでござるよ」
「ああ、標的は狩場のどっかに居る。で人数は四人」
「たった四人?」
「改造者の場合、大抵は冒険者崩れの野党どもリーダーってのが多いが……今回の標的は改造屋。となると必然的に仲間全員が改造者だ。当然、リーダーは改造屋兼改造者さ」
「なんで改造なんてするんですかね?」
「そりゃ……楽して強くなりたかったからさ。薬ひとつで強くなれる、なんてものがあれば手を出すやつは多いはずだ。改造はそういうもんだよ。金を積めば他の冒険者の努力に一瞬で追いつけるんだ」
元改造者ディオレスが呟く。強くなりたかったからディオレスも改造者なんて道を一度は選んだのだろうか?
「ただ、改造者になっても救いは存在しないのは確かだ」
「経験者だもんね」
「傷を抉るな」
アリーの軽口にディオレスは悲しそうに呟く。
「いいから……とっとと行くぞ」
ディオレスが歩き始める。その足取りに疑問はない。不思議に思っているとコジロウが種明かししてくれた。
「ディオレス殿がなぜ、迷いもなく、進んでいるか不思議だという顔をしておるでござるな。何、簡単でござるよ。狩士は狩りの専門家。【探査】を用いれば標的なんて簡単に見つかるでござる。改造屋や改造者などの犯罪軍団の情報は酒場に行けば無料で提供されるでござるからな」
【探査】は、誰か、もしくは何かの場所を的確に探すことのできる技能だ。しかしその個体情報、つまりそれが誰であるかを明確にできなければならない。僕のように個体情報を全て隠蔽している人間は探すことは不可能だが、犯罪履歴というものは罪を償わない限り、保護封でも隠すことはできず、ゆえにその履歴から個体情報を入手できるらしい。
だから【探査】、それもランク5冒険者の熟練された技能から逃れることは到底できない。
改造者のほとんどはランク2~3で構成されている。4に到達する前に挫折を覚え、しかしそれでも安易な強さを求める冒険者が、肉体改造を行うからだという。
そんな冒険者がランク5の【探査】から逃れることはできないのは当然だ。ランクどころかレベルすら桁違いなのだから。
「もうすぐ魔物とも遭遇する。気抜くなよ。ここは仮にも狩場。魔物が溢れ出でる場所だ。厄介な場所をねぐらにしてやがる」
ディオレスの技能【危機管理】が魔物の位置を感覚で察知。ゆえにその能力で不意打ちを防ぐことが可能だった。
アリーがレヴェンティが抜き、「吹雪け、レヴェンティ」と静かに呟く。一瞬にしてレヴェンティの鋼鉄の刃が氷結の刃と変わる。攻撃魔法階級3【氷牙】を宿らせたのだ。
コジロウが忍者刀〔仇討ちムサシ〕を構え、ディオレスが鮫肌のように刃がギザギザした剣を構える。鮫肌剣〔子守唄はギザギザバード〕と呼ばれるその剣は、肉を断つというよりも削ぎ落とすことに重点が置かれている。
僕は練習用棒と、【戻自在球】を構えた。
「おいおい、なんだよ。その技」
ディオレスが驚いたように声を漏らす。
「【蜘蛛巣球】と素材球を組み合わせました」
「ははっ……〈双腕〉ならではの技能だな」
「ダメですか?」
「いやありだが……だったら多少素でも動けたほうがいい。それだけだと不便だ。今度教えてやるよ」
「本当ですか」
「コジロウがな。ということでコジロウ、頼んだぞ」
「拒否権はないのでござるな」
「僕からもお願い」
辺りを警戒しつつも僕は頭を下げる。
「まあ、ヒーロー殿の頼みなら引き受けるでござる」
「俺だったら無理なのかよ」
「無理でござるよ」
「なんじゃそりゃ……」
ディオレスは嘆息する。いっつもこんな感じなのだろう。その光景がやっぱり少し可笑しくて僕は笑った。
「来るわよ」
アリーが一言。迫り来る殺気は【危機管理】がなくとも感じ取れる範囲だ。疾走したそいつはアリーと僕、コジロウとディオレスを二分するように、駆け抜けた。
駆け抜けるその四肢は神々しいような白さをもっていた。同じく純白の鬣を風に揺らし、細く長いねじれた一角が、優雅さを際立たせる。
