新世代編-9 理解
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「待たせてごめんね、クレイン」
数分後、謝りながら階段から降りてきたのはデデビビだった。
寮は男子寮と女子寮に分かれてはいるものの、そのふたつを繋ぐ玄関は、待ち合わせできるようにくっついていた。共用玄関とでも言うべきだろう。
玄関と両者の寮を含めて、寮。右側の2階以降を男子寮、左側の2階を女子寮と呼ぶのが一般的だ。
この寮を利用できるのは四年間。
レシュリーがこの寮を追い出されたのは、利用期間である四年間を超えたからだった。
四年という期間はだいたい一通りの修行が終わり、新人の宴を難なくクリアできるのがそのぐらいだから、という曖昧な基準で決められたものだが、今のところ、レシュリー以外は四年で新人の宴をクリアしていた。
「遅いですわよ! OKをこんなに待たせるなんて、SRじゃありませんこと?」
「ごめんごめん……ってキミだれだい?」
平謝りしてからデデビビはそれがクレインではないことに気づく。
「私はアテシア。アテシア・リリューですわ! そしてこの子がムィちゃんですわ!」
「ムィ!」
肩に乗ったムィも挨拶する。
「ああ、キミがリンゼットさんも驚いていた魔物使いの子か……すごいよね、そんなことができるなんて!」
素直に驚くデデビビにアテシアは感激する。
二人目の理解者だった。
「でキミはどうしてここにいるんだい?」
「彼女も師匠に見限られたみたい」
「どうして?」
「ムィちゃんがKGWなのが、イヤみたいですのよ。納得がいきませんわ」
「確かにそれは納得がいかないだろうね」
そう言ってデデビビはムィに近づく。
「触ってもイイ?」
「DKGですわ!」
恐れることもなくアテシアが手を伸ばすと、ムィは少しだけはばたき、手の甲に移動する。
「いい毛並みだね」
「でしょう。HMBですことよ」
「そういえば、師匠がいなくなったのは分かるけれど、キミはどうしてここにいるんだい?」
ムィを撫でながら、デデビビは疑問を投げかける。
「あなた方にGDHさせてもらおうと思いましたのですわ。けれどまさか待ち人が殿方だとは思いませんでしたから、OJでしたらご遠慮させていただきますわ。デートというやつなのでしょう?」
「……そ、それは違うよ」
デデビビがどう応えるべきか迷っている間に、クレインが顔を真っ赤にして否定する。
「HTしなくてもよろしくてよ?」
「そ、そういうんじゃないから」
慌ててデデビビも否定する。
「そう、ですの?」
顔を真っ赤にしたふたりを交互に見て、
「まあ、それならよいのですけれど……。それでDHしてもよいのですわね?」
「ああ、それなら……僕は構わないよ」
「ボクはキミが良いのなら」
デデビビの言葉にクレインが同意する。
「ということでよろしく、アテシア」
デデビビが手を伸ばす。
「ムィイ!」
「ごめんごめん、ムィもよろしく」
「ムィ♪」
デデビビとアテシアが握手するなか、ムィはふたりが握る手の上で、喜んでいた。
「それと申し訳ないのですけれど、私もSJがありますわ。少しお待ちいただいてもよろしくて?」
「分かった。待っているよ」
デデビビが言うと、アテシアは女子寮に消えていく。
それを見たクレインがデデビビに耳打ちする。
「というかデビはアテシアがなんて言ってるか分かるの?」
「分かるよ。というかそれってフツーじゃないの?」
「フツーじゃないよ。正直、ボクにはさっぱりだ」
「そうなのか……というかクレインが一緒にいたから分かってるものかと思ってたよ?」
「全然だよ。でも……アテシアさんは悪い子じゃないし、仲良くしたいから、少しだけ教えて、ね?」
「それはもちろんだよ」
「それと……アテシアがデートかどうか、聞いていたじゃない?」
「そ、そうだね」
「ボクは否定して、キミも合わせてくれたけど……ボクはキミとは仲良くなりたいと思ってる……よ? つ、つ、つまり何が言いたいかって言うと……ボクはデビが嫌いじゃないって言うこと!」
顔を真っ赤にして、クレインは言葉を紡ぐ。自分の想いを伝えておかないと、デデビビにあらぬ誤解を与えかねないとでも想ったのだろう。顔には必死さがあった。
「分かってるよ」
デデビビは言葉を返す。
「僕もクレインのことは好きだからさ」
それは友達としてなのか、男としてなのか、デデビビの表情からは読み取れない。
好き、という言葉を何ら抵抗もなく、デデビビはクレインに伝えてむしろクレインは困惑した。
自分の必死さが少しだけバカらしくなって、それが惨めに思えて、目尻に涙が溜まる。
「ちょ……なんで、いきなり泣き出すのさ」
「うっさい! うっさい! キミには分からないんだ!」
クレインにも恋をしているという自覚はない。
なんとなく気になるというか、なんとなく気にしているというか、そんな感覚。
けれどデデビビにこんな態度を取られて、自分の感覚がコケにされたような気がして、クレインはちょっとだけ泣いてしまっていた。
「お待たせいたしました……わ?」
「ムィ?」
準備ができ、女子寮から降りてきたアテシアとムィはそんな状況下に突如放り込まれ、困惑する。
「どうかいたしましたの?」
「な、なんでもないよ」
若干気まずいまま、3人と1匹での初めての冒険は始まった。




