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tenth  作者: 大友 鎬
第3章 見放されるのは命
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懺悔

 6.


「よう」

 手折布長布(タオルケット)に身を包むアリーにディオレスは声をかける。窓も無く灯りもついていないその部屋でディオレスがアリーを区別できるのは【猫眼(ビ・ジョン)】の技能によって夜目が効いているからだが場所だけ確認してすぐに解除した。顔が見えると話しづらいだろうというディオレスの気遣いでもあった。それに光る眼だけ見えるというのも不気味だ。

「……」

 アリーは何も答えなかった。

「……」

 だがディオレスも何も言わなかった。

 アリーの部屋に入ってきた時点でディオレスが話を聞いてくれるのだとアリーは理解している。

 ディオレスも勝手に話し出すだろうと理解しているから黙り込んでいる。だからディオレスはひたすら待った。

「最初は……罪滅ぼしだったのよ……」

 アリーの震える唇が動き、言葉が紡がれる。

「あんたに原点回帰の島にレベル上げに行けって言われた時、ああ、やっぱり神様も罪を滅ぼせって言ってるんだわって思ったの」

 ディオレスは無言のままで耳を傾ける。もちろんアリーが語り終わるまで喋る気はなかった。

「投球士の落第者が出たって大陸でも持ちきりだったのはあんただって知ってるでしょ。あれ……私の父さんのせいなのよ。私の母さんってね、随分と前に行方不明になったんだって。でも冒険者にはよくあること。父さんも異端の島に連れていかれたって思い込んでたらしいわ。でそれを忘れたいがために、島へ渡り、投球士の先生になったの。でも母さんと父さんのかつての仲間の人は、まだ大陸にいるだろうと信じて、お母さんを探したの」

 アリーは無感情のまま淡々と話し続ける。

「で母さんは見つかったの。例の王子様の奴隷にされていたわ。それを知った父親はいてもたってもいられなくなって、当時唯一の教え子だった、レシュを放ったらかしにして、母さんを助けに行って――死んだ。父さんが死んだ、って聞いても何にも思わなかった。冒険者に死は当たり前だから。でも私はレシュが害を被ったことが気になったの……落第者って呼ばれるようになったのが気になったの」

「……」

 ディオレスはやはり何も言わない。何かを言いたげだったが、それでも最後まで言うのをやめようと決意した。

「その頃から、親の罪って子の罪なんじゃないかって思うようになったの。責任を放棄した父親に代わって私が教えなきゃって思うようになった。そう思っていたら、運命のように機会が来たの。だから教えた。だから罪滅ぼし。それでレシュが投げれるようになったとき、私の胸はスッとした。肩の荷が下りた気がした。それで良かったんだって思った。実際、もうそれで十分だったのよ。大陸で会おうなんて言ったけど追いかけて来いとは言ってないの。私は罪を滅ぼしてそれっきりで良かった。それっきりで良かったの。なのにあいつったら追いかけてきて、あんな私を見られて……まだ私に罰を受けろって言うの? うんざりよ、もううんざり……」

「……で」

 ディオレスが怒気を含んだ声で続ける。

「言いたいことはそれだけか」

「……」

「実に、くっだらねぇな。矛盾しまくりのくそったれ。アリー、お前が女だって言うのは百も二百も承知だがよ、殴っていいか?」

「……」

「ふん!」

 何も言わないアリーにディオレスは鉄鎚を下す。手加減なしの本気の一発。

「……」

「痛い、ぐらい言えよ。喚けよ。それとも喚く必要すらないほど自分は可哀想な女を演じたいのかよ? 悲劇のヒロインを気取りたいのかよ?」

「黙れ! 何が分かるのよ!」

 痛みに耐えて涙目のアリーは怒鳴る。

「分かるからこそのくっだらねぇ発言ってやつだ。お前さ、島から戻ってきたあと、うざったいぐらいに〈双腕(デュアルグローブ)〉に出会った、出会ったって喜びまくっていたよな。罪滅ぼしとかほざいているやつがそんなにバカ喜びするわけがねぇ」

「……」

 図星なのかアリーは無言だった。

「落第者を作った一因が自分の父親にあるから罪滅ぼししたかった。今のお前はそんな言い訳をして、悔しかったことから目を逸らして、やつあたりしているだけのくそったれだぞ」

「……そうよ。私はこんな再会なんてしたくなかった。もっと感動的なドラマチックな再会がしたかったの。あんな最悪な再会なんてしたくなかった」

「何度も言ってるだろ、冒険者にハッピーエンドはねぇよ。あるとすれば全てを手に入れた時だろうな」

 分かり切っていたことをディオレスに言われ、アリーはふくれっ面ながら、それでも納得する。アリーはディオレスの過去を全て知っているわけではない。それでも改造者(チーマー)から、元の冒険者に戻った過去を持つぐらいは知っている。そこに壮絶な犠牲があったことも。だからこそ、その言葉には重みがあった。

