飛空艇編-12 嘆願
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レシュリーの放った鉄球は、超遠距離にいるグジリーコを的確に捉えていた。
当然、そんなバカなことがあってたまるかとグジリーコは胸を強烈に殴打されながらも思う。
けれど事実、グジリーコは【剛速球】によって、骨が折れ、その骨が心臓に突き刺さっていた。
致命の傷。
ここで負けるわけにはいかない。
グジリーコは呆然と空を眺めながら思った。
自分が仰向けに倒れていることになんて気づいてなんていない。
お金がいる。
待っている家族がいる。
幸せはようやくここからなんだ。
グジリーコは誰に聞かせるでもなく呟いていた。
グジリーコには愛すべき妻と子どもがいた。
子どもは病弱で、薬を常飲しなければすぐに体調を崩した。
薬は高かったが、それでもグジリーコは結婚したときにはランク5だったし、お金には困ってなかった。
ランク6になって才能のお陰で上級職に就いて、それでお金稼ぎも楽になり、収入も随分と増えた。
けれど薬の費用はグジリーコに裕福な暮らしを与えてはくれなかった。
妻や子どもに裕福な暮らしをさせたい。
幸せよ、と言ってくれる妻の当て布だらけの服を見るたびにグジリーコは申し訳なくなった。
だから幸せを求めた。
幸せを求めて、封印の肉林に挑んだ。ランク7になればきっと裕福な暮らしができる。
そう信じて。
それは幻想だった。
世界は、甘い夢さえ見させてくれない。
グジリーコは封印の肉林に閉じ込められ、生きるのに必死になった。
封印の肉林に生えるまずい草を調理し、時には腐り果てた冒険者の人肉を焼いて食べた。
そうして解放されたとき、グジリーコに待っていたのは幸せではなかった。
子どもは存命していたが、薬を投与されながら寝たきりになっており、妻は子どもの薬を手に入れるために貴族の愛人になっていた。
だから金がいる。
金を払って、妻を解放し、さらに子どもも救う。
アンジェリッテ、ジュリエッタ。ふたりの妻子の名を呟く。
死ぬわけにはいかない。
それでも死ぬんだろうな、とグジリーコはどこか達観した気持ちでもいた。
諦念かもしれない。グジリーコは薄々気づいていたのだ。
考えても見て欲しい。上級職でランク限界までレベルを上げた彼がどうして、ランク7になるための試練、封印の肉林をクリアできなかったのか。
その一番の要因は〈早熟〉ゆえにレベルアップは早くとも上昇値が低いからだった。レベル1000を超えていても下手をしたら通常のレベル500にも能力値的に敵わないかもしれない。
なのにグジリーコはレベルが高いこと、上級職であることに慢心して、技術を磨かなかった。
そんな男が封印の肉林をクリアできるはずもない。
だから世界に見放されたのだ。
けれどそんなのってないだろう、グジリーコは死の淵、絶望の淵で泣いていた。
「私のことは当然どうだっていい……。だから妻と子を救ってくれ……」
神に願う。無神論者の彼も、こんな状況になってようやく神に縋る。
でも神は答えない。
「……キミが反省し、罪を償うというなら……僕はあなたの妻子も、あなただって救ってみせる」
代わりに救いの手を差し伸べたのはレシュリーだった。
死に際の身の上話を聞いて、殺意は失せていた。
咄嗟の嘘には思えなかった。現に彼は戦意を失っている。
「当然なら、敵にそんなことはしない……何か、当然裏があるんだろう?」
「そう思いたければ思えばいいよ。僕は、そんな事情で人殺しをせざるを得ない人を救えるなら救いたいだけだ」
「そんな甘い……言葉、当然ながら信じられない」
そうやって突き放しても、レシュリーは救うと決めた人を簡単に突き放したりしない。
【回復球】がグジリーコに消えていく。
微量だが回復されたことでグジリーコのレシュリーに対する警戒が解けていく。
「なぜ、そこまでするのだ……」
「僕は救いたいと思った人を救いたいだけだ。あなたがPKじゃないと分かったし、お金で解決するならそのほうがいいでしょ?」
「メリットなんて……何もない」
「そんなことは考えてないよ。いや……本音を言ったら、あなたの雇い主の情報が欲しい」
「交換条件ということか……それなら当然、取引しやすいが、雇い主は裏切れない。当然のことだろう?」
「そっか。ならそれでもいいや」
レシュリーはそれでもグジリーコに【回復球】を連続で放る。
「……なぜ?」
「取引できればいいというのは本音だけれど、別にできなくなっていい。だって僕は救いたいと思ったから救うだけだ」
「理解不能だ……」
「あなたがどう思おうが関係ない。とりあえず応急処置は済んだからここに隠れておいてください。事が済んだら……詳しく事情を聞かせてください」
そう言ってレシュリーはルルルカたちのもとへ向かう。
「なんなんだ……あいつは……」
そう呟いてグジリーコは岩陰に身を潜め、体力を養うために静かに眠りに入った。




