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tenth  作者: 大友 鎬
第7章 放浪の旅
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飛空艇編-19 復讎


 19


「さて、じゃあ食べようか」

 宿屋の受付をし終えた僕がそう言うと、ルルルカが盛大に頷き、いただきます、とアルルカがか細く呟いた。

 僕が受付に行く前にすでに注文は終えており、全員が座る円卓には各々の料理が並んでいる。

 モッコスは一気にメラリー酒を飲み干す。素人が手を出すと火を吹くといわれるほどアルコール濃度の高い酒だが、その手のものに強いモッコスには水のようなものだった。

 すぐさまおかわりを注文すると、焼きクレアデスピラニアス(東海凶暴牙魚)が刺さった串ごと丸かじりする。クレアデスピラニアスは東クレアデス海に生息する魔物で魚どころか人間すらも食い殺す、獰猛な魚だ。大きなもので60cmぐらいあり、捕まえたあとも口輪で口を固定しないと腕を噛み砕かれることもあるらしい。

 肉質は一般的な魚ではなく肉の歯ごたえ。海の獣肉と呼ばれるぐらい肉の感触に似ている。

 野蛮で粗暴な魚を、豪胆かつ大胆に食べるモッコスの前にはその焼きクレアデスピラニアスが山盛りで置いてあった。

 モココルが頼んだのはグフー(毒海豚)の刺身。グフーはイルカに似た魔物だが、イルカや幸運を呼ぶといわれているエンゼルドルフィン(幸運海使天豚)と比べると獰猛で、獲物を見つけると、潮吹きのように毒を吹き、怯ませた、もしくは弱らせた瞬間に頭突きを食らわしてくる。

 捕まえるには頭突きをされるまえに目の上あたりのこぶを叩く必要があり、その難易度から高級食材に指定されている。

 捕まえたあとも一苦労で、身体に持つ毒袋を破かないように取り除かなければ、致死量を持つその毒がグフーの身を汚染する。その苦労もあってか、食材の値段は職人の減少に伴い、高騰を続けている。

 僕が今回も奢るとはいえ、それを躊躇なく頼むモココルは案外悪魔のように腹黒いのかもしれない。

 それはともかく、グフーの刺身を食べたモココルは天使のような笑み。

「食べてみますか~?」

 勧められて僕も一口。ルルルカたちもモココルの笑顔に釣られて次々と箸をのばしていく。

 口に入れると同時にバターのように蕩ける。自らが頭突きを繰り返した結果、肉質が極限まで柔らかくなったのだ。やがてやってくるのは旨味。ただただ美味い。

 その旨味がなくなり、物足りなさを感じる瞬間、ピリリィと刺激がやってくる。

 グフーが全身に持つという微量の麻痺毒の成分だろう。それがいい具合に物足りなさを埋めてくれる。空中庭園に伝わる山葵という食材もピリリィと辛いといわれるが、それに似ている。

 二段変化の味にモココルが笑顔になる理由も分かる。

 ルルルカとアルルカは姉妹らしく、同じものを頼んでいた。美味しそうな匂いが漂ってくる。

 ――瞬間、酒場が揺れた。

 姉妹が食べようとしていた、クレアデスサーモングラタンも、モココルのグフーの刺身も、焼きクレアデスピラニアスも、円卓が倒れると同時に床に落ちる。

 僕の注文していたクラブオブクラブ(棍棒蟹)のパスタやヴィヴィのデーモサーモン(魔笑鮭)定食も一口も口をつけることなく床に落ちていた。

 挙句、僕の頼んでいたココアが調味料のようにそれらの料理に降りかかり、3秒ルールが存在していたとしても、どうにもならない状況を作り上げていた。

「何が起こったんだ?」

 確認しようと周囲を見やった瞬間、

「グジリーコ! いったい何が?」

 近寄るとグジリーコには凍傷や切り傷があった。

「分からないが、当然のように報復かもしれない。依頼主から見れば、私は当然裏切り者のように見えるだろう」

 それはそうかもしれない。しかも、僕たちと一緒にエンドレシアスに戻ってきたのだ。

 その姿を見られている可能性も高い。

 その可能性を鑑みるなら、僕たちは一緒に戻るべきではなかったし、きちんと護衛すべきだった。

「すいませんがその人から離れてください」

 そう言って2階から降りてきたのはコレイアだった。後ろにはミッザーハとトトイナの姿があった。

「どうして……!?」

「ゴジライの仇です!」

 コレイアは涙ながらに言った。

「嘘だ」

 ゴジライの死を知っている僕は言う。グジリーコは何も語らなかった。

「あなたも騙されているんです。ゴジライを穿った穴は剛弓師が開けたものだとあの人は言っていました」

「それは違う、あれは……あれはセイテンの尻尾によるものだ」

「……なんで分かるんですか?」

「僕が見ていたからだ」

 僕は白状する。

「じゃあ、見殺しにしたっつーのかよ?」

 後ろにいたミッザーハが怒鳴る。

「見殺ししたわけじゃない。僕は【蘇生球】で蘇生を試みようとした」

「どうなったんですか?」

 コレイアの真剣な眼差しが僕を射抜く。

「彼に、グジリーコさんに邪魔をされて、使えなかった」

「じゃやっぱりゴジライを殺したようなものじゃないか、コイツが!」

 トトイナの悲痛な叫びが、グジリーコに向けられる。

「それは違う」

 僕は言うしかなかった。

「邪魔されなかったとしても、僕が【蘇生球】を使えたとしても、生き返ったかは分からない」

「それでも、可能性があったのは確かだろ。それを潰したのはコイツだ」

 ミッザーハの糾弾は的を射ていた。

「だとしても、彼は……」

「どうしてあなたはこの人の肩を持つんですか!」

「僕は……」

 言葉に一瞬だけ詰まる。それでも言う。

「彼には事情があった。それにキミたちのはただのやつあたりだ。直接的な原因はグジリーコさんじゃない。なのに、キミたちは身近にいた彼に、ゴジライへの償いをしようとしている」

「それの、どこが悪いことなんですか!?」

 刹那、言葉に詰まりながらコレイアは叫ぶ。言葉に詰まったのは、どこか間違っていると分かっているからだろうか。やり場のない怒りを、どうしようもない悲しみを解消するために、グジリーコを殺そうとしていると気づいているからだろうか。

「もういい。こいつらまとめてやっちまおうぜ」

 怒りと悲しみで冷静さを失い、ミッザーハは言う。

「ヴィヴィが助けた命を、無駄遣いするなよ」

「ゴジライを見殺しにしたお前が言うなっ!」

 言ってミッザーハは僕へと向かってきた。

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