「なんとなく分かってたわよ……ろくな再会をしないだろうなんてこと」

「で喚き散らしてすっきりしたか?」

「ええ、少しね。でも素直には喜べない」

「どういうことだ?」

「罪滅ぼししたいとは多少なりとも思っていたのよ。私が父さんの代わりに、なんとかしてあげなきゃって思ったの」

「で、最終的には一緒に修行するのが楽しくなってきたんだろ?」

「ええ、悪い?」

「悪くねぇよ。だからこそ、罪滅ぼしなんて言うな。レシュリーは恨んでなんかいない、むしろ喜んでいた。ありゃ、きっとお前に惚れてるよ。じゃなきゃ探そうなんてしない」

「嘘よ」

「どうだろうね」

「それよりも……私はどうすればいい?」

「そうだな。俺の計画は狂わないのは確かだが……時間的には狂わざるをえない。お前がランク2だからな」

「悪かったわね」

「べつに悪いとは言ってないし、思ってない。お前がこうして生きているだけで万々歳さ。時間は一ヶ月伸ばすとして、お前の経験の底上げやらを兼ねて……改造屋(チーター)狩りにでも行ってみるか」

「いいわよ。それで」

「その前に、謝っとけよ」

「それは気が進まない」

「自業地獄ってやつだ」

「自業自得って言いたいの?」

「それよりももっとひでぇ。自分のしでかしたことが、地獄のような惨事になるんだからな」

「バッカじゃないの」

 嘆息しつつもアリーは自分の部屋を出た。


 ***


 アリーが何かに呆れながら、出てきた。

 けれど僕と目線が合った瞬間、顔を背け、僕も若干落ち込む。

「えっと……その、悪かったわね。いろいろ……。会いに来てくれてありがとう」

 それでも、そう言われて報われた気がした。あれ……何に報われたんだろう。何でもいいや。

 アリーの微笑がどうでもいい気分にさせてくれる。

「さてと、それじゃあ、俺たち四人で改造屋(チーター)狩りに行くぜ。当然、改造者(チーマー)も出てくる」

「拒否権はないのでござるな」

「ねぇな。異論も認めない」

「レシュリーも仲間なのでござるな」

「おうよ」

「拙者に見極めろと言ったのはそなたでござったが?」

「それ、もういいや。こうしてアリーも戻ってきたし、今からこいつクビにしても仲間が集まらんし。それにランク3をクリアしたんだ。十分だろ。それともなんだ、コジロウ。レシュリーはお前のお眼鏡にかなわなかったのか?」

「そんなことはないでござる」

「なら、こいつは仲間でいいじゃねぇか」

「そんな感覚で僕は仲間入りですか……」

 ディオレスの調子についていけない……。

「そうだ。俺がいいって決めたら、いいんだよ。それともなんだ。俺とは居たくないってか? だとしたらアリーともお別れだな」

「別に嫌だとは言ってないですよ」

 その慌てぶりを見て、ディオレスは笑う。

「思ったとおりみてぇだな、アリー」

「少し黙れ、カス」

「少し言葉が乱暴じゃねぇか?」

「いいから黙れ」

「それよりも、改造屋(チーター)狩りでござろう?」

「そうだったな。一応、お前らがでかけてた間に賞金があがった奴らを狙う。俺がでしゃばると低ランク者の経験値を奪っちまうから、遠慮していたが、さすがにそろそろ、放っておけないレベルだ。エクス狩場に向かうぞ」

「えくすかりば……ってなんですか?」

「狩場ってのは、経験稼ぎの場所、魔物があふれ出てくる場所のことだ。エクスってのは狩場の始祖。β時代にエクスってやつが、魔物があふれ出る場所に居座って狩ってたんだよ。来る日も、来る日もその場所で戦っているもんだからそこがエクス専用の狩場みたくなって、そう呼ばれるようになった」

「今、その人は?」

「死んでるよ、とっくに。その名を宿した武器は俺が持っている。今はβ時代の名残でその周辺のことをエクス狩場と呼んでいるだけだ。エクスの真似をしたやつらもたくさん居たからな。他にもたくさんの狩場があるぜ。ともかく今回向かうのはエクス狩場だ」

 わざわざ僕に説明をしてくれたディオレスを尻目に、アリーとコジロウは準備を終わらせる。僕も大した準備がないので大丈夫だ。鍛冶屋に立ち寄って防具の強化を済ませておきたいと思ったけれど、その時間はないように思えて言い出せなかった。

