死亡
2.
「すぐに始まるからここで待機でござる」
何事もなく登録を済ませて、僕はコジロウの言葉に頷く。
「さて、ヒーロー殿」
コジロウは僕のことをそう呼んだ。一度、この仮面をつけたことがあるからか、僕の名前がヒーローに置換されても気にせず喋り続けている。
「先程知りたがっていたPKについてでござるが、こやつらはドールマスター以上に気をつけねばならぬでござる」
僕はその言葉を聞き漏らさぬように耳を澄ます。
「PKというのはプレイヤーキラー。プレイヤーは俗にいう拙者ら冒険者でござる」
「つまり冒険者殺しってこと?」
「そうでござる。と言っても今回の場合、殺されるのは捕まった冒険者でござる。しかも捕まっているから殺したという理由付けもできるから厄介なのでござるよ。例えば拙者がここでお主を殺したとするでござる」
いきなりで驚いたが、コジロウのはあくまで例えだ。
「すると拙者は無益な殺生をしたということで指名手配され賞金首になるでござる。当然、試練中でも無益な殺生をすれば、指名手配されるのは言うまでもないでござるな。しかし人形の狂乱は捕らわれた冒険者のクローンが敵でござる。それだけだと何も影響がないように思えるでござろうが、そのクローンと捕らえられた冒険者はなんと感覚を共有しているのでごさる。それはつまりクローンを殺せば冒険者も死ぬということでござるが……先程も言った通り、このクローンは敵でござる。だから無闇に殺しても言い訳が通るでござるよ」
「それがPKには好都合ってことか」
「そうでござる。この試練を受ける冒険者のなかには仲間を救うために挑んでいるものもいるでござる。だからこそ助けたい。でもその思惑を無視してPKは殺すのでござる」
「だとすればそういう目的も兼ねてる僕たちの敵は、ドールマスターと、PKってことか……」
「うむ。それにクローンは無闇に殺せないでござる。誰が誰を救いたいか分からぬ以上、誰かを救いたい冒険者は捕らえられた全ての冒険者たちを殺すことはできぬでござるよ」
「うーん、何気に難易度が高い気が……」
「だからこそ登録後、やめることができるでござる。何人ぐらいが登録したか調べる時間もあるでござるからな」
「今回はどのぐらいなの」
「……聞きたいでござるか?」
「なんか嫌な言い方だけど、教えて」
「十五人でござる」
「それって多いの?」
「ちなみに捕らえられている冒険者は四十人ぐらいでござる」
「……とすると少ないね」
「残念ながらそうでござる。その少なさから来月の人形の狂乱はクリアしやすいと噂になっているでござるよ。合否はともかく今月の試練の人数が来月の敵対する人数でござるからな」
確かに来月はクリアはしやすいだろう。だけど僕は今月の人形の狂乱のクリアが目的だ。来月にクリアできるのだとしてもそれは論外だ。
「それでも人数は集まるでござろうな。拙者たちのように誰かを助けるために辞退できぬ人間もいるでござるから」
「確かに。そして僕たちはクリアするんだ」
「意気込みは良いでござるが、空回りするのだけはやめて欲しいでござるよ」
僕の戦いぶりを知らないコジロウから見れば僕の実力など分かりもしない。だからその反応には納得する。あとは戦いぶりで実力を納得させるだけだ。
僕はひとり意気込んでいると、突如頭の中に鐘の音が鳴り響く。
「試練が始まるでござる」
ランク2で味わった心地の悪い転移の感触が僕を襲い、試練が始まることを否応なしに教えてくれる。今度は目を瞑る暇もなく場面が変わる。
***
「一気に着いたね。どこなんだろ?」
そこは鍾乳洞のような場所だった。上を見上げると、蟲の繭のようなものが無数に吊るされていた。あそこに冒険者が捕らえれているんだろうか。
