新世代編-7 蝙蝠
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――そんなときだった、
ピキリッ!
滴の音でも、奇怪な鳴き声でもない、まるで何かがひび割れたかのような音が聞こえた。
「NOですこと?」
アテシアは周囲を見渡す。
何の変化もないように見えた。
ピキピキッ。
そこでまた音が聞こえ、アテシアは壁の隅、丸みを帯びた突起物が、ひび割れているのを見つけた。
それは卵のように思えた。
確信がなかったのは、魔物の卵が原点回帰の島にあるとは思えなかったからだ。
とはいえ、鳥の卵のようにも見えない。
もっとも石灰に覆われ、ひび割れがなければ卵とは認識できなかっただろう。
そうやって、この卵は見逃されてきたのか、それとも長い間、埋まっていて長年の浸食によって、露出してきたのか、それは分からない。
それでも、今、アテシアの前で魔物が産まれようとしていた。
それは幾重もの奇跡の賜物。
アテシアは目を輝かせ、好奇に胸を躍らせる。
魔物はその形が哺乳類に似ていようが、鳥類に似ていようが、爬虫類に似ていようが卵から生まれる。
オークのような亜人型の魔物でも、卵を産むのだ。
けれど基本的に卵は異端の島にあることが多い。苗床の養分を吸い取って成長していくからだ。
けれど、この洞窟に卵は残されていた。
偶然、異端の島から流れ着いた卵を誰かがここに隠したのか、その理由は分からない。
それでも、ここに魔物の卵があった。
ピキッ、ピキピキピキピキッ。
殻を覆う石灰ごと卵が割れる。
「ムィ、ムィ、ムィ!」
生まれた魔物の瞳とアテシアの好奇に満ちた瞳が、合う。
「ムィ、ムィムィ!」
生まれたての魔物は、目の前のアテシアの傍まで寄ろうと翼をはばたかす。
「何ですこと?」
突然、はばたき始めた魔物に、アテシアは恐怖を抱く。
姿は蝙蝠に似ていた。漆黒色の胴体に、豚の鼻を持った猫のような顔、胴体には申し訳程度に小さな足が生えている。その足は胴体よりも小さい。
胴体から生えるのは六つの翼。上に二本、足よりも下の位置に四本、うち二本はひと回り小さかった。
「ムィ!」
魔物はまるで抱きつくようにアテシアに近づいてくる。
アテシアは思わず鐺耳付短剣〔耳なしホゥイーチ〕を構える。
しかし、
「ムィ……!」
覚束ないはばたき、そして円らな瞳、愛らしい顔にアテシアは攻撃を躊躇ってしまう。
「ムィ!」
そうしてアテシアの頬をさすり、甘い鳴き声を漏らす。
「もしかして私をMMだと思ってますこと?」
事実、そうだった。
β時代の魔物には、生まれて初めて見たものを親だと誤認する魔物も存在していた。
つまるところ、この魔物はその手の魔物だったということになる。
そんなことも露知らず、アテシアは興味本位で、その魔物に触れる。
思ったよりも毛並みがふさふさしていて、アテシアがコレクションしているぬいぐるみよりも、感触がよかった。
それだけで、アテシアはこの魔物を気に入ってしまう。
「あなたは私にTKがありますこと?」
「ムィ!」
言葉の意味を理解しているわけでもないだろうに、その魔物は喜んだ素振りを見せる。
「ならば来なさい」
「ムィ!」
長年連れ添った相棒のように、その魔物はアテシアの肩に乗った。翼を畳むと随分と小さく見える。それほどまでに翼が大きかった。
「SS、街に戻りますことよ、ムィちゃん」
アテシアは自分に懐いた魔物をそう名づけ街へと戻ってく。
自分がどれほどまでの奇跡を手にしたかを知らずに。
アテシアが見つけた魔物は、β時代に絶滅したはずのムルシエラゴと呼ばれる魔物だった。




