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tenth  作者: 大友 鎬
第7章 放浪の旅
174/874

新世代編-6 奥底


 6


 名無しの洞窟。

 それは回帰の森にひっそりと存在している名前のない洞窟だ。

 おそらく冒険者のなかでも知るものは少ない。

 その存在を知る数少ない冒険者のひとり、アテシア・リリューはその洞窟に棲む飛び跳ねる豚、シュプリゲン()シュバイン(猪豚)と戦っていた。

 シュプリゲンシュバインは前足、後ろ足ともに螺旋のようにねじれた豚の魔物だ。

 バネのようになった足で跳躍力を生み出し、申し訳程度に生えている牙を当てるのが特徴だ。

 しかも避ければ済むというわけでもない。

 四方八方は壁。

 対象が避ければ、足を壁のほうに向け再び対象へと向かっていく対応力を見せる。

 複数出てくれば厄介のように見えるが、基本的に個人主義。

 シュプリゲンシュバインは群れていても、必ず一対一で勝負を挑んでくる特殊な性質を持っていた。

 それゆえに対応さえ分かれば対処するのも楽だった。

 事実、アテシア・リリューは手馴れていた。

 周囲にはシュプリゲンシュバインの死骸が大量にあった。

 それはアテシア・リリューの成果。

 そしてその成果がまたひとつ。

 アテシア・リリューは鐺耳付短剣〔耳なしホゥイーチ〕で前足を切り落とし、シュプリゲンシュバインの突撃を回避。

 シュプリゲンシュバインは壁にぶつかる手前で向きを変え、足を壁へ向ける。

 しかし足のひとつを失ったシュプリゲンシュバインは、うまく跳躍できず、地面に激突。

 シュプリゲンシュバインが四つの足全てを使って跳ぶなら、四つのうちひとつの足を破壊すればいいだけだった。

TBTB(跳べない豚はただの豚)ですわ」

 耳のようになった柄頭が特徴の鐺耳付短剣(イヤードダガー)を地面に転がったシュプリゲンシュバインにトドメを刺す。

 アテシアは一段落した戦いの余韻に浸るように深呼吸し、亡骸の表皮を切り取り、【収納】で出した専用の容器に入れていく。

 その容器は中で漏斗のようになっており、下に表皮についた油を溜めれるようになっていた。

「これがYKK(良い小遣い稼ぎ)になるのですわ」

 シュプリゲンシュバインの油は美容に良いとされ、商人の間では、割と高く取引される。

 もちろん、商人の間では美容油と云う別名で呼ばれており、それが本当は何の油であるかは一般人には公表されていない。都合の悪い真実を知っても得はなく、誰しもがその真実を言うことはなかった。

 かつてミミズクラゲ(蚯蚓水母)というモンスターが大量発生し討伐されたあと、その近隣の村でかなり美味なハンバーグが出回ったが、それがミミズクラゲのものだとは誰も思ってもいなかったことがあったが、それと同じだ。

 知らないほうがいいこともある。

 特に魔物に抵抗を持っている一般人は、効能が確かでもそれが魔物の背油だと知ったら、さすがに顔に塗るのを躊躇ってしまうだろう。

 アテシアも美容に気を遣ってはいるが、それが魔物の背油だろうがなんだろうが、どうでもよかった。

 そのあたりがアテシアがランク0でも冒険者であるとも言えた。

 アテシアはそのまま奥へ進んでいく。

 いつもなら、この辺で引き返すが、今日は調子がいい。

 肌も、体の動きも。

NGCS(何事も挑戦)ですわ」

 好奇心を躍らせ、アテシアは進んでいく。

 鍾乳洞のような洞窟は奥に進むつれ、肌寒く細くなっていく。頭上には鍾乳石がぶらさがり、そこから滴る水が、地面へと落ち、斜面となっている奥へ奥へと続いていく。

 不思議なことに、とはいえ、初めて奥に行くのでそれが不思議なことかどうかアテシアには定かなことではないのだが、魔物に遭遇することはなかった。

 シュプリゲンシュバインの、グゥルグゥルゲッココーという奇怪な鳴き声も聞こえない。

 この奥はNN(何もないの)だろう、アテシアは自分の好奇心に水を差すように、そんなことを思った。

 事実、この奥は行き止まりだ。

 地下水が少しずつ流れ込み、じょじょに奥行きを増やしているこの洞窟だが、奥は先細り人間どころか犬ですら通れないほどの穴しかない。

 数千、数万年の時を経て、その穴は人間が通れる通路となるのだろうが、今はただの行き止まりでしかないのだ。

 案外、あっさりとアテシアは洞窟の奥に行き着く。

「やっぱり、KM(こんなもの)でしたわね」

 強い好奇心に反して、何もなかったことがやはりショックだったのか、アテシアは落胆の声を漏らす。

 声が反芻したあと、ピトンと水滴が零れ、少しだけアテシアは驚く。

 シュプリゲンシュバインの鳴き声もなく、ときおり落ちる滴の音だけ、というほぼ無音の空間が気味悪くなったアテシアは立ち去ろうと歩き出す。

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