「ミトルーダの森にある洞穴と言われているでござるが……実際にこの場所に歩いていけたものはいない、という噂でござるよ」
僕は辺りを見渡し、参加するらしい僕たち以外の十三人を見据える。
「さあ来た、エミリー。俺さまのハーレムに入れる美女を探すぞ」
……見なかったことにしよう、と目を逸らす。
「今助けてやるから待っていろ」と舌を舐めている男が見えた。
……見なかったことにしよう、また目を逸らす。
「憎らしいことこの上ないですが、グラウス坊ちゃまとマリアンお嬢様の友ゲシュタルト様を助けるため、ここの共闘はやむを得ませんね」
「ええ、グズ執事ルクスの教育が不十分だったためにグラウス坊ちゃまがマリアンお嬢様の足を引っ張ったおかげで当初の計画がずれていますが、致し方ありません」
「若干、私のせいだと聞こえましたがマイカの教育がゲスだったから、いや教育どころかあなたがゲスメイドだったからその対応にマリアンお嬢様がついていけなかったのでしょう。四人でこの試練に挑めなかった責は貴様にあると思われますが?」
「そうかしら、本当に私に――」
云々かんぬんと悪口の応酬。さっき出会ったメイドと執事だった。
うん、この人達も……見なかったことにしよう。
次に目線があったのは短髪の男と赤褐色の髪に金色のメッシュを入れた女だった。極悪人のような面をしたふたりは妙に笑顔で、僕と目線があうと丁寧にお辞儀をしたので僕も真似をする。
さらに周囲を巡らして僕は驚く。
見慣れた三人――アルにアネクとリアンがいた。
「おい、あれ。ヒーローだろ」
アネクがこちらに気づき駆け寄ってくる。
アルもリアンもゆっくりこちらへ近づいてきた。
「あなたも参加していたのか」
「一応ね。キミ達も誰かを?」
「ああ、俺とリアンの師匠の息子、アネクの師匠の弟にあたる人が操られている。そっちは?」
「こっちは仲間だよ」
「辺りを見る限り、こんだけみたいだな」
アネクが残念そうに呟く。結局その場に居たのは十二人。この中にPKもいるのかもしれない。協力して戦えるのは確実に四人。コジロウとアル、アネクにリアン。最悪、この四人で戦わなければ、と僕は覚悟する。
地響き。
壁が開き、おいでと言わんばかりに僕たちを誘う。もちろんその誘いに乗ってやる。
狭い通路をアルとアネクが先陣を切って進み、次に舌舐め男にハーレムを作ると言った男が続く。その後ろに短髪の男とメッシュヘアーの女、メイドと執事が続き、最後にリアンとハーレム男の従者、僕とコジロウが続いた。
道が開き、部屋が広がる。前方に見えるのはドールマスター。そこの周囲で待ち構える冒険者のクローン四十人。クローンはところどころ服が破れていたり、傷跡があったりする。捕らわれた状況で複製されているのかもしれない。
僕はクローンだと分かっていてもアリーの姿を探す。アリーはドールマスターに密着し、ドールマスターはアリーの頬を舐めていた。今のドールマスターがアリーの陰追者だったということを思い出し、僕は舌打ちする。一気に苛立つ。
「落ち着くでござる。あれはあくまでクローンでござるよ」
「分かってる……」
広間に出たと途端、舌なめずりしていた男が一気に加速。ひとり抜きん出る。
「フィスレェェェ!」
恋人の名前だろうか。
「何捕まってやがんだッ! てめぇは俺がぶち殺す。おとなしく正気に戻りやがれつーの!」
そう叫びながら紫髪でグラマラスな冒険者のクローン、フィスレに向かって駆け出していく。それに反応して、フィスレと数名の冒険者クローンが舌なめずりしていた男へと襲いかかる。
「クローンを殺すな!」
アルが叫ぶ。
「そんなこと言われなくても分かってるよ。俺は俺を負かした女が捕まったのが気に入らねぇだけだ! 俺は正常に戻りやがったこの女を正当にぶち殺してえからな、今は気絶させるだけだっつーの!」
