新世代編-4 針金
4
デデビビは静かに残っていた【土札】3枚を重ねる。【炎札】2枚も同様だ。
カードは同じ属性で7枚まで重ねることが可能で、重ねるたびに威力は増加していく。さらに重ねたカードは1枚と見做される。
つまり、
「【札引】」
さらに6枚のカードを補充することが可能だ。これでデデビビの手札は8枚に戻る。
【土札】(3重)1枚
【炎札】(2重)1枚
【風札】3枚
【土札】1枚
【闇札】2枚
しかし【構築】されたデッキの枚数は40枚から26枚へと減る。
【構築】されたデッキは、使いきりが基本だ。使いきらずに【構築】を再使用するには5分ほど待つ必要があるうえに、残っていたデッキ枚数が加算されるというデメリットもある。
デデビビは自分の手札のなかに【闇札】が2枚追加されたのを見て、後悔する。もっとも感情には乏しいほうなので、ポーカーフェイスよろしく表情で確認はできない。
先ほど消費しなければ【闇札】は4重にできた。
けれどそれは多々あること。今更だ。練習でそんな状況には何度もなった。
分かりきったことだ。けれど、判断を誤ったと思ってしまう。
一気に無駄撃ちせず、徐々に手札を消耗していき、重ねていけばよかったのだ。
けれどそれはそれで、判断力が重要となる戦闘においては大胆さにかけるのではないか。
デデビビはカードを補充しただけだというのに、あれやこれやと考えすぎていた。
「前っ!」
クレインの咄嗟の一言でハーフインセクノイドが自分の前まで迫っていたことに気づく。
咄嗟に、目の前のカードをスライド。
――した瞬間、後悔する。
ハーフインセクノイドに飛んでいったのは【土札】(3重)。重ねていこうと決めていたばかりなので、その後悔もひとしおだ。
だが威力は絶大。
ハーフインセクノイドの腕、斧に刺さった瞬間、その場所へと尖った岩が襲いかかり、その鋭さと重さで斧を切断するに至る。
判断は見誤ったが、結果は良好。
デデビビは先ほど引いた【風札】を3重にして、【闇札】2枚を順番にスライド。
ハーフインセクノイドは本能で、【闇札】が直線的な動きしかしないと判断。
直線的に飛んでくる2枚のカードを避けるように左右に動く。
だが、デデビビが音楽の指揮者のように腕を振ると、右手に連動して最初の【闇札】が左手に連動して二枚目の【闇札】がハーフインセクノイドを襲う。
一枚目が左足を二枚目が頭に刺さり、黒い靄がハーフインセクノイドの捉え、収縮。
頭と左足が四散。そこから紫色の血が飛び散る。
「終わったのか……!?」
呟いてしばらく待つがハーフインセクノイドは動く気配もない。
「……大丈夫かい?」
安全を確認して、クレインに声をかけたその瞬間、鋭い針のようなものがデデビビの後ろから突き刺さった。
クレインは背中から腹へと貫通した針を咄嗟に握り、それ以上前へはいかないように抑える。
目の前にはクレインの顔があった。
デデビビの背中を貫通した針――その正体はワイヤーニードル。
ハーフインセクノイドの尾に寄生している虫だった。
失念だった、とデデビビは悔やむ。
この島にいるものなら誰だって閲覧できる魔物事典にも、そして師匠であるリンゼットにも言われていた。
魔物の中には魔物に寄生させているものやしているものがいる、と。
だから倒してもすぐには油断してはいけない。
悔やむデデビビを尻目に――とはいえワイヤーニードルに尻も目もあるのかは不明だったが、それでもワイヤーニードルはドリルのように回転して、デデビビを貫こうとしていた。
なぜワイヤーニードルがハーフインセクノイドに寄生しているのかには諸説ある。
有力とされているのがハーフインセクノイドは人間とブラッドマンティスをワイヤーニードルが糸で縫合し住処にしたというまるで夢物語のような残虐な説。
けれどハーフインセクノイドに遭遇し、そのままワイヤーニードルと対面するとなるほどと思わず納得してしまう。
