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tenth  作者: 大友 鎬
第7章 放浪の旅
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聖女編-12 唐突

 12


 ユグドラ・シィルに辿り着く前のことだ。

「レシュ、キミに伝えておきたいことがある」

 ヴィヴィは突然、そんなことを言い出した。

 言い方が真剣だったと気づいたレシュリーは、ヴィヴィの次の言葉を固唾を呑んで待つ。

「私はどうやら、キミのことが好きらしい」

 軽々しく、と言ってはなんだが、アリーでさえなかなか言うのに戸惑い、ジネーゼがついぞ言うことができなかった言葉をヴィヴィはいとも容易く言った。

 そこには何のためらいもなかった。

「なななな、何を言い出すんだ、突然……」

 レシュリーが驚くの無理はなかった。

「突然なのは、分かってる。でも言っておきたかった」

「待ってよ、ヴィヴィ。僕はアリーと……アリーとやっと両想いになったんだ。だから……」

「分かっているさ。振られるのは分かっている。それでも伝えておきたかった。私が身勝手に姉を助けようとして、絶望の淵に落ちてしまったとき、私は大げさかも知れないが死ぬことも考えていた。誰かに助けて欲しいと願ったとき、脳裏に浮かんだのはキミだった。そうしてキミが助けに来てくれたと分かったとき、私は心底嬉しかった」

「それは仲間とか、だからじゃないの?」

「それも思った。けれどキミは私を助けて、そうして早く釈放してくれるようにお金さえも払ってくれた。そこで勘違いしない女性はいないと思うよ」

「じゃあ、それこそ勘違いなんじゃ……」

「だから、それでもいいんだ。キミは私にとって、何者にも変え難い支えなんだ。だから私の想いだけ心に留めておいてくれ」

 レシュリーはヴィヴィの献身的な告白に何も言えずにいた。

「私は見返りを求めない。キミの方針にだって従う。私は、キミが死ねと言えば……いやキミはそんなことは言わないな。忘れてくれ」

「ヴィヴィ……」

 ようやくレシュリーは言葉を絞り出す。

「ありがとう」

 でも、ごめんとはレシュリーには言えなかった。けれどヴィヴィにはそのありがとうだけで言外に何を言いたいのか分かった。

「ああ、こちらこそ言わせてくれてありがとう。お陰で、すっきりした」

 清々しい笑顔をヴィヴィは見せる。

 ヴィヴィとヴィクアは血を争えないのかもしれない。

 キムナルの冗談の告白を真に受けて献身的に尽くしたヴィクアの血をヴィヴィは確実に引き継いでいる。 

 ヴィヴィもまた、レシュリーの救いに対して、献身的に恩を返そうとしているのだから。


 ***


 そんな想いもあって、ヴィヴィは全力を尽くす。

 戦いが久しぶりだとは言ってられない。

 そのハンデを気遣ってレシュリーはヴィヴィにランク3のヘレリエットを宛がってくれたとヴィヴィは推測していた。

 どこまでも優しいレシュリーの期待に応えなければならない。

 とはいえ、さっきからジリ貧、むしろわずかながら劣勢だ。

 要因はある。

 戦いが久しぶりだというのも、そのひとつ。

 だが他にも防具が不十分ということもある。レシュリーは防具の強化をせずに戦い抜いているが、それはたまたま致命傷を受けてないだけ。運がいいだけで、接近戦闘せざるを得ない職業にとっては防具の強化をしないことは無謀ともいえた。

 ヴィヴィが今まさにそんな状況だ。

 奴隷から囚人、そして不十分のまま現状に至っているため、防具の強化ができずにいる。防具はメンテナンスを怠ると、いくら強化していても劣化してまう。

 強化しているほど劣化速度は劣るものの、日々のメンテナンスは欠かせない。

 だが、キムナルはそんなことさせてくれなかったし、監獄にそんな設備はない。

 ヴィヴィの防具は劣化する一方で強化なんかできていなかった。

 だから此度の戦闘においてヴィヴィは防御よりも回避を重視しているが、それほど回避が得意でないヴィヴィは致命傷とはいかないまでも、決して軽傷ではすまない傷を負っていた。

 さらにもうひとつ。レベル差だ。

 ランク差もあるが、ヴィヴィとヘレリエットのランク差は1。それもランク2とランク3という低位ランクの差なので、まだ大丈夫といえる範囲だ。

 けれどそこにレベル差が含まれると一気に厳しくなる。

 ヴィヴィの現在のレベルは95。ユグドラ・シィルに向かう道中で少しレベルアップしたとはいえ、ランク2の上限がレベル210だと考えると心許ない。

 大してヘレリエットのレベルは315。ランク3のレベル上限であった。

 その差は200以上ある。

 つまり、ヴィヴィが劣勢の要因は3つ。

 経験不足。装備不足。レベル不足。

 ヴィヴィが勝つにはその3つの不足を上回る必要があった。

 当然、ヴィヴィは諦めてはいない。

 リザードマンたるヘレリエットが長い舌で持つ蠟板形書剣(スティレット)がヴィヴィを襲う。

 通常のリザードマンならあり得ないその変則的な動きにようやくヴィヴィは慣れてきた。魔物、つまりは野生のリザードマンももちろん武器を使うことはあるが、舌で巻くように持つ個体はいない。

 ヘレリエットはレベル上限に至るまで相当な鍛錬を積んだに違いなかった。

 蠟板形書剣〔鼓を打つ舌マントレイア〕の突撃をヴィヴィは鉄杖〔慈悲深くレヴィーヂ〕で防ぐ。

 構えは棒術【努加守鹿(ドカスカ)】。

 攻撃よりも守りに特化したその構えは、ヘレリエットが変則的な攻撃をしても耐えやすくはある。しかし儀式が完了してしまえば終わり、という時間制限がある今、守りを徹底しているわけにもいかない。

 けれど、短剣の突撃を防いだのも束の間、回るように接近してきたヘレリエットはその遠心力を利用して、自らの尻から生える蜥蜴の尾をヴィヴィへとぶつけてきた。

 それもなんとか耐えるヴィヴィだが、ヘレリエットに最接近を許す。

 そして右、左と、鋭い爪の二連撃が飛ぶ。

 一撃目を鉄杖〔慈悲深くレヴィーヂ〕で防ぎ、二撃目は勢い良く後ろに跳び回避。

 なんとか無傷で避け続けてはいるが、反撃の手はない。

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