オールバックの舌なめずり男はフィスレという女性に対する思い入れが強いらしい。男は舌なめずりをして、フィスレ以外の冒険者の攻撃をひらりとかわし、フィスレに猛進。フィスレに強烈な一打、と言っても察するに【峰打】なのだろうが、ともかくその一打を振り下ろそうとしていた。
がその男は突然飛んできた鏃に胸を射抜かれる。幸いにも心臓は外れていた。
「くっだらねぇ」
振り返るとそこには短髪の男。極悪人面がそのまま本性だとでも言わんばかりに顔を歪ませ醜さを見せる。腕に装着された短銃弓で舌なめずり男を射抜いたのだ。
僕は理解した。こいつがPKだ。
よく見ればその男の下で倒れている女性がひとり。ペアだと思っていたメッシュヘアーの女だ。
「ヒャヒヒヒ、どいつもこいつもくっだらねぇぞ。殺せるんだから殺しておけよ。ライバルが減るんだぞ。何より、人を殺すのは面白いだろうがよ。阿鼻叫喚をハイベル様と一緒に聞こうぜ、ヒャヒヒヒヒヒ」
短髪男ことハイベルは言い放つと、唖然とする僕たちの横をすり抜け、フィスレのところへと向かっていく。
「誰も殺させるな」
アルが吠え、走り出す。円月剣〔泣き叫ぶギャトゥース〕を取り出したハイベルがフィスレへと切りかかる。
寸前、舌なめずり男が意地で立ち上がり、己が肉体でフィスレへの凶刃を止める。鮮血が飛び散り、ハイベルが面白がる。
「ヒャヒ、守って何になるよ」
その言葉通り、舌なめずり男の背後に激痛。クローンのフィスレの凶刃がその男の背中に傷を作る。
「ヒャヒヒ、だから言ったろうが!」
ハイベルは、追い討ちをかけるように舌なめずり男を狙う。
「させない!」
アルが追いつき、ハイベルの刃を止める。
「小賢しいっ!」
ハイベルの持つ円月剣〔泣き叫ぶギャトゥース〕とアルの刀剣〔優雅なるレベリアス〕が衝突。
「ヒーローさん!」
「分かってるよ」
【転移球】によって舌なめずり男を救出。その男と代わるようにアネクがクローンの前に立ちはだかる。
「うおおおおおおおっ!」
咆哮とともに身体をねじり、剣を振るう。あくまで振るうだけに留めるアネク。その風圧でクローンを吹き飛ばす。これで時間稼ぎができる。まず叩き潰すのはPK――ハイベルだ。
「リアン、回復を」
アルが指示を出すも既にリアンは癒術の準備。セフィロトの祝詞が聞こえている。賢士であるリアンは癒術も使うことができる。舌なめずり男とメッシュヘアー女、そのふたりの回復をリアンに任せる。ガーゴイルのときのように敵は素早くないため、余裕はあるはずだ。
「エミリー、その女は捕獲しておけ、俺さま好みだ!」
涎を垂らすウルフヘアーの変態が言うと、その従者らしき黄緑髪のエミリーは豊満すぎる胸を揺らして、【捕縛雲】を筒から射出。筒――正確には魔導筒を使うということは、魔砲士だと僕は判断。【捕縛雲】が冒険者クローンへと直撃。クローンの動きを止める。がエミリーの背後からクローンが平然と襲いかかってきていた。詠唱中も詠唱後もエミリーはまったく守られてない。変態が守るのかと思ったらそうでもないらしい。
僕の反応が遅れ、対処できるかどうか焦っていた瞬間、エミリーへの攻撃を受け止めたのは変態ではなく、コジロウだった。
「やれやれ、レディーを守るのは男の仕事ではないのでござるか?」
「おお、お前も美人だな。俺さまの女になれ」
「残念でござるが、拙者は女ではないでござる」
「はははっ、俺さまはどっちもいける。可愛い顔の男ならオールOKだ」
「下衆でござるな。……とにかく自分の女なら自分で守るでござる」
危険と寒気を感じたのかコジロウは去っていく。
「ガハハ、可愛い子ちゃんに頼まれたら聞かざるを得ないなっ!!」
