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tenth  作者: 大友 鎬
第3章 見放されるのは命
16/865

正体

 5.


 立っていたのは試練終了後に訪れる宝石の積まれた部屋。

 山積みにされた赤褐色の宝石“見放されるのは命”をひとつ手に取っても、僕の目はどこか虚ろで嬉しさはなかった。

 僕はアリーに会いたかった。

「行くでござるよ」

「どこに?」

「隣の部屋に捕らえられていた冒険者は転移するのでござる」

 気を利かせたようにゴジロウは言葉は紡ぐ。

「アリーもそこにいるでござる」

 僕の顔は晴れやかになり、駆け足で扉をくぐる。


 ***


 レシュリーたちが転移された部屋に残されたのは気絶していたハイネルだけだった。気絶しているアリーンはアエイウに背負われ、問答無用で隣の部屋に移動させられていた。

「断罪を!」

 ハイネルが虚ろな目を開け、辺りを見渡す。自分が気絶させられたことを思い出しクリアしていることに舌を打つ。

 さらに違和に気づいた。試練にはいなかった、場違いな馬に跨る黒騎士がいた。

「ヒャヒ、なんだ、てめぇは?」

「名などどうでも良い。我はお主に罰を与えに来た」

「罰? 悪いことをした覚えはないね」

「自覚がなしか。まあ良い。お前に罰を下す」

「どんな罰だよ?」

「死」

「ヒャヒヒ、冗談きっついねぇ」

 ハイネルが短戟〔勇猛なる獅子カバブー〕と墜竜槍〔猛々しいグシャーオン〕と構えると黒騎士は光剣〔忌まわしきヂェダイ〕を構えた。

「刃のない剣でどう戦うつもりだ」

「笑止。見せてやろう」

 光剣〔忌まわしきヂェダイ〕の刀身が黒く光り、その後、すぐに消える。

「ヒャヒ、見えない剣ってわけか」

 ハイネルは驚いたものの、状況を見据える目は冷静といえた。

 まずは足を奪おうと、短戟〔勇猛なる獅子カバブー〕と墜竜槍〔猛々しいグシャーオン〕で黒騎士の乗る馬を突き刺す。ところが、そこでハイネルにとって予想外のことが起きる。その馬の体躯には傷ひとつつかぬどころかすり抜けたのだ。

「ヒャヒ、なんだよそりゃあ!」

 幻影馬〔不毛なる勇気スレイプニル〕の体躯は搭乗者以外触ることができない。

 そんな説明を当然するわけもなく、黒騎士はその無敵たる愛馬に跨り疾走! 光剣〔忌まわしきヂェダイ〕の刀身をわざと見せたまま、ハイネルに襲いかかる。

「俺をなめやがって! 引きずり降ろしてやるよ」

 振り下ろされる光剣を剣壊剣〔気分屋ウェザー〕、剣壊剣〔予測屋ヨシヅェミー〕で受け止める。

「ヒャヒヒ、このままそのご自慢の剣を折ってやる」

「無駄だ」

 光剣〔忌まわしきヂェダイ〕の刀身が横に伸び、刀身が広がる。剣壊剣は中央を開けたふたつの刃で構成されており、そのふたつの刃の間、中央に敵の刃を入れ、てこの原理を用いて折るのだが……その中央へと嵌った光剣は刀身を広げることででふたつの刃よりも肥大した。中央に収まらなくなるほどに広がりつづける刃に圧倒された剣壊剣のふたつの刃が折れる。

「くそったれ」

 広がった刃を辛うじて避けたハイネルは短銃弓〔名前負けするドラゴンサンウ〕から矢を連射。

 しかし当たった矢は、黒騎士の鎧に弾かれるだけだった。それでも乱射しつつ、ハイネルは近づく。

 光剣〔忌まわしきヂェダイ〕の見える刃を避け、円月剣〔泣き叫ぶギャトゥース〕で黒騎士へと一撃。しかしその刃は脆すぎるのか、それとも黒騎士の鎧が固すぎるのか円月剣は折れる。

 慌てて短戟〔勇猛なる獅子カバブー〕と墜竜槍〔猛々しいグシャーオン〕で追撃。しかし猛々しい槍も勇猛な戟もそれを見せつけることなく、破砕。

 片手用両手持大剣〔矛盾するシュシュ〕を取り出し、大きく振り上げ、黒騎士へと振り下ろす。それを黒騎士はただ見つめるだけだった。黒兜へと突撃した片手用(ハーフ)両手持大剣(ハンデットソード)はその叩きつけた刃の部分から折れる。

