新世代編-8 奇異
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三日も経たずにアテシアが変な魔物を引き連れているという噂は島を駆け巡った。
魔物を連れていることのは大陸では珍しいことではない、それこそ魔物使士は魔物を調教し、引き連れているからだ。
でもそれは大陸での話。
基本職しか選択できない原点回帰の島には魔物を調教する術はないからだ。
アテシアはかわいいぬいぐるみを拾った程度の認識だったが、他の冒険者は違う。
皆が皆、奇異の目で見始める。
なぜ、アテシアが魔物を連れているのか、引き連れることができるのか。
魔物の子なんじゃないか、そんなデマさえも流れ始めた。
そんなデマでアテシアはすぐに友人を失った。
奇異の目やデマはやがて気持ち悪い、得体の知れないという恐怖に変わり、誰も近寄らなくなった。
それは少なからずアテシアにショックを与えたが、
「ムィ!」
ムィの励ますような声に、アテシアは癒された。
けれど悲劇は続く。
ある日、アテシアは盗士の師匠、アーリーズ・ガットマンに呼び出され、こう言われた。
「すまない」
それはもうこれ以上、アテシアを教えることはできないと言う申し訳なさを詫びる言葉だった。
アテシアを気味悪がり、他の盗士が修業に来なくなった。
そのため、アーリーズは苦渋の決断を強いられた。
優秀なアテシアを切り捨てるか、他の盗士を見捨てるか。
アーリーズが取った決断は前者だった。
アテシアなら、なんとかなるだろう、楽観視にも近い憶測でアーリーズはアテシアを切り捨てた。
同僚のアウェイン・カーク・ミセルブルグが魔力を持たないクレインを見捨てたのはつい先日の話。
結果、アウェインは減給になっていたが、おそらく自分も同じ運命を辿るのだろう。
けれど仕方がない。
これは仕方のないことだ。
アーリーズは言い訳を繰り返す。
それでも罪悪感が薄いのは、アテシアが優秀だからだろう。
アテシアが落第者になるような不良生徒だったらアーリーズももう少しなんとかしたのかもしれない。
けれど優等生には違う。自分がいなくてもなんとかできるだろう、なぜなら優秀だから。
そんな理由でアーリーズもいとも容易く切り捨てることを決めた。
アテシアの胸中も知らずに。
「分かりましたわ」
アテシアの声は震えていた。
気丈に振る舞おうとしたけれど、無理だった。
寮に帰る道すがら、
「ムィムィムィ!」
ムィが気遣ってくれたけれど、それすらも辛かった。
同級生がすれ違い、肩のムィに気づいて距離を取る。
それが辛かった。
ムィを見る。
すべての元凶を見る。
けれど恨む気にはなれなかった。
ムィが悪いわけではない。
ムィを理解できない環境が悪いのだ。
アテシアは零れそうになった涙を拭いて、誰もいない寮へと戻る。
「あっ……」
寮に戻ってみると、ひとりの少女が驚いたように声を出す。
誰かがいる、もしくは戻ってくるとは思ってもみなかったのだろう。
「あなたはSGに行かなくてよいのですか?」
「SG? 修行のこと? ……ボクは行かなくていいんだよ。クレインって言ったら分かる? ボクの名前だけど」
アテシアはその名前で目の前の少女が誰なのかを思い出す。
「……私と同じですのね」
思わず呟いていた。クレインもまた自分と同じように師匠に見限られたひとりだ。
「……もしかして、キミも師匠に?」
「……そうですわ。私はNGIなのですけど」
「NGI?」
「納得がいかない、ですわ」
どうして理解できないのか、と言わんばかりにアテシアは言いなおす。
「それは理由がってこと?」
「ええ。そうですわ。もっとも理由をKKしたわけではないのですけれど、でもこの子のことに決まっていますわ」
そう言ってアテシアはムィに触る。
ムィ! と気持ちよさげにムィは鳴き、クレインはようやく目の前の少女が魔物を引き連れている女子、アテシアだと理解する。
「KKした」が何の略称かは理解できなかったが、聞いたところで先ほどの二の舞になるだろうと特に聞いたりはしなかった。
聞かなくてもなんとなく会話は成立しているから不都合は感じられなかった。
「ひどい話だね」
クレインはなんとなしに呟いたが、アテシアにとってそれは初めての理解者でもあった。
「そうなのですわ。DMKM私たちのことを気味悪がってHNSなのです。ムィはKNMKですのに!」
「……うん、そうだね」
半分以上意味不明だったが、クレインは同意しておく。
「けれど、私はめげませんの。実はSBMITだったのですけれど、あなたに勇気をもらいました。WGですわ」
「そ、そうなんだ……」
クレインはアテシアの言葉をほとんど理解できず、戸惑いの方が多かった。
早く同伴者に来て欲しいと願うばかりだが、まだ姿を見せる様子はない。
「そういえば、あなたはSGに行かないのだとして、どうしてここにいるのですか?」
「えっと……待ち合わせかな。師匠との修行はないけど、それでも新人の宴に向けてレベルアップしないといけないわけだし」
「なるほど。つまりあなたはMBMJなのですわね?」
「えっーと……」
「待ち人を待っている状態なのですわね?」
「う、うん……そうだよ」
言い直すなら、最初からそう言えばいいのに、と思いながらもクレインは同意する。
「でしたら、その……OOかもしれませんが、私も同伴させていただけませんこと?」
「えっーと……どうだろ……聞いてみないことには……」
「でしたら、私もKMさせていただきますわ」
そう言ってアテシアは近くにあった椅子に座る。
クレインは呆気に取られて何も言えずにいた。
「あっ……!」
しかし唐突に何かに気づいたように声をあげる。
「どうかしましたの? MBKですの?」
「ごめん……なんでもないよ」
思わずクレインは赤面する。
KMって、ここで待つ、ってことなんだ……。
先ほど声をあげてしまったのはそれに気づいたからだった。OOが何なのかは相変らず分からなかったけれど。