ハーフインセクノイドの人間と蟷螂を分ける部分には確か縫合痕に見えなくもない模様がある。
それにワイヤーニードルの尾にも糸を通すのに適したかのような穴を持っていた。
ワイヤーニードルはまるで自分の家を壊された恨みを晴らすべく、回転の勢いを増す。
回転でデデビビの手の皮はずりむけ、貫いた腹だけではなく手からも出血していた。
「逃げて」
デデビビは言う。デデビビの戦い方は両手が使えなければ戦うことができない。
スライドすることができなければカードは敵へと飛んでいくことはない。
今も浮遊するカードが虚しくデデビビの周囲に浮かんでいく。
だから情けなくても、守ろうとしている女の子を助けなければ。
その一心でデデビビは叫ぶのだ。
けれど、クレインは足が動けないでいた。
ショックなことがその前にあったから、どことなく沈んだ気持ちが足を重くしている、。そのまま死んでもいいと思う気持ちもどこかにあるのかもしれない。
同時に、自分を助けようとしてくれていた人を犠牲にして逃げていいのかという疑念もあった。クレインだって冒険者だ。このまま情けなく逃げていいのだろうかと思うのだ。
けれど身体が動かない。誰かに精神を乗っ取られたかのように、動かないのだ。
「いいから、早く逃げて!」
クレインはそう必死に叫ぶデデビビの顔を見る。
苦渋に満ちた、けれども必死でクレインを救おうとしている必死の形相。
その顔を見た瞬間、クレインは恥じた。
逃げる決心も戦う決心もつかなかった自分に。
クレインは一歩、前に踏み出す。
デデビビは彼女がやっと動き出したことに、逃げ出してくれることに少し安堵した。そのせいで興奮から和らいでいた痛みが痛み出す。
けれどデデビビの予想と彼女の動き方は違った。
彼女はデデビビのほうに向かっていた。それも【収納】で取り出した自分の武器、玉髄の安蘭樹杖〔犬の兵隊ググワンガ〕を手に持って。
「何を……」
「ボクがそいつを倒す」
クレインが決意を口にすると同時にデデビビに限界が来た。
ワイヤーニードルの回転力が最大に達し、さらに削られた手に力が入らなくなっていた。
ワイヤーニードルがデデビビを完全に貫き、その勢い、回転力のまま、クレインを標的に変える。
「逃げろ……」
突然、倒すとわけのわからないことを言い出したクレインに驚きながらも、それでも最後まで救おうとするデデビビだったが、情けなくもその場で膝を突く。
致命傷は免れていたがそれでも重傷だった。
恥じた気持ちを拭うように覚悟を決めたクレインはそれでも目の前のワイヤーニードルに恐怖を感じてしまう。さっきの一歩がまるで気まぐれだったかのように、動けなくなった。殺気にたじろいだというのだろうか。
敵を倒したことはある。野外実習でゴブリンを倒して、その証にゴブリンの腰巻を持ち帰らなかったとき、クレインは必死になってゴブリンを倒して、成績は最下位だったが、それでも実習をこなしたことはある。
けれどそのときよりも何倍も何十倍も恐い。同級生に鼻で笑われ、恥をかくことよりも恐い。
クレインは気づいた。死ぬんじゃないかという恐怖が立ち向かうという覚悟を薄れさせていた。
それでも、それでもボクはやるんだ。
クレインは人知れず涙目になっていた。恐怖で涙腺が緩んだ。
ゴブリンよりもどれだけ強いのか分からない、でもそんな強敵に立ち向かっていくのが冒険者だ。そんなことは分かっている。
分かりきっている。でも、自分の窮地を救ってくれたデデビビが不意打ちとはいえ、呆気なく重傷を負った。
そんな強敵に魔法が使えない役立たずが、どれほど戦えるというのか。
けれどそんな恐怖よりも、それによって助けに来てくれたデデビビが死ぬという恐怖がクレインの身体を竦ませる。
失敗はできない。でも倒せる、成功するというイメージがわかない。
ワイヤーニードルは目前まで迫っていた。