 成す術をどんどん失っていくハイネル。最後に残された鉄拳〔無慈悲なまでにストレート〕で拳を覆い、黒騎士の鎧を破壊しようと試みる。

「ぐぅ」

 しかし無慈悲に破壊されたのは、鎧ではなくハイネルの拳。

「もういいだろう。罰は執行される。お前は勝てない」

「ほざけ。負けなきゃいいんだよ」

「その時点でお前には冒険者の資格はない。死ね。悉く」

 光剣〔忌まわしきヂェダイ〕の見える刀身がハイネルを襲う。

「見えれてりゃ簡単に避けれるんだよ」

「おこがましいぞ。それは見せているのだ」

 光剣を避けたハイネルに痛み。下を見ると腹が切れていた。

「うあああああああああああああっ!」

 ずれていく身体に恐怖し、ハイネルは絶叫。増長させるようにハイネルを切った見えない刀身が姿を見せる。それは光剣〔忌まわしきヂェダイ〕の既に見えていた刀身から延びていた。

「見えているものが全てだと思ったのか愚か者めっ!」

 既にハイネルは何も語らない。死んでいた。


 ***


 倒れているアリーを膝にかかえ、僕は起きるまで見守る。

 やっと会えた。

 ようやく話せる。

 話せるんだ。

「ううん……」

 アリーの色っぽい声が聞こえた。

 もうすぐ長い長い悪夢から醒めるのだ。

「ここは……」

 目を開け、仮面を被った僕の瞳を見る。目を見開き、そして顔がこわばる。

「きゃああああああああああ」

 絶叫。

 戸惑う僕を尻目に、「ぎゃあああああああああ」「うわああああああああああ」と辺りからも悲鳴が聞こえてくる。

「どうしたんですか?」

 戸惑う僕はコジロウに尋ねることしか出来ない。

「ドールマスターに敗北した冒険者は、クローンが作られる、ということは説明したでござろう」

「改まって何?」

「その捕らえられていた冒険者は次の冒険者が勝っても負けても解放される。もし次の冒険者が負けた場合、捕らえられた冒険者は、捕えられていた期間何をしていたかされていたか覚えてない。記憶は消されるでござる。しかし次の冒険者が勝った場合、クローンの記憶はそのまま引き継がれるのでござる。まるでそれが罰のように」

「じゃあこの悲鳴って」

「その記憶が脳を苛め、耐えられず叫んでいるのでござろう。多種多様な記憶が無理やり植えつけられているらしいから無理もござらん。拙者も、噂で聞いただけでござるのでなんとも言えないでござるが……これを見る限り真実でござろうな」

「そんな……」

 コジロウの言うことはおそらく本当だろう。全員がまるで罪を背負うように、罰を受けるように、涙を流し、鼻水をたらし、涎をたらし、そして叫ぶ。心身ともにボロボロにされたその状態で、それでも叫ぶ。

 そして絶叫が止まり、ぐったりとなったアリーは支える僕より先にコジロウに気づき、言った。恨むような目で。

「なんで助けたのよ」

 痛烈な記憶がアリーを蝕んでいた。

「なんで、助けたのよ!!!」

「ディオレスの計画が狂う可能性があったから、と言ったら怒るでござるか?」

「……本当にそうなら、ね」

「そうでござるよ」

 アリーは拳を振り上げコジロウを殴ろうとするが、支える僕に気づく。

「あんた……誰?」

 見知らぬ誰かに支えられていることにアリーは嫌悪を見せる。

 仮面越しの僕が僕だとは思わないだろう。当然のことだが、それでも僕は動揺を隠しきれない。

「それ、コジロウが使うはずだった保護封よね……なんであんたが?」

「拙者たちの仲間だからでござる。当然、つけているのには理由があるでござるよ」

「その保護封をつけてるんだからそりゃそうでしょ」

「その理由はアリーも知っているでござるよ」

「私が知っている? ……嘘ね。私は知らないわ」

「うーむ。困ったでござるな。かと言ってここで仮面を取るわけにはいかないでござる」

「お困りのようだなっ!」

 唐突に聞こえた声に僕たちは振り向く。アネクがそこには突っ立っていた。

「アネクか……」

 後ろにはアルとリアン。アネクは見知らぬ誰かを背負っている。

「何か困っているんだろ。助けてもらいっぱなしだから手助けするぜ」

「力を貸していただく必要はないで……いや、確かリアンと申したそなたは賢士でござったな。【絶封結界(ホリゾントバリアー)】は使えるでござるか?」

 何かを思いついたコジロウがリアンに話しかける。

「……一応、覚えています」

 コジロウに慣れていないのかリアンはアルの後ろに隠れながら呟く。

「ならば、ここで正体を明かすことも可能でござるが、ひとつ問題があるでござる」

「私が対象に含まれないとこの魔法は使えないってことでしょうか?」

 コジロウの掲げる問題にリアンが答える。

「そうでござる」

「それなら問題ないよ。コジロウ」

 僕は答える。そんなの問題にもならない。

「リアンたちにも僕の正体を明かせばいい」

「そんな簡単に済む問題でござるか?」

「そんなに簡単に済む問題だよ。リアンたちを僕は信頼している」

「……それならいいでござる」

 呆れたようにコジロウは呟く。

「でも、アネクが背負うそいつはダメだ。その人を僕は知らない」

「アクジロウはダメってか? まあいいぜ。確かにこいつは信用ならねぇ」

 アネクが笑いながら言う。信用ならないってのはたぶん冗談なのだろう。

「問題がなくなったところで始めて欲しいでござる」

 リアンは頷き、

「精霊さん、精霊さん、私の声が聞こえますか」

 リアンの口から淡く優しい祝詞の旋律が、奏でられ、しばらくして魔法は発動する。

 援護魔法階級7【絶封結界(ホリゾントバリアー)】は詠唱者と詠唱者が指定する人間のみが活動できる結界を張る。外部からの干渉は不可能で、主に密会、密談として利用されることが多い魔法だ。