エミリーの近くにその変態が寄ると「アエイウ様」と呟いていた。名前が適当すぎるアエイウが近寄ってくれたのがそんなに嬉しいものなのだろうかエミリーが頬を赤く染めていた。
エミリーとアエイウは男冒険者クローンをまるで障害物のように蹴飛ばし、女冒険者クローンを片っ端から捕獲していた。
「人殺しは私の仁義に反しますからね、ここは友好的に行きましょう。出でよ、フォルネウス!」
金髪で整った顔をもつ執事ルクスが持つ不思議な小さな鍵から現れたのは銀鮫の姿を模した悪魔。ルクスは【悪魔召喚】できる悪魔士だった。ということはルクスが持つ鍵のようなものは、原初の悪魔士ソロモンが捕らえた七十七の悪魔を召喚できる魔召鍵だろう。現れた銀鮫の悪魔フォルネウスの瞳は燃え盛るような炎の色をしていた。そのフォルネウスは自身がかつて倒した冒険者だろうか、その死体を抱えている。濡れている様子から察するに水死体だろう。その後ろには二十九匹の拳程度の小悪魔。フォルネウスが従えている部下のようだった。キィキィと喚いている。
「フォルネウス! できるね?」
「任センシャイ! シカシ、オ前ニ敵対スル人間ガ多スギル。私ノ力デモ十人デ精一杯ダ」
「十人ですか。まあ十分です。私に攻撃しようとしてくるクローンを優先的にお願いしますよ」
「ソレナラ、マア大丈夫ダロウ」
「ならばお任せます」
フォルネウスがルクスと同化。ルクスはそのまま冒険者クローンたちの群れのなかへと入っていく。クローンが攻撃する瞬間、黒いもやがそのクローンの動きを止める。
フォルネウスの力は召喚者に敵対の意志を示す人間の敵意を友好度へと変換する力だった。友好的になったクローンはフォルネウスの影響下ではルクスに攻撃しない。もちろん、冒険者それぞれが持つ意志力が強ければ、その影響を受けることがあるが、ドールマスターが操るクローンに強き意志があるわけもない。
「やる気をなくしなさい」
一方、褐色の肌をもつメイドのマイカは冒険者クローンを指し、子守をしている母親のような笑顔のままそう叫んだ。指名されたクローンは攻撃する意志はおろか立とうとする意志さえもなくなり座り込んだ。ドールマスターの戸惑う顔が見えた気がした。
マイカが言葉とともに発動していたのは堕士の技能、堕言のひとつ【活気低下】。これにより対象者はやる気をなくす。やる気とはつまり動力源。何かをしろと命令されても動力源がなければ動きはしない。活気を奪われた冒険者クローンはドールマスターの命令に従わず動くのをやめる。
このふたりも極力死傷者は出さないみたいなので放っておいても大丈夫だろう。
コジロウが【煙球】を【造型】するとともに放ち、クローンを霍乱。僕も【蜘蛛巣球】でクローンを壁に貼りつけていく。
その間にもハイベルを警戒する。ハイベルが一歩後退、腕に装着されている短銃弓〔名前負けするドラゴンサンウ〕から矢を射出。数本連射された高速の矢をアルは全て叩き斬る。
「ヒャヒ、なんつー反応してやがる」
「師匠の太刀を超える速度など存在しない」
「ヒャ、そんな自慢はいらねぇーよ」
もう一度矢を放ち、それをアルが斬ると同時にハイベルは駆け出す。すでに右手は剣壊剣〔気分屋ウェザン〕、左手は剣壊剣〔予測屋ヨシヅェミー〕へと持ち替えていた。ハイベルはおそらく狩士だろう。各職業には装備できる武器の個数が決まっているが、狩士は様々な武器を8つまで同時に装備することができる。
もちろん、8つ同時に持てば、かなりの重量があるが、冒険者になった瞬間習得する技能【収納】が8つ同時携行を可能にしていた。【収納】の発動によって僕たちは異次元空間に武器や道具を最大九十九個まで収納することが可能で【収納】した武器は戦闘中でも切り換えることができるのだ。
「ヒャヒヒヒ、どうするぅ? その自慢の刀で受け止めたら壊れるぜ」
