聖女編-14 献身
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そこからヴィヴィは腹話術を学び、そして子どもを楽しませる程度には成長した。
そうしてその経験を学ばせてくれたミリアリアやタブフプ、ピーボルくんに感謝する。
今まさにこの戦いにおいて、ヴィヴィは子どもたちを楽しませる技法を――腹話術を使っていた。
楽しませる技術を戦闘に使うのに躊躇いがなかったわけではない。
けれどタブフプならこう言うだろう。
「それで誰かが喜ぶならいいんじゃないのかい」
タブフプは自分の顔を白く化粧して、星型や丸のメイクで彩って子どもたちを楽しませる。
泣いている子どもさえも楽しい気分にさせる。そうやって喜んでくれればタブフプは満足なのだ。
だから躊躇いは一瞬にも満たぬ時間を経て、消える。
それでレシュリーが喜んでくれるなら。
リアンが救われ、アルが喜んでくれるなら。
楽しませる技術だって、戦闘に活かしてみせる。
ヴィヴィは決意していた。
「勝利からコフを通り王国へ。王国からタヴを基礎へ。基礎からペーを通り美へ」
また、祝詞が遅れて聞こえてきた。今までの祝詞も、これからの祝詞も、その全てはヴィヴィの腹話術によって繰り出されていた。
ヘレリエットは戸惑いながらも蜥蜴の足を踏み込んで、尻尾を突き出す。
「美からアインを通り栄光へ。栄光からメムを通り神力へ」
尾を弾いたヴィヴィは腹話術で祝詞を紡ぐ。マ行、バ行、パ行といった動唇音は一度口を閉じなければ発音できないが、ヴィヴィはそれを舌でカバーしていた。ピーボルくんにはキスが巧いと茶化されたが。
しかしヘレリエットは弾かれることを織り込み済みで、身体を回転させる。
そのまま今度は舌を伸ばす。そこに蠟板形書剣〔鼓を打つ舌マントレイア〕はない。
舌で鉄杖〔慈悲深くレヴィーヂ〕を巻き取り、一気に引き寄せる。
祝詞が終える前に叩き潰せば関係ない。攻撃性のない癒術なら接近しても危険はないと、判断したのだ。
「神力からテットを通り慈悲へと戻り発現!」
同時にヴィヴィの祝詞が終わる。発現、と宣言した以上、それまでの祝詞を解析すればどんな癒術を詠唱したのか判断できる。
しかしヘレリエットは判断を破棄。考えるよりも早く、ヴィヴィを殺すことを優先した。
けれどヴィヴィはそれすらも織り込み済みだった。
「我は死なん! 命の灯火、消してなるものか! 【致死回避】!」
ヘレリエットの蠟板形書剣〔鼓を打つ舌マントレイア〕がヴィヴィの心臓に突き刺さるのと癒術がヴィヴィへと効果をもたらしたのは同時だった。
蠟板形書剣〔鼓を打つ舌マントレイア〕がヴィヴィの身体から押し出され、刺された痕が一瞬にして治癒。しかもヴィヴィはヘレリエットの横にいた。
それはまるで時が戻りヘレリエットの攻撃を避けたかに見えた。
あながち間違いではない。
癒術ランク10【致死回避】は詠唱後に、全身の傷を治癒し一度だけ攻撃を完全に回避する。
ヘレリエットの攻撃とヴィヴィの詠唱が同時だったために、まるで時間が戻り攻撃を避けたように見えたのだ。
ヘレリエットに二重の驚き。
攻撃を避けられたこともそうだが、何より、ヴィヴィが高ランクの癒術を覚えていたことに驚いていた。
冒険者にとって下位ランクが上位ランクの技能を覚えるのは下策という見方が一般的だ。莫大な経験と引き換えに技能を使っても、身体疲労や精神磨耗が多く、使えて1回なうえに、相手を倒せなければ、動けぬところを殺されることだってある。
だから、冒険者は身の程にあった技能を覚え、研鑽しランクを上げながら使用できる技能を下位から徐々に増やしていくのが一般的だ。
それでも下位ランク冒険者が上位に値する技能を覚えるのは、何かの目的を為さんがためだろう。
ムジカが竜愛好家のために【無炎壁】を覚えたように、ヴィヴィもまた姉を救うためにこの癒術と高ランクの棒術を覚えていた。
もっともヴィヴィにそれを使う機会は訪れなかった。レシュリーに救われたからだ。
だからこそヴィヴィはかつて姉のために使おうとしたその棒術を、愛する人のために使おうとしていた。
全てはレシュリーのために。
ヴィヴィは献身する。この身がどうなろうとも。
それがヴィヴィの愛だった。
繰り出された棒術の名は【貪我蛾頭鈍】。
あまり格好良い名ではない。
瞬間、ヘレリエットは打ち上げられた。
腕を組み、何とか防御したヘレリエットだったが、上位棒術の衝撃は低ランクの冒険者が使っても凄まじかった。
もしヴィヴィが高ランクの冒険者だったら、おそらくこの一撃で死んでいた。そう考えてヘレリエットはゾッとする。
攻撃は終わらない。
空中で身動きがとれないヘレリエットに向かってヴィヴィの二連撃。
一撃目は頭。打ちつけられた衝撃で、顎が下を向く。
その瞬間を狙って、二撃目は顎。
瞬きひとつの時間で行なわれたその二連撃はヘレリエットの意識を一瞬でも奪うのに十分だった。
そうしてヘレリエットが意識を取り戻した頃には、ヘレリエットの眼前にヴィヴィが勢いよく振り下ろした鉄杖〔慈悲深くレヴィーヂ〕があった。
そこに慈悲はない。
顔面を打ちつけられたヘレリエットは急落下をはじめ、地面に叩きつけられた。
「まだ……」
ヘレリエットはそれでも立ち上がろうとして、何かにぶつかられた。
その何かはヘレリエットを巻き込み、そしてとある方向へと飛んでいった。
着地したヴィヴィはぶつかった何かが飛んできた方向を向き、誰がそれをやったのかを見る。
そこには満足げながらも疲れ果てているアルと、傷を負いながらもにやりと笑うレシュリーのふたりがいた。
「さすが……」
ふたりだ、と言おうとしてヴィヴィはその場に崩れ落ちた。
上位癒術と棒術の行使に耐えれるほどヴィヴィはまだ強くなかった。
きっとキミは怒るんだろうな。
駆けつけてくる最愛の人の姿を見ながら、ヴィヴィは満足げに気絶した。
それでも後悔はない。




