飛空艇編-13 氾濫
13
「ブヒヒヒー!」
荒い鼻息とともに、ブヒブヒはラミィアンを睨みつける。
「避けられてるべ。どういうことだべ。きっちり仕事しないとお金は払わないべ」
矢継ぎ早にブヒブヒはラミィアンを責め立てる。
「ちょっと予想外なんだけど……」
臭い口臭に辟易しながらラミィアンは驚いていた。
殲滅技能で、殲滅させるどころか誰一人倒せないとは思いもしなかったからだ。
「けどまあ、次はきっと避けれないんだけれど……」
そう言ってラミィアンは黒曜石の怪樹杖〔滅せよ、ジジライカ〕を掲げ、レシュリーに狙いを定める。
剛弓師を倒したことを知らないラミィアンはレシュリーがなぜ、自分のほうではない、見当違いの方向に行ったのか分からない。けれどそれはラミィアンにとっては些事。どうでもいいこと。
その後、レシュリーが北に向かったのは【土の豪雨】のなかにいた冒険者を倒した敵が、北にいるからとラミィアンが理解できたのは自分でも視認できたからだが、それも些事。どうでもいいこと。
重要なのは、レシュリーを倒さなければお金がもらえないこと。
だからラミィアンは放つ。
途端、レシュリーへと襲うのは水の奔流。
ルルルカたちと合流し、セイテンと戦いはじめてもなお、レシュリーは他にも敵がいることを警戒していた。
それでもなお、殲滅技能の威力は凄まじく、反応が遅れていた。
あたり一面、平面だったその草原が一気に湖と化す。術者から押し寄せる津波によって。
殲滅技能【水の氾濫】だった。
レシュリーは先ほどと同様【転移球】を握り締め、何かを探していた。
おそらく【水の氾濫】に巻き込まれた仲間だろう。とラミィアンは推測していた。
その一瞬が命取りなんだけど、とラミィアンはほくそ笑んだ途端、寒気。
レシュリーと視線が合う。
そこで気づいた、レシュリーが探していたのは仲間などではない。
自分だ、と。
瞬間、ルルルカたちがラミィアンたちの目の前に現れる。
レシュリーが握っていた【転移球】は囮。
【水の氾濫】が発動したと同時にレシュリーはルルルカたちを空中へと退避。
地上へと落下する前に、ラミィアンを見つけたレシュリーは【転移球】で空中のルルルカたちをラミィアンへと送り届けたのだ。
そういえば、とラミィアンは思いだした。レシュリーは〈双腕〉であると。
けれどだからと言って厄介だと思ってはいなかった。所詮、ふたつ作れる程度だと。
それはラミィアンの油断。だからこそこの可能性が脳裏に浮かばなかった。
手に持った【転移球】が何か当たらない限り、レシュリーは何もできないと思いこんでいた。
ラミィアンは舌を打つ。
ブヒヒヒィ、恐れおののきブヒブヒがしりもちをついて後ずさる。
ただ、レシュリーとしてもラミィアンを見つけるのを優先させたがために、【水の氾濫】に巻き込まれていた。
もちろん囮とした【転移球】を使い空中に脱出したつもりではあった。
セイテンの邪魔がなければ。上に逃げるだろうと予測していたのか、それとも野生の勘だとでもいうのだろうか、セイテンの延びる尻尾がレシュリーを下へ叩きつけていた。
冒険者の意地で尻尾を掴み、一緒にセイテンを巻き込んだレシュリーだったが、水の奔流に圧され、流されていく。
ラミィアンはルルルカたちに任せるしかない。
レシュリーはセイテンを警戒しつつ、脱出すべく意識を保つ。
***
「さあ、覚悟するの!」
ルルルカは本能的に目の前の女性が敵だと理解した。
たぶん、【水の氾濫】を使ったのが目の前の女性だろう。
「あー、困ったっぽいんだけど」
10本の匕首を首筋に向けられてラミィアンは笑う。
言葉に反して困っている様子はない。
「警戒したほうが良さそうだねぇ~」
モココルの緩やか声にはラミィアンの危なさを警戒する鋭さがあった。
殲滅士は接近されれば成す術はない、が一般的な考え方だ。
だから殲滅士は護衛を雇うか、接近されれば一目散に逃げ出す。
けれどラミィアンはどちらもしていない。
一見、護衛のように見えるブヒブヒはしりもちをついている。
「ブヒヒ、ラミィアン、ラミィアン! ルルルカたんとアルルカたんがこんなに近くにいるべ。やっぱり運命の糸で結ばれてるんだべ」
途端、ブヒブヒがそんなことを叫び始める。鼻息は荒い。
「気持ち悪いの!」
「はじめて人を気持ち悪いと思いました」
「ブヒヒー、そんなプレイなんて望んでないべ。オラとふたりは愛で結ばれているんだべ。だからそんなこというふたりには調教が必要だべ」
ブヒブヒは怒り出したかと思えば、突然、興奮しはじめる。
ブヒブヒの脳内では姉妹を好き勝手している妄想が繰り広げられていた。
「最悪なの!」
ルルルカがあまりの気持ち悪さに匕首をブヒブヒに向ける。
途端、ラミィアンが動き出す。それは殲滅士とは思えない動きだった。
同時にルルルカには何が起こったのか理解できなかった。
いきなり自分の体が吹き飛ばされていた。
「最悪なのは分かるんだけど。困ったっぽいことにこいつ、雇い主だから殺されたら困るんだけど」
先ほどルルルカがいた位置に立っていたラミィアンがそう告げると、姿を消す。
次は自分の番だ、と察したアルルカはラミィアンから放たれる殺意だけで、軌道を読み魔充剣タンタタンでそれを防ぐ。
刀身が軋む。鈍らだったら折れていた。さすがは祖父の銘をもつ剣だと感心するとともに、直撃を受けた姉の傷が心配になる。
刀身を軋ませた攻撃の正体は拳。杖を握っていたはずの右手による痛烈の一打。
「あなた、改造者ですね……」
アルルカがそう判断した理由は簡単だった。ラミィアンの肘には機械じみた穴が空いていた。
「そ、独り身の殲滅士っていうのは何かと不便っぽいんだけどそれでも一人でやってくなら、こういうの必要っぽい」
「理解できません。そこまでする理由なんて……」
「理解してもらう必要なんてないんだけど」
気に食わないと言わんばかりにラミィアンは右腕に力をこめる。
途端、右ひじの穴から蒸気が噴射。勢いを増した右腕が刀身ごとアルルカを吹き飛ばす。
それを受け止めたのはルルルカ。
「ありがとう、姉さん。それよりも怪我は?」
「問題ないの! それよりもさっさと倒すの!」
「なんかそういうのむかつくから、あんたらから倒すことに決めたんだけど文句ある?」
言ってラミィアンはモココルを無視して、姉妹へと向かう。
モココルもラミィアンをふたりに任せるつもりなのだろう、未だしりもちをつくブヒブヒへと向かっていく。
「ブヒヒ、お前! ふたりを殺しちゃダメだべ。それにオラの護衛も忘れるな! ほら、どうでもいい女がきてるべ」
「もう面倒臭いんだけど」
ラミィアンはブヒブヒの命令を無視して、ルルルカたちへと向かう。




