新世代編-10 優秀
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3人が原点草原ではなく、回帰の森に向かったことに特に理由はない。
リンゼットに言われデデビビは回帰の森で秘密特訓をするようにしていたし、アテシアは名もなき洞窟の常連だ。
クレインは魔法を使えないことに劣等感を覚え、――とはいえデデビビと出会ってからはそれも薄れたものの、人目を避けたいというのは本音だった。
そんな一致もあって3人は自然と回帰の森に向かう。
森に入ってすぐ、戦闘は始まった。原点草原には亜人が多く潜むが、回帰の森には動物型の魔物が多い。
3人の前に現れたのはクルドゥルと略されて呼称される魔物。
正式名称はクリール・ルートル・ドゥ・メール。
その容姿を簡潔に言えば、二足歩行のラッコだ。
両手には帆立の貝殻で作ったグローブ。
さらに帆立の貝殻で作った前かけで腹を武装している。
冒険者を挑発するように、右、左と拳を振るう。
一体だけならともかく、群れで現れたクルドゥル全員が同時に同様の挑発をするため、息の合ったダンスのように見えなくもない。
フシューと吐く鼻息でさえ、同時だ。
「ギャアアアアアアアアア!」
さらに頭上から聞こえてくるのは悲鳴にも似た鳴き声。
木の枝に止まっていたスクリームスパロウがこちらに向かってきていた。
雀防具一式の原材料にもなっている、スクリームスパロウの身体はそれなりに堅い。
もちろん、初心者用装備に該当するため、大陸にいる魔物と比較できないが、それでもその堅い身体を利用した突進は油断できないほどの威力がある。
スクリームスパロウの容姿は雀とほぼ変わらない。
けれどそこに愛らしさはなく、さらに口をあけたスクリームスパロウの舌は中ほどから切れていた。それは生まれたばかりの雛の舌を親鳥がついばみ、切ってしまうからと云われている。
そうしてスクリームスパロウは悲鳴を上げる。
親からの虐待を受けた親が自ら生んだ子どもを虐待してしまうようにその恨みの連鎖はやはり子どもへとぶつけられる。
だからスクリームスパロウは親鳥になったときに、雛の舌をついばみ、千切る。
スクリームスパロウはそんな物悲しさを持った魔物だったと吟遊詩人は語る。あるいは同情のための騙りなのかもしれない。
クルドゥルの群れが足並みを揃え、3人に向かうと同時に、スクリームスパロウがまるで弾丸のように、3人に向かう。
対象にされた3人が取った行動はそれぞれ違う。
「【札引】!」
デデビビはすでに出現させておいたデッキからカードを展開。
クレインは練習用杖を構える。
杖でワイヤーニードルを倒して以来、クレインは魔法を使わず杖で叩き倒すスタイルを練習中だった。
そのなかで、杖の殴打は殲滅技能のように消耗が早いことに気づき、それからは練習用杖を使うようにしていた。
ふたりはその場に立ち止まり、クルドゥルとスクリームスパロウを待ち構える。
「SSはお任せくださいませ!」
デデビビとクレインの耳に届いた言葉は頭上からだった。
思わずふたりは見上げる。
アテシアは空を飛んでいた。
そう空を飛んでいたのだ。
少しだけふたりは唖然としてしまう。
アテシアの背中には翼が生えていた。
翼の正体はムィだ。
ムィは小さな足でアテシアの腰を掴み、6枚の翼で優雅に羽ばたいていた。
羽ばたくムィが苦しんでいる表情はない。
ムィ――ムルシエラゴはジャイアントさえも運んだ、という逸話を持つほどの力持ちだ。
ムィはまだ幼いとはいえ、人間ぐらいなら軽々と運ぶことも可能だった。
もちろん、飛行自体は珍しいことではない。
獣化士が飛行能力のある魔物になったり、魔物使士が飛行能力のある魔物を使役すれば、空は飛べる。
でもそれは島以外での話だ。
ムィが、魔物が仲間になっていること自体、奇跡なのに空をも飛んでいるのだ。
島では絶対に見られない光景。
もちろん、任せろ、と言ったアテシアですら驚いている。
スクリームスワロウの存在にいち早く気づいたムィが突然アテシアの背中を掴み羽ばたいたのだから。
突然のムィの行為をアテシアは怒るどころか、喜んだ。
「ムィ!」
一緒に戦うんだと言わんばかりにムィは翼をはばたかせ、スクリームスパロウに向かう。
「移動はあなたに一任しますわよ、ムィ!」
言うとアテシアは攻撃に全神経を集中させる。
そのあとは一瞬だった。
弾丸のような速度で突進するスクリームスパロウと、超高速で移動するムィがすれ違った瞬間、スクリームスパロウが地面へと落ちていく。
次々に、まるで雨のように。
全てのスクリームスパロウが正面から一突きされ、一撃で撃墜されていた。
「ZKMですわ」
デデビビとクレインは言葉を失う。
ムィによる飛行もそうだが、アテシアの優秀さに、だ。
ムィによる飛行が初めてだったと言えばデデビビたちはさらに驚くだろう。
そのぐらいアテシアは優秀すぎた。
「どうしたんですの?」




