飛空艇編-18 接骨
18
「何事かと当然驚いたが、すごいことだな……」
岩陰から這い出たグジリーコがレシュリーに声をかける。
「うわっ、なんでいるの?」
いるとは思わなかったグジリーコの姿にレシュリーが驚く。
「なんでも何も、この近くに流されてきただろう?」
「そうか……それで……でも何にしろ好都合です。事情を聞いてもいいですか?」
「依頼主について話すことは何もない」
「それについてはもういいんです。それよりもあなたの家族のことを教えてください。救うために」
「……分かった。だが、当然仲間と合流するのだろう? だったら歩きながらのほうが当然効率がいい」
それもそうですね、そう言ってレシュリーは歩き出す。
歩いてしばらくして、ルルルカたちがやってきた。どうやら無事に殲滅士を倒したことにレシュリーは安堵する。
「ぶらーんってなってるの!」
改めて気づいたと言わんばかりにレシュリーの折れた片腕を見て、痛そうに叫ぶ。
「まあ、ヴィヴィに治してもらうよ」
「さっきから気になっていたんですが、その人は~?」
レシュリーの折れた片腕を凝視することもなくモココルはレシュリーの後ろにいるグジリーコを見やる。そこには警戒の瞳があった。
「この人は諸事情で僕たちを狙っていた弓士の人」
「正確には剛弓師だ。上級職だ」
「上級職!? それどうやったら成れるの?」
レシュリーを含めた全員が驚き、代表するようにルルルカが声高に問いかける。
「一般的にはランク7になったら、と言われているが、私は才覚のお陰だ」
「根堀葉堀聞くものじゃないよ、ルルルカ」
グジリーコの才能のことすら尋ねようとするルルルカをレシュリーは止めた。
才覚のお陰、としか説明しなかったグジリーコはそれ以上のことを話すつもりがないだろうと、レシュリーは察していたからだ。
「それより、狙っていた人がなんで、レシュリーさんと一緒に?」
「どうやら誰かに雇われていただけらしいんだ。彼には彼の事情があるから、救うことにした」
「なるほど……」
それだけでアルルカは納得してしまう。
「当然、理解不能だと思ったが、どうやらお仲間も毒されているみたいだな。当然だがありえないぞ、こんな状況。命を狙っていた冒険者を許して、挙句に助けようとするなんて」
「でも、それがレシュリーさんなんですよ」
アルルカが言う。ルルルカも納得している。
「当然、理解できん……」
グジリーコはそう呟いて、押し黙る。
そのまま5人は歩いてヴィヴィと合流を果たす。
そこにはヴィヴィとモッコスしかいなかった。
「随分とすごいことになっているな」
ヴィヴィがレシュリーを見て苦笑する。
「ちょっと手強くてね。でも素材は手に入れたよ。それよりも他の人は?」
何も言わずヴィヴィは癒術の詠唱を始める。
「ガハハ、ゴジライくんの遺体のところですぢゃ」
詠唱しているヴィヴィの代わりにモッコスが応える。
「彼を救えなかった……」
「でも生意気で身勝手だったと思うの」
ルルルカが言う。悪口にも思えるそれはレシュリーを少しでも気休めようとしてのことだった。
「それは関係ないよ……」
【接骨】が発動し、レシュリーの骨折が治療される。
「キミは相変らずだな」
治療を終えてヴィヴィは呆れる。
「ゴジライは確かに死んだ。けれど他の3人はキミが救った。キミが今日、ここに来ようとしなければ、ゴジライだけじゃなく他の3人も死んでいた。つまり、キミは死ぬはずだった4人を3人も救ったんだ」
それは気休めでしかない。そういう問題でもない。
けれど、そうやって労わってくれる仲間がいるのだから、レシュリーは無理にでも立ち直らなければならない。
「そっか。そうだよね。頭では分かってるつもりなんだ。でもいつもうじうじと考えてしまうんだよ」
ダメだよね……このままじゃ……、レシュリーは落ち込みながらも立ち上がる。
「帰ろう」
レシュリーは言った。
ゴジライのそばにいる3人に声をかけなかったのはかける言葉が見つからなかった、というよりも別れを惜しむ3人に自分たちのような異物が入ることを良しとしなかったからだ。
3人が魔物に襲われる可能性はなくはないのだが、それでも魔物がほぼ殲滅した地域に、脅威が残る地域に魔物が無鉄砲に近づくとは思えなかった。
連戦に次ぐ連戦で全員の疲労はピークだった。
それでもレシュリーは疲れを見せずに、グジリーコの事情を聞く。
グジリーコの妻のこと、娘のこと。そしてどこにいるのか。
それらを聞いたあと、レシュリーはやはり、グリジーコの雇い主を聞くことはなかった。
グジリーコも話すことはなかった。当然と言えば当然だが、依頼主を喋るような、すぐに鞍替えするような冒険者ではないのだ、グジリーコは。
それでもレシュリーに対して罪悪感がないとは言えない。
妻も娘も救ってもらうのに、何もしない。それでいいのか。
たぶん、それでいいのだろう。レシュリーは何も求めていない。
レシュリーとのわずかな邂逅で、グジリーコは理解してしまっていた。
私も毒されてしまったのか。苦笑したあと、ふと笑みが零れた。
「ご苦労様です! よくぞご無事で!」
「倒しておいたよ」
レシュリーは言ってセイテンの尻尾を見せる。
「すぐにご報告してきます!」
門番はよほど嬉しかったのか、門の番を忘れて駆け出していく。
「じゃ、約束通り夕飯を食べるの!」
エンドレシアスに着いた頃には日は傾いており、橙色の光が街を照らしていた。
「そうだね。グジリーコさんもどうですか?」
「当然、断る。仲睦まじくしている理由もないだろう。私はさっさと寝ることにする。お前たちは今日はここにいるんだろう?」
グジリーコはレシュリーに感謝しているものの、素っ気無い態度を取った。
当然、レシュリーもそれがグジリーコなりの配慮だと理解していた。
「ええ。今日はここで過ごして明日、一緒にグジリーコさんの問題を解決に行きましょう」
そう言ってレシュリーたちとグジリーコは別れた。
とはいえ、すぐにレシュリーたちとグジリーコは邂逅を果たす。
グジリーコが選んだ宿屋は1階に酒場を兼ねる一般的な場所で、レシュリーたちもどうせ宿泊するのだからとその宿屋を選択していた。
宿屋の受付をしていたグジリーコはレシュリーが現れたことにかなり驚いていたが、こういう偶然も当然あるだろうと苦笑して、会釈だけして部屋に引っ込んでいった。




