飛空艇編-5 爪跡
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大怪獣の爪跡はエンドレシアスを抜けないと辿り着けない。
大怪獣の爪跡はアズガルド大陸に入った亀裂で、その亀裂は山までも巻き込んだ。その亀裂はかなり大きく、まるで大怪獣が爪で抉ったように見えることからその名がついた。
東にはアズラール砂漠が広がり、南は東クレアデス海、北には爪跡に浸食され、名前すら奪われた山が連なっている。
だから西側にあるエンドレシアスから抜けるのが一番手っ取り早い。
「そこのお方、この先は大怪獣の爪跡ですがご理解しておりますか?」
「知ってるの!」
門番の問いにルルルカが答える。僕が何かを言う前にいつも先に言われているような気がする。
ルルルカがせっかちなのか、僕がゆっくりしすぎなのか。……後者にしておこう。
なんにしろ、ルルルカの言葉に僕も頷いておく。
色々と理解したうえで、そこに進もうとしているのだ。
「やはりそうでしたか。機嫌を悪くされたのなら申し訳ない。形式的に尋ねるようにしているのです。なにせ最近は、仲間を失うと、この先が危険なのを知っていたのになぜ止めなかった、と文句を言われる冒険者もおられまして」
「なんてひどいやつなの!」
「そんな冒険者がいるのか」
「やつあたりならまだしも、言わなかった責任としてお金を払え、という方もおられまして……」
「だから毎回尋ねているわけか……大変だね」
「ええ。ですから死ぬ覚悟、仲間を失う覚悟を理解したうえで進んでいただきたいのです。なにせこの先にいる大聖猿セイテンは多くの冒険者の命を奪っておりますので」
「僕たちの目的はそいつなんだ」
「……! なんと言いますか、命が惜しくないのですか……」
「大丈夫なの! なにせ、レシュリーさんは[十本指]なの!」
「[十本指]……!? あなたが……!?」
驚いた門番の顔が僕を凝視する。じっくりとその目に焼き付けておこう。そんな感じだろうか。
「信じられないですよね? 僕もなんですよ」
少しだけ微笑すると、門番は首を横に振る。
「いや、その堂々としたたたずまい、[十本指]と言われれば納得です」
門番の大げさな言葉に苦笑しか出ない。さっきまで命知らずな冒険者がやってきた、と思っていただろうに。
「ならば。大聖猿セイテンの退治をお願いします。大聖猿セイテン出現により、豊富な香草の採集が困難になっているのです。セイテン討伐はこの町の悲願! 酒場は見られましたかな? 依頼として貼り出されております。退治していただければ、報奨金もたっぷりと……」
「お金が目的じゃないから。倒すことは倒すけど、そのお金は町のために使ってよ」
言うと門番は感涙していた。
「いたく感動しました。これが[十本指]なのですね」
「まあまだ倒したわけじゃないから、喜ぶのはあとにしよう」
感動しっぱなしの門番を宥めて、僕は町を出た。
「大げさな送迎だな」
門番は大きく手を振って僕たちを見送っていた。
ヴィヴィが呆れるのもよく分かる。僕だって呆れていた。
「まあ、町の人が困っているなら助けるだけだ」
「それがキミだからな」
「さっさと倒して、ご飯食べるの!」
「ガハハハ、我輩思いつきましたぞ。食べドル冒険者というのはどうぢゃ?」
「モッコスさん変なこと言わない下さい。姉さんが検討しちゃうじゃないですか」
「ありかもしれないの!」
「考え出しちゃってるね~」
モッコスの変なアイデアをルルルカが検討し始めるとアルルカは困った表情を見せ、モココルは呆れつつも暖かい目でルルルカを見つめていた。
彼女らを随伴するようになってから随分と明るくなった。
もちろん、ヴィヴィが暗いわけではないけれど。
「さっさと行こう。対象が逃げるわけではないけれど、早いことにこしたことはないよ」
促して歩き出す。明るくなったのはいいことだけれど、そのたびに歩が止まるのは、あまりいいことではない。
話に夢中になって警戒が疎かになるのもよくはないだろう。
「すいません」
アルルカが代表とでもいうかのように素直に謝って、僕たちは大怪獣の爪跡を進む。
「誰かが戦ってるみたいですね~」
モココルが目を細めて遠くを見る。
狩士であるモココルは【危機管理】によって、それを探知していた。
森のような障害物が多い場所でも魔物の気配を捉える技能は、見晴らしのよい大怪獣の爪跡では効果が薄いように思えるが、僕たちのなかで誰よりも早くその気配を察知していた。
ゆったりしているようでもモココルはしっかりとしていた。雑談が多いルルルカたちが、今まで戦ってこれたのはモココルがしっかりしているからのような気がした。
「行こう。見た感じ、冒険者のほうがやばそうだ」
見晴らしがいいお陰で苦戦している様子がありありと見てとれた。