現れたのはユニコーンだった。
胴体こそ馬だが、頭は角が無いものの牡鹿に似ており、脚は象に近く尾は猪に酷似しており、白馬という概念を一発でぶち壊す。
一角には解毒作用が含まれているため、高値取引されるユニコーンの角を狙う冒険者は少なくない。しかし好色かつ獰猛なユニコーンは心が純潔な乙女以外に触られることを嫌う。しかし純潔な乙女ですら許されるのは毛皮まで。
一角に触れようとした瞬間、ユニコーンはその角を用いて、残忍に貫き殺す。そして天駆けると評されるほどの敏速さで逃げ出してしまうのだ。
その入手難度からユニコーンの角というのは高値で取引されていたりもする。
改めて、ユニコーンを見据える。
「ざっと見、百九十cmぐらいか……でけぇな。まさか子作り間際か?」
ユニコーンは一定の年齢までは年齢に比較してその身体が成長していく。ユニコーンは百七十cmから百九十cmまで前後まで体長を延ばすと異端の島へと戻り、子を産むとされている。つまり、今ここにいるユニコーンはその間際。角もおそらく最も高値で取引されるだろう。
「しかも出現地域はここじゃねぇーから、はぐれユニコーンってところか。厄介だな。こいつに恐れて魔物も湧いてこないぞ」
「どうするのよ」
「どうするもこうするも、倒すぜ。角は高いからな」
「楽ではないでござるな」
「そりゃな。子作り間際、しかもはぐれだから気性は荒いだろうな。心が純潔な乙女もいねえし手強いぞ」
「近づいてみなきゃわかんないわよ」
「はっ? 師匠をけなすようなお前らが心が純潔な乙女なわけないだろ」
ユニコーンは接近者の心を読み取り、その心が純潔かどうかを探ると言われている。
はたして〈中性〉であるコジロウはともかくアリーはどうなのか。ちょっと気になる。
気高きユニコーンが荒い鼻息とともに、アリーへと向かっていく。角をアリーの胸へと突き刺さんとユニコーンは猛進。
「こいつ、何にも分かってないわ! すごい傷ついた!!」
体をずらして回避したアリーは反対にその白い体躯へとレヴェンティを突き刺した。
痛みに喘ぐかのように前足を上げると、速度を落とし急停止。ゆっくりと反転すると、アリーを睨みつける。アリーは間一髪でユニコーンからレヴェンティを引き抜いていた。
ユニコーンは再び、アリーへと突撃を開始。同時に僕がユニコーンの横腹を抉るように【戻自在球】を放つ。飛翔したコジロウもユニコーンの首筋に【苦無】を乱射。僕の【戻自在球】に気を取られたユニコーンに【苦無】が突き刺さる。痛みを耐えたユニコーンは突進をやめない。
アリーの後ろから跳躍して出てきたのは、ディオレス。アリーは低い体勢のまま、レヴェンティを構え、反撃の姿勢。ディオレスの鮫肌剣〔子守唄はギザギザバード〕の縦横無尽の刃がユニコーンの角に激突。削ぐように腕を動かすと、角にわずかな亀裂。角にも細かな神経が通じているのか、そのわずかな亀裂だけでユニコーンは喘ぐ。
途端、ユニコーンの脚が凍りつく。低姿勢のアリーが【氷牙】を解き放ち、氷柱のような鋭き氷の牙が、ユニコーンの脚を貫き、先端から凍りつかせていた。
コジロウが【蜘蛛巣球】を放ったのを見て、僕も慌てて【蜘蛛巣球】をニ連投。三重奏の蜘蛛の糸が凍りつくユニコーンの四肢をさらに固定させる。
「おネンネの時間だぜ」
ディオレスが【収納】から銃を取り出す。その銃は後ろの部分が脹れ、貯水槽のようになっていた。取り出した狩猟銃〔貯蓄のリリアン〕をユニコーンの眼前に構え、引き金を引く。
狩猟銃〔貯蓄のリリアン〕の銃口から、銃口よりも大きな光線が発射され、ユニコーンを顔から焼いていく。瞬時、コジロウが忍者刀〔仇討ちムサシ〕で、削ぎ落とされ亀裂の入った角を折った。
角を折られた一角獣の肢体へと狩猟銃〔貯蓄のリリアン〕の光線が移動し、ユニコーンを焼き殺していく。
獣を焼いた臭いが辺りを充満した。
「くっさっ!」
ディオレスがマヌケな声を出し、鼻を摘む。