剣壊剣を二刀流し、襲いかかるハイベル。剣に絶対の自信と誇りをつめる剣士系複合職にとって剣が折れるということは致命傷。アルはハイベルの突きを刀で受け止めることもできず避けるのみ。
「ヒャヒヒ、避けてばっかりだとこっちには対応できないだろ」
突いた瞬間、【収納】によって短銃弓〔名前負けするドラゴンサンウ〕を切り換えるハイベル。瞬間、射出した矢がアルの左方、アネクへと飛んでいく。
「あまりアネクを舐めないことだ」
アネクはクローンを風圧で吹き飛ばしながらも接近する矢の存在に気づいていた。不用意に避ければクローンに当たる可能性もあると分かっているアネクは軽々とその矢を受け止め、へし折る。
「なっ……」
その光景に愕然とするハイベル。そして舌打ち。
「てめぇら最近ランク2になったばかりだろ。大した苦労もなしに軽々とハイベル様の攻撃を無下にするんじゃねぇーよ、ヒャヒ、気にいらねぇ」
怒り心頭のハイベル。しかし皮肉に笑うその顔に何か裏が隠されていそうだった。ハイベルは狙いを定めず矢を乱射しはじめる。
アルはその全てを捌ききることができず、通り過ぎた何本かの矢はクローンへと向かっていく。しかしそれは急激に方向を変え、一点に集まり、さらに地面へと打ちつけられた。
「鉄でできた鏃でござれば対策は簡単でござるよ」
コジロウの髪が微弱だが逆立っている。コジロウの腕から放たれたのはおそらく【磁力】。磁力で鉄の矢を集め、さらに方向すら変えたのだ。
「狩士が弓矢を使う場合、磁力などの影響を受けないものが好ましく、むしろそういった影響を受けるものを使うのであればもっと速度の速い銃を使うのが主流、とは一本指の狩士の持論でござるよ」
涼しげな顔でコジロウがディオレスの教えを教授する。
「どいつもこいつもふざけやがって!」
激昂するハイベル。しかしその言葉に続く言葉は驚愕のものだった。
「……なーんていうかよ、ヒャヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」
ハイベルが大爆笑し、舌を出しおどけてみせた途端、
「リアン!」
アルが叫ぶ。アルが胸に下げるペンダントが光っていた。もしかしたら仲間の危機に反応を示すペンダントなのかもしれない。僕も気づけず、コジロウも気づけず、誰も気づけず、しかしアルだけはそのペンダントのおかげで気づいた。最悪の事態に。
リアンの胸から血が流れ、倒れていた。
一体誰がそんなことを!? リアンのほうを向いて謎は全て解けた。
なんのことはない、ハイベルに斬られたはずのメッシュヘアーの女――リアンが治療していた彼女が立ち上がり歪んだ顔を見せていた。
「回復が一番できそうな子はウチが殺しといてあげたわよ、ハイベル」
「ヒャヒ、やっぱりこの作戦はサッイコォオオオオオだぜ、アリーン」
ハイベルとアリーン、互いの顔が歪み、僕たちを蔑む。アリーンの怪我を心配した回復要員がアリーンに近づき治療を開始する間、ハイベルが大袈裟に挑発、大胆に暴れ注意を引く。それがハイベルとアリーンの作戦だった。クローンを殺したくない僕たちはハイベルを注意せざるを得ない。それを逆手に取られ、ハイベルを警戒していると回復を担う仲間をアリーンによって倒される。僕たちはPKが他にもいるはずだと警戒して、クローンと戦わなければならなかった。でも、できなかった。僕たちはそこまで気が回るほどの経験をつんでいなかったから。経験の甘さが惨事を起こした。
その状況をハイベルとアリーンは歪んだ笑みで楽しんでいた。
僕はハイベルを睨みつける。アネクはこの状況に唖然とし、アルは哂うハイベルをすり抜けリアンのもとへと駆ける。
「ハイベェェェェェェェェェェル!」
僕は叫び、鉄球を【造型】! 問答無用で【速球】を投げる!!