「さっさと行くわよ」

「まだ準備してねぇよ」

「提案者がそれってどうなのよ?」

「うるせー。狩士と女の子は準備が大変なんだよ。いいからちょっと待ってろ」

「アホくさ。先に外に出てるから」

 ディオレスが来たらお願い、とアリーが僕に言う。

「うん。分かった」

 ちょっとよそよそしいのは気のせいだと思いたい。

「拙者も先に行くでござる」

 なんだかんだでディオレスに対して薄情な気がする。かくいう僕も出会った頃からディオレスって呼び捨てにしてるし。……信頼の裏返しってことにしておこう。

「待たせたな。ってお前だけかいっ!」

「ははっ……ふたりとも外で待っているらしいです」

「なるへそ。ってことは外で馬とかと準備してくれているってことだな。師匠想いのいい奴らだ。よっしゃ、行くぞ。ヒーロー」

 頷き、僕は後に続く。外に出ると、アリーとコジロウが壁に背を預けて、待っていた。

「お前ら……なんで馬を準備してねえんだよおおおおおおおお!!」

 外に出た途端、ディオレスは叫ぶ。

「なんでって……フツー、提案者がしておくものでしょ」

「同意にござる」

「なっ……なあ、たまには師匠の役に立ってあげようとか思わない? 感じない?」

「思わないし、感じない」

「同意にござる」

 こ、これは信頼の裏返しだよね? 僕は正直戸惑っていた。ディオレスが嫌いなら弟子になんてなってないはずだし……。

「まあ、いい。確かに提案したのは俺だ。だから俺が準備しておくのが当たり前だ……だから実は既に用意している。準備万端な俺。尊敬しろ!」

「しないわよ」

「同意でござる」

「ヒーロー……お前は尊敬してくれるよな」

 そんな目をされても対応に困る。これはなんだろう、ディオレスの歓迎の仕方なのだろうか? アリーを一瞥してから、

「尊敬しないです」

「それでいいわよ、ヒーロー。調子に乗らせたコイツはゲス以下だから」

「アリー、やっぱ少し言葉が汚くなったな」

 ディオレスがそんなことを言うなか、僕はひとり感動していた。アリーがきちんとヒーローとそう呼んでくれたことに。たぶん、レシュと呼ぼうとしたことがわかった。呼ぼうとしても置換されるのが、この仮面の効果だ。

 アリーも少し照れくさかったのか、顔を少しだけ朱に染めていた。

「何よ……?」

 じろじろと見ていたせいかアリーが僕の視線に気づく。

「何か文句あんの?」

「いや……別に。というか全然ないよ」

 照れるアリーを見て僕は自然に笑顔になっていた。

「……ディオレス! さっさと飛空挺、呼んで!」

 気に食わないのかアリーは話を逸らして、ディオレスを怒鳴り散らした。

「言われんでももうすぐ来るっつの!」

 同時に、僕たちの頭上を大きな影が覆った。


 ***


 エクス狩場のすぐ近くに小さな酒場がある。ミキヨシ・ホクト、通称ミキが経営している。

 そこを棲家にしているのは、アエイウ・エオアオと、その一味だった。まるで妖艶な女主人のような風貌のランク5のエリマ・キリザードがカウンターに座り、この店のマスターミキがエリマの好みに合わせたカクテルを出す。ミキは青髪で、顔つきは女っぽいが、男であった。

 エリマが満足げにカクテルを一口飲むとともに、ふたりのいる一階の真上にあるアエイウの部屋が揺れる。

「毎回思うんですが、アエイウさんは女性を連れ込んで何をしているんですか?」

「そりゃ、矯正かな?」

「……矯正? 一体何をです?」

「性格……とか? PKしてた冒険者らしいけど、まずはそれを矯正しているのさ。別のことで上書きすれば性格も丸くなる、って寸法さ」

「??? ……意味がよく分かりませんよ」

「ひとつ聞くけど、あんた、島できちんと勉強したのかい?」

 ミキは原点回帰の島出身の冒険者だが、ランク3で挫折し、商人になった男だった。もちろん、有事のときには戦えるように鍛錬は積んでいるし、実際、アエイウの経験値稼ぎに付き合わされることもある。

「何のですか?」

「……身体の構造の講義とか、さ」

「それなら、二回しか講義を受けれませんでした。講義が必修じゃないからサボったというわけではなく、本当は本当は最後まで受けたかったんですが……その時期、丁度陰追者(ストーカー)に付きまとわれていたんです」

「女の?」

「いえ……それが……男のです。講義に行こうとするたびに妙に体を密着させてくるので……逃げ回ってました」

だから初心なのだとエリマは理解しながらも、こうからかう。

「確かにミキ、そういう奴らに好かれそうな顔立ちではあるもんねえ」

「もしかしてそれでボクは男なのにアエイウさんに気に入られたんでしょうか?」

「……かもね」

 エリマの同意が嘘とは思えず、ミキは意味も分からず身震いしてしまう。

「嘘だよ。冗談」

「……でもだったらどうしてアエイウさんはボクを?」

「直接聞いてみたら、どうだい?」

 エリマは面白げに笑う。そうしたら、どうなるのか、少し楽しみにしているような、悪意のある笑みだった。

「なーんか、抵抗があるんですよ。アエイウさんってすごい疲れてますし……」

「だから気遣ってなかなか訊けない?」

「そうなんですよ」

 その答えにエリマは少し残念げに、けれど少し安心した。

「だったら訊かなくてもいいじゃないかい。どうせ訊いても呆れるような理由さ」

「まあ、そうかもしれませんね」

 同意するようにミキが頷いた。

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