飛空艇編-22 弁償
22
まず僕が向かったのは酒場の主人のもとだった。
「建物、弁償します」
「えっ……? でも……」
主人の困惑の顔。冒険者の荒事は宿屋や酒場においてはつきもので、建物の破壊に際して保険をかけていることが多い。
だから主人もそうなのだろう。こういうときは、冒険者協会から保険金が下りる。
なのに僕が払う、と言っている。だからこその困惑だ。
「原因は僕にあるんで。安心してください、こう見えても僕、お金は持っているんで」
空元気のように僕は言う。
渇いた笑いに主人も何かを察したのだろう。
「分かった。けど半分でいいよ。あんたらはセイテンも倒したようだし、保険も下りるんだから」
「……分かりました。では振込先を」
「ああ、すぐに用意するよ」
主人から振込先を貰った僕をルルルカたちはどう思うだろうか。
「悪いけど、夕飯はルルルカたちだけで取って。僕には行くところがあるから。明日ユグドラ・シィルで合流しよう」
近づいて、一方的に告げると僕は【転移球】で転移した。突然のことに呆然としているルルルカたちをまくのは簡単だった。
向かったのはユグドラ・シィルの南東、エンドレシアスの北東に位置するハルグという都市。
そこは愉悦と快楽、娯楽、あらゆる楽しみが集まる娯楽街と、貴族たちが住む貴族街に大別されていた。
もちろん、その外れには財産を失った敗者の集落や一般人が住まう地域もある。
僕が向かったのは貴族街だった。
空腹と疲労が僕を襲うが、僕の駆ける速度は変わらない。
夕方から深夜にかけて魔物を無視してアルター草原を駆け抜け、ハルグに着いたのは明朝だった。
空腹のはずなのに、食欲もなく、徹夜したのに眠気もない。
貴族街の家には当然だが警備の冒険者が存在する。明朝でも目的の家には門番がいた。
「ここに何の用だ?」
門番の目は僕を警戒していた。
まあそれもそうだ、僕の衣服は爆発でボロボロのままだ。
「アンジェリッテ・ベロッサがここにいるよね?」
「アンジェリッテ? ああ、確かお館様の愛人がそんな名前だったな……」
「グジリーコ・ベロッサからの伝言を伝えてあげてほしい。救いに来たって」
「救いに来た……? フフッ……なんだ、それは」
「何がおかしい」
僕が睨みつけると、ふたりの門番は、「だってなあ……」「うん……」と笑う。
「確かあの女は自分からお館様のもとに来たんだぜ。なのに救いも何もないだろう?」
「お前らに何がわかる」
僕は門番に突っかかる。「いいから、アンジェリッテを呼べ」
ふたりに取り押さえられながら、僕は叫ぶ。
「何事ですか?」
そんな騒ぎを聞きつけて、出てきたのは優雅なドレスを身にまとう壮年の淑女。
「これは、これは奥様。この小汚い冒険者がなにやらアンジェリッテを出せというのです!」
「もしかして……あなたはグジリーコですか?」
淑女の問いかけに敵意はない。門番の緩んだ手をすり抜け立ち上がると、
「いいえ。けれど、グジリーコに代わってアンジェリッテを救いにきました」
「嘘偽りは、ありませんね?」
怯んでしまいそうな強い眼差し。
「ありません」
僕はその眼差しを真っ直ぐと見据え、答える。
「ひとつだけ、聞かせてください。なぜ、グジリーコは今までここに来なかったのですか?」
「封印の肉林という試練は一度入ったら出てこれないといわれています。彼はそこに閉じ込められていたんです」
僕はグジリーコから聞いたこと、そして今に至るまでを喋るつもりだった。
「それでも彼は最近ようやくそこから出られた。けれど彼にはお金がなかった。それで仕方なく、僕の殺害依頼を受け負ったんです。彼は僕との戦いの末、死にかけ、その過程で僕は彼の事情を知った。その事情を知った僕は彼を救うことに決めました」
けれど、と僕の瞳に再び涙がたまる。
「彼の依頼主は彼を裏切ったと見做し、そして僕ごと殺そうとしました。彼はそんな僕を庇って死んだんです。僕は彼も救いたかったのに」
「……」
懺悔のような言葉を淑女は黙って聞き、
「分かりました。少しお待ちください。アンジェリッテを呼んできます」
そう言って館へと消えていく。
僕の言葉を聞いた門番は何も言わなかった。