「しっかし、あれだな。この呆気なさを見ると……手傷を負わせたやつがいたりしちゃったりするパターンだな」
傷を隠蔽する技能を持っているユニコーンは遭遇した際にどのくらい傷ついているかの判断はできないことを思い出した。
「それ……私たちの追っているやつらがやったんじゃないの?」
「たぶんな。まあ、答えはユニコーンの角を持ってそいつらのところへ行けば分かるだろ」
ディオレスは気楽そうにそんなことを答え、ユニコーンが来た方向へと進む。
「おいおい、どォーして俺たちの狙っていた角を持ってるんですかァ?」
森の中で声が反芻する。
「死ね、死ね、死ね! 【強炎】」
見えぬ誰かの魔法が森を焼き尽くしていく。これがさっき唱えたものだとすれば魔法士系複合職でも詠唱がいくらなんでも早すぎる。
「滅せよ、レヴェンティ」
間髪入れず、アリーが【氷牙】を解放。しかしその氷の牙は強き炎を全て防げていない。
燃え続ける炎の多さを見る限り、この魔法は魔法士系複合職である可能性が高かった。飛行艇で見た手配書に魔道士がいたからおそらくそいつの仕業だろう。
「姿を見せたらどうだ?」
短弓〔とっておきのパン〕で矢を放つディオレス。
「まさか俺の居場所が分かるとは……」
「さっきから殺気がびんびん。狩士なら見抜けて同然だぞ。それとも見抜かれないなんて粋がっていたのか、ド素人?」
「ちっ、お前たち出て来い。不意打ちは失敗。連携で叩き潰すぞ」
森の陰から他の3人が出てくる。
「自己紹介は必要か?」
「いや不要。手配書で知ってるぜ。グズとゲスにバカとアホウだろ?」
「どこの誰だか知らないが、調子に乗ってんじゃねぇーぞ」
「お前らこそ、俺を知らないなんてモグリだな」
「ああ知らねぇよ。少し強いからって粋がるなよ、おっさん」
「言ってろ。後悔させてやるよ」
手配書の四人が散開。僕達は背を合わせて固まり、四方を見据える。
「死ね、死ね! 【突雷】」
狙い打つかのように光速の雷撃がコジロウを強襲。超反応で対抗したコジロウだが、わき腹を抉られる。手配書に書かれていた内容を思い出し、魔道士の情報を引き出す。
口合わせオンリーロンリー・ユナイデッド、ランクは2。確か……改造によって超速詠唱が可能だったはずだ。未確定情報だけど他にも改造を施していると書かれていた。
「死ね! 【弱炎】」
詠唱に連動し、手に持つ黒銀の悪魔樹杖〔笑うムシュハハ〕のプリママテリアたる黒銀が輝き、炎が発現。「死ね!」が祝詞であるうえに、要素すら無視をするその超高速詠唱は、厄介どころか厄介すぎるっ!
迫る炎を前方に避けると、そこに構えるように待っていたのは馬の下半身を自らの下半身とした男。ケンタウロスという魔物に、肌の色を除けばそっくりだった。ランク2獣化士たる半牛半馬リュリューシュ・ルルは、己が技能【獣化】を用いるまえに既に下半身が獣と化していた。
そこでようやく気づく。
先程の【弱炎】は僕たちを分散させるための罠だったのだ。その罠によって、僕とディオレス、アリーとコジロウに分断されていた。
リュリューシュが戦斧剣〔狂い咲きバーナード〕を握り、僕へと襲いかかってきた。途端に咆哮。人間だった上半身がミノタウロスに変わる。黄土色の肌が、茶色の毛皮へ、好青年のように見えた顔が醜き牛の顔へ、髪からは角、横にあった耳が角近くへと移動し、鼻は肥大。腕の筋肉が倍増し、馬の下半身と一体となる。上半身はミノタウロス、下半身はケンタウロスとなったリュリューシュが戦斧剣〔狂い咲きバーナード〕を振るった。
力のミノタウロスと速さのケンタウロス、それぞれの長所のみを補ったその【獣化】は、下半身を改造したリュリューシュだけにしかできない。本来の獣化士は一匹の魔物にしか変身することができないからだ。リュリューシュは強さを優先して、自分の下半身を犠牲にしたのだ。
そんなことをして何が面白いんだよっ!
僕は前転し、戦斧剣〔狂い咲きバーナード〕を避けると、そのまま茂みへと隠れる。