飛空艇編-23 意地
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やがて、淑女がアンジェリッテを連れてやってくる。
「……事情は聞きました。夫は私たちを救ってくれるというあなたを救って死んだのですね」
誇らしげに微笑するその笑顔に僕は何も言えなかった。
「我が主人は、本来愛人など取りません」
淑女は言う。「けれど私とアンジェリッテは旧知の仲でしたので、グジリーコが戻ってくるまで、支援してさしあげたの。貴族の世界も複雑で、不要に支援などすれば一般人が乞食のように群がってしまいますから、愛人という形を取るしかありませんでした」
「じゃあ、グジリーコさんは何のためにお金を?」
「男の意地なのかもしれません。何も持たず会いに行くのが許せなかったのでしょう」
淑女は言う。
「私は、何もなくてよかった。夫にさえ、会えれば……」
アンジェリッテの目には涙。僕はやはりグジリーコを救わねばならなかった。
「けれど私は夫を誇らしく思うのです。あなたを殺害しようとしていたことは聞きました。けれど夫はあなたを殺さなかった。人殺しにはならなかった。むしろあなたを救って死んだ。それが誇らしいのです」
本当は哀しいのに、アンジェリッテはそう言った。僕を奮い立たせるために。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます」
アンジェリッテが頭を下げるのと同時に僕も頭を下げる。
「なんにしろ、支援はさせていただきます。それがグジリーコさんの願いですから」
1億に近い金額を僕はアンジェリッテさんに渡す。
アンジェリッテさんは大金に驚いていたけれど、僕が引き下がらないと知るとアンジェリッテさんは渋々受け取ったが、それでもその大金でジュリエッタが救えると感じたのか、どことなく嬉しげだった。
それだけ渡すと僕はユグドラ・シィルへと急いだ。
***
「随分と落ち込んでいたみたいだね?」
ジョバンニのところへ戻ってくるなりそう言われた。
「ルルルカたちに聞いたんですか?」
「ああ、あとで謝っておいたほうがいいよ。立ち直ったんならね?」
「ジョバンニさん……僕は冒険者に向いてないんでしょうか?」
「さあ。僕はアリーじゃないからね、キミのことは分からないかな? けど、それを言ったらキミは何者にも向いていないんじゃないかな?」
一方的な言い草を僕は黙って聞く。
「救えないことなんてままあることだ。僕にだってある。でもそのたびに答えなんて探してなんていられない。なのにキミは答えを模索し続ける。そんなのは傍から見れば迷惑だ。そのたびにうじうじして、周りに迷惑をかけて、なのにけろっと解決して知らぬ顔で戻ってくる。なのに、また救えないとうじうじする、そんなキミが向いているものなんて、はっきり言ってないよ。部屋に引きこもって何もかも見ずに過ごしていけばいいよ」
「ひどい言われようですね」
「言っただろ? 僕はアリーじゃない。いや、アリーだって大概、そう言うことを言うんじゃないかな? 悩みすぎるのがキミの悪いくせだよ。キミは何度も色んな目に遭ってきたんだろう。それをうじうじとけれども乗り越えた。だったら、それを自信にすべきだ、と言っても無駄だろうね? キミは何度も繰り返すんだろう、面倒臭いね」
「でも、そんな僕にあなたは飛行艇を造ろうとしている」
「皮肉なことにね。さ、材料はオークションでそろえてる。あとはニョイの伸縮材だけだ。尻尾を貸してくれ」
言われて【収納】していた尻尾を渡す。
「確かに受け取ったよ。これを分解すれば、ニョイの伸縮材が作り出せる」
分解というのは確か、素材をいくつかの別の素材に作り変えるものだったはずだ。
そこであることを思いつく、
「ジョバンニさん、ついでにこれも分解できますか?」
「それは?」
「ユグドラ・シィルに魔物を大量に呼び寄せた元凶です」
僕が渡したのは、改造屋が作り出した右腕に嵌めて魔物を呼び寄せる装置だった。
「なるほど、改造品か……。たぶん、大丈夫だ。キミが持っているということは壊せなかったということだろう? でも分解は可能なはずだ。相当苦労しそうだけど」
「優先は飛空艇でお願いします」
「分かってるよ。まあ期待しておいて」
ジョバンニは笑い、思い出したように言った。
「そういえば、彼女らはいつもの酒場で待ってるよ」




