聖女編-9 挫折
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時間は少し遡る。
「キミ、確かランク3だったよねぇ? 手応えないなぁ」
アベンタはアルと向き合い、ニカッと笑う。
「なめるな」
アルは相手が格上だと理解しているうえで、自らを鼓舞するようにそう言って走り出す。
アルにはどこか焦りがある。
リアンが儀式の生贄にされていて、時間もない。
突撃する両者がぶつかる。
アルの横なぎの一撃はアベンタが持つ魔充剣フレデリカによっていとも簡単に止められる。
フレデリカに宿されたのは【岩石崩】。通常なら、複数の岩を雪崩のように落とす魔法だが魔法剣に宿せば岩石の剣となる。
その剣の重き一撃はアルの刀剣〔優雅なるレベリアス〕を容易く押し返していく。
「くっ……」
自ら後退し、距離を開けるアル。相手は魔法剣士系だ。
自ら癒術を使うことを禁じているアルにとって、相手のサブが何であるかは重要だ。
アリーのように放剣士なら、遠距離攻撃の少ないアルには不利。
そして構える。切っ先を相手に向け、両手で柄を握る。
その構えは【新月流】の構え。
それを見て、アベンタはくすりと笑う。
アルの出方を窺うようにアベンタは待ち構える。
何を考えている?
アルは不審に思ったが、その構えのまま走り出し、跳躍。
「【新月流・」
頭上まで振り上げた刀剣〔優雅なるレベリアス〕を振り下ろす。
「――有明の撃】!!」
曲線を描いて、振り下ろされた刀剣を防いだのは、すでに【岩石崩】が解かれた魔充剣フレデリカ。
頑丈さ、強靭さを欠いた、フレデリカの刀身は、そのまま折れる――
はずだった。
しかしフレデリカはむしろ【岩石崩】が展開されていたときよりも、強靭になっていた。
受け止めるどころか、アベンタはその強靭な魔充剣フレデリカで弾き飛ばす。
虚空へと弾き飛ばされたアルだったが、アベンタは何もせず、いやその滑稽さに声を荒げて笑う。
「その流派、まだ残ってたんだねぇ」
地面へと叩きつけられる前に受身を取ったアルは、ゆっくりと立ち上がりながら
「どういうことだ?」
アベンタに問いかける。
かつて共闘の園で遭ったハイレムやセレッツォも何か知っていた。
その時から、この流派には何かがあると思ってはいたが、バルバトスに聞くことはついぞできていなかった。
「どうもこうも、その流派は昔一族郎党皆殺しにあったはずなんだけどなぁ」
「それはお前が……やったということか?」
「ひっひ、誤解しないで欲しいなぁ。ボクチンは何もしてないよぉ。ただ見ていただけだよぉボクチンの仲間がかつて新月流一派を皆殺しにするところをねぇ」
それは見殺しにしたというのではないのか。
アルに沸々と怒りの感情が生まれていく。
「うわああああああああああ」
途端、恨みを晴らすようにアベンタへと向かっていくアルだったが、そこで何かにぶつかる。
勢い良くぶつかり、無様にも再び、地面へと倒れる。
「ひひひ、キミは弱いなぁ。やっぱり、新月流の奴らは弱すぎるよぉ。あのときだって、無様に助けを求めてきたんだけどぉ、なんでボクチンがそんなことしないといけないのよぉ、って話」
「お前は……」
アルはぶつかった何かを触りながら立ち上がる。
「お前は、お前だけは許さない」
言った途端、触っていた何かが消え、バランスを崩す。
「バッカだねぇ、惨めだねぇ」
近づいて、アルの顔を踏むアベンタ。
「お前はバカすぎるよ。何を必死になってんのよぉ。そんな流派で救えるはずがないだろ。足を掬われるだけさ、それとも病みという蜘蛛に心を巣食われるのかなぁ?」
意味不明にアベンタは言葉を紡ぎ、でも安心して、と穏やかな声で言った。
「ボクチンは同類に見られるのがイヤだったから、新月流一派を皆殺しにしたやつを殺してあげたんだから。そういう意味ではボクチンが敵討ちをしてあげたってことになるねぇ? まあ、数人逃がしたけどねぇ」
もしかしたらハイレムやセレッツォはその逃がしたやつらと関わりがあったのかもしれない。もちろんアベンタのように傍観していただけという可能性も否めないが。
とはいえ、アルは今更ハイレムやセレッツォたちを恨む気にはなれなかった。ふたりが死んでいるからかもしれない。
その反面、アベンタを恨んでしまっていた。
新月流一派の皆殺しはアルには関係ないことだ。父レベリアスの流派も違う。けれど、この流派を教えるときの師匠バルバトスの顔はどこか嬉しげであり、哀しげでもある。それがこの皆殺しにあるのであれば、アルは到底許せることができなかった。
それでもアルは現状を覆せないでいる。
顔は惨めにも踏まれ、立ち上がることすらできない。
「そのまま死ねよぉ」
アルは諦念した。
恨みも怒りも晴らすこともできず、リアンも守れず死んでしまうのだな、と他人事のようにそんなことを思った。
魔充剣フレデリカがアルの背中から心臓に突き刺さる。