 一対一の決闘などに使われる場合もあるが、決闘といえど殺してしまえば犯罪者指定されるので仇討ちなどには使われていない。そもそも仇討ちする時は大抵不意を突いた暗殺がほとんどだったりする。

 蛇足はともかく、その結界には僕にアリー、コジロウにリアン、アルとアネクが居た。指定した人間のみをきちんと指定するリアンは当たり前だけど信用できる。

 僕はその信頼に応えるように仮面を剥いだ。

「なんで……なんでキミが……」

 唖然とするアリー。

「レシュリーさんだったんですね……」

 リアンが唖然としつつ、呟く。呟けたのはリアンだけ。そういう面だけ見れば芯が強いのかもしれない。

「僕はアリーを助けに来たんだ」

 その言葉にアリーは震えた。

「嫌……嫌……」

 後退りするアリー、僕はアリーを追うことはできなかった。

「女、この結界を解きなさい!」

 僕に怯えながらもリアンを凄むアリー。

「……っ」

 その凄みに負けたリアンが結界を解き、アリーは出口から駆け出していた。間一髪で仮面を被ったことは言うまでもない。

「そんなつもりじゃなかった……」

 アリーがそう呟いた気がした。


 ***


「断罪を!」

 誰よりも早く出口から外に出たアエイウたちの前に、黒騎士が現れる。

「ガハハハハ、驚きだ。嘘吐きテアラーゼの逸話は嘘じゃなかったんだな。歴史が覆る瞬間ってのはこういうことか」

「断罪を!」

「俺さまは別に悪いことしてないだろ?」

「お前ではない。お前が担ぐ女だ」

「俺さまの女が何かしたってのか?」

 アエイウが担いでいたのはアリーンだった。

「そいつは高みを忘れ堕落した」

「前は、な。今は違うぜ」

「何が違う」

「俺さまがいる」

「何が言いたい?」

「俺さまが矯正してやる。俺さまがこいつを変えれば罪は消えるんだろ?」

「いいだろう。変えてみせろ。しかし何も変わらねば……分かるな?」

「俺さまの命もくれてやる。だが俺さまに不可能はない。俺さまはハーレムを作って、そのなかで死ぬと決めているからな」

「不純だが、志は認めよう」

「だったらとっとと消えやがれ」

「良かろう。お前とその女が出会ったのも、もしかしたら運命かもしれない」

「だろうよ。全ての女は俺さまのハーレムに加わるという運命の赤い糸で結ばれているんだからな」

 そう言葉を紡ぐ頃にはアエイウの前から黒騎士は消えていた。

「アエイウ様……」

 一言も喋れなかったエミリーがやっとのことで声を出す。

「ああ……ちくしょうが。まだ拳の震えが止まらねぇ……」

 震えるアエイウを追い越すようにアリテイシア・マーティンが出口から出てきた。何かに耐え、涙をこらえているような表情をしていた。

「いい女だな」

 気を紛らわすようにアリテイシアの姿を眺めたアエイウはひとり呟く。気丈に振る舞うその女性を、アエイウはこっそりと自分の女候補に入れたのは言うまでもない。


 ***


「おう、戻ってきたか」

 ディオレスは帰ってきたコジロウと僕をねぎらうように言った。

 合格したかそうでないかはアリーが帰ってきたことで明らかになったので、ディオレスはそれ以上は何も言わなかった。

「アリーは?」

「久しぶりに顔を見た俺を無視して引きこもりに転職(ジョブチェンジ)さ」

「そう、ですか……」

「何があった? 何かがあったんだろ?」

「何かがあったはずなのは確かです。でも僕には心当たりがない」

「アリーにあるってことか……? なるほどな。よし」

 それまで座っていた木製の椅子から勢いよくディオレスは立つ。

「俺が聞いてきてやろう」

「やめたほうが良いのではござらぬか?」

 僕もコジロウと同意見だ。

「お前ら……そんな弱腰じゃ解決に至らないぞ」

 ディオレスはそう言うとアリーの部屋の扉を力づくで壊し、侵入する。

「直しとけ」

 コジロウにそう命令するあたりなんだか格好悪い。

 覗き込むと暗い部屋だった。灯りもつけずアリーがどこにいるのか分からない。僕が入ればややこしくなりそうだと思い、それ以上覗くのをやめ、僕は一番離れた場所にある椅子に腰をかけた。

 コジロウは嘆息しつつも素早く扉を修復し、僕の近くに腰を下ろす。

「ディオレスに任せるしか他ないでござるよ」

 その口調はアリーに呆れているように思えた。

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