「ヒャヒヒ……」
怒りで理性を失った僕にはハイベルの笑いの意味が分からなかった。
笑うハイベルに向かう【速球】を素手で受け止めたのは、アエイウ。
「ふっざけてんじゃねぇー!」
アエイウは僕に激昂する。
「ふざけてんのはそっちだ。肩入れする気か!」
「状況を読め。あいつの笑いの意味が分からんのか」
「笑いの意味?」
冷静になって考えると僕は大きな過ちを犯していたことに気づく。同時に笑いの意味も理解した。
「ようやく気づきやがったか。あいつの後ろには俺さまの女(予定)がいる。お前はあのプリティーガールに傷を負わせるところだったんだぞ」
律儀に括弧、予定、括弧閉じると言ったように正確にはアエイウの女でもなんでもはないのだけれど、ハーレムを目論むアエイウは既にリアンに目をつけていた。
あのまま確かにハイベルが避ければ、リアンに直撃していた。
ハイベルは目論みをアエイウに阻止されて、気に食わない顔をしている。
「ここは俺に任せて、お前はあの女を救うがいい! いや……待て。俺さまとしたことが迂闊。このPK野郎はお前に譲ってやる!」
「お前はどうするんだ?」
「決まっているだろう。俺さまのようなイケメェンは、ボスよりも中ボスを狙うっ!」
アエイウはそう言ってアリーンへと向かっていく。打ちのめして「俺さまの女になれ!」とか言うつもりだろうか。
「待っていろ。すぐに懲らしめて俺さまの女にしてやる」
安直過ぎる思考に嘆息しつつも、冷静になった僕はハイベルと向き合う。
「エミリーはそこで足止めしておけ」
「アエイウ様ひとりで大丈夫ですか?」
「アエイウ・エオアオに不可能はなーい。それよりも今日の夜を楽しみにしていろ」
一方のアエイウはリアンを斬りつけたアリーンへと近づく。アルもリアンのもとへ駆け寄ろうとはしているが、リアンを救出することが第一でアリーンは二の次だった。
「よそ見してんじゃねぇーよ」
ハイベルが僕へと円月剣〔泣き叫ぶギャトゥース〕の反った刃を向けてくる。その刃を受け止めたのはコジロウの忍者刀〔仇討ちムサシ〕。
「ヒーロー、ここは拙者が!」
「任せていいの?」
「任せていいでござる。ヒーローはリアンとやらが気になるのでござろう。憂いをなくさなければ、戦場では死ぬでござるよ。それに多様な武器に対応できるのは多様な技のみでござるよ」
確かに忍士は圧倒的な技能で翻弄する複合職だ。だから任せるべきなのだろう。
それにコジロウの言うとおり、僕はリアンのことが気になっていた。
そのせいでハイベルへと意識が疎かになり、コジロウが止めていなければハイベルの一撃を間違いなく受けて、傷を負っていた。
コジロウの忍者刀〔仇討ちムサシ〕が円月剣〔泣き叫ぶギャトゥース〕を止めている間に、僕はすり抜ける。
「ごめん、任せた。ありがとう、コジロウ」
「させるかよ!」
怒号とともに短銃弓〔名前負けするドラゴンサンウ〕から矢が射出――
「させるでござるよ」
する間際、コジロウが短銃弓を払い、標準を下へと向ける。僕はコジロウが何かをしてくれるだろうと予想していたので、振り向きもしない。ただ、ハイベルの横をすり抜けていく。
「ちぃっ!」
舌打ちがハイベルから聞こえるが関係ない。【転移球】で時間を短縮しつつ、僕はリアンのもとへと向かう。