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tenth  作者: 大友 鎬
第7章 放浪の旅
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飛空艇編-4 港町

 4


「ブヒヒヒ、かわいいべ。かわいい。ブヒヒヒ」

 レシュリーたちが宿泊していた宿とは違う、ユグドラ・シィルの宿の一室。異臭が立ち込める、と客からは文句が続出している部屋のなかで男は記録媒体を眺めていた。

 その記録媒体はレシュリーによって健全な運営になった戦闘の技場が収入を得るために売り出した冒険者たちの戦いを映し出したものだ。

 それは存外、高く売れた。

 ライバルになる冒険者たちの戦闘スタイルが理解できる、だけではない。

 アイドル冒険者たちが自分たちを売り込むために男受けする衣装に身を包むことも多くなり、プロモーション用の記録媒体も販売されているからだ。

 男が見ているのは、後者の記録媒体。もっとも撮影されている本人は、そういう意図で売り出されているとは思っても見ないだろうが。

 男は画面に映し出されたエウレカ姉妹の姿を見て、興奮していた。

 ルルルカは少し露出の多い、アルルカは控えめな衣装。けれどどちらも美人だ。人気が出ないわけがない。そばにいるモココルもどこかおっとりとはしているが美人には変わりがない。

 しかもランク5になってしまったため、彼女らが映っている記録媒体はこれだけで、プレミアまでついている。

 男は、それを七つも買占め、そのなかのひとつを観賞用として、延々と再生し続けていた。

 もう何日も風呂にも入らず、男は魅入っていた。

 それが部屋からする異臭の正体だが、宿の主人は文句も言わない。

 はじめは文句を言っていたが、通常料金の20倍を支払わればさすがに文句は言えない。

 もちろん、評判を落とさないように血の滲むような努力をしなければならず、今もなお胃痛に苦しめられてはいるが。

 何にせよ、男はルルルカたちに執着していた。

「ブヒヒヒ、かわいいべ」

 男が何度目かの賛辞を呟いた頃、

「あの姉妹、どこか行くみたいだけど?」

 鼻を摘んだ女冒険者が入ってくる。

「ブヒヒヒ、どうせ経験値稼ぎか何かだべ。戻ってくるべさ。ランク5の冒険者はここらへんを中心に経験値稼ぎをするって相場が決まってるんだべ。ここに来たのもそのためだべさ」

「いや、どうやら男とどっか行くみたいだけど? つーか、ここに来たのもその男を追いかけてっぽいけど……」

「ブヒヒヒ、何をバカなことを言ってるべさ。そんなわけないべ」

「いや、本当っぽい。つーか、だから私に依頼したっぽいんじゃないの?」

「ブヒヒ、いや、すまんべ。一回現実逃避してみたんだべ。けどやっぱりそうなんだべなぁ。それは……それは許せないだべなぁ、オラというものがありながら、不倫するなんてひどいだべ」

「不倫かどうかは知らないけど。つーか、あんたとあの姉妹は面識ないはずだけど」

「ブヒヒ、それも調査しただべか? だとしたらそれは勘違いダベ。オラと彼女らは運命という名の赤い糸で結ばれているんだべ」

「言葉もこの部屋もあんたも臭すぎるんだけど。でもまあ、これで調査終了だけど、OKっぽい?」

「ブヒヒ、待つべ。待つんだべ、追加料金をやるから手伝って欲しいんだべ」

「イヤだけど。と言いたいところだけど、追加料金があるなら、まあ考えてもよさげっぽい」

「ブヒヒ、なら依頼料を三倍にするべ。だからオラと一緒に姉妹をおしおきだべさ」

「あー、やっぱそんな感じっぽい? でもまあ三倍なら了承するけど」

「ブヒヒ、じゃあ受け取るべ」

 男は部屋に積んであった札束3つを女に渡す。

「それじゃあ、でかけるべ。オラの女たちはどこへ行くべか?」

「話を聞いた限りじゃ大怪獣の爪跡だけど、そこはあんたが太刀打ちできる場所じゃないっぽい」

「なら、さらに受け取るべ。護衛料だべ」

 男は女にさらに札束を渡す。


 ***


 ユグドラ・シィルの南、アズガルド大陸の東側の最南端にある町、それがエンドレシアスだ。

 エンドレシアスは東クレアデス海に面しており、そこからはウィンターズ島に向かう船が出ている。

 人口は少ないものの、その8割を漁師が占め、世界一の漁港として知られている。

 鼻に届くのは魚の生臭さと潮の香りだろう。

 明朝であれば、漁港の界隈は競で賑わうが、今はもう昼過ぎだ。

 人の賑わいは漁港よりも通りに面した食堂に移っている。

「安いよ! 美味いよ! 早いよ! ご飯を食べるならうちによっておいで!」

「美味さなら随一! 味に万歳したいなら、うちの店にしておきな!」

 活気のよい客寄せがそこかしこから聞こえてくる。

「いい匂いがするけれど、昼飯はすませちゃったからね……」

「姉さん、我慢ですよ。我慢」

 よだれを惜しげもなくたらすルルルカに僕は言い、アルルカが猛獣を宥めるように諭す。

 ユグドラ・シィルを出てすぐ、昼食を採っていないことに気づいた僕たちはルルルカが空腹を訴えたこともあり、近くで野営をしてアルルカの手料理を食べたばかりなのだ。

 新鮮な魚介料理は美味しそうだけれど、美味しいと感じれるほどの空腹はなく、むしろ満腹感に満たされていた。

「なら、夕食なの! 夕食はここで食べるの!」

「空いていたらね」

 僕は少しだけ呆れて、エンドレシアスを東から西へと抜けていく。

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