聖女編-1 誘拐
アルフォード・ジネンは複数人から蹴られていた。地面に屈服された状態で、だ。
抵抗できるにも関わらず、一方的な暴力をその身に受けていた。
薄れゆく意識の中で、それでもアルフォードは、司祭のような男に背負われたリアネットを見続けていた。リアネットは何か毒でも盛られたのか眠り続けたままだ。
「あー、それでは退きますよ。必要なのは聖女様だけですが、人質はいるにこしたことはありませんから孤児たちも連れて行きましょう、よろしくお願いしますよ」
司祭のような男は傍らの男にそう言うと去っていた。
アルはそこで意識を失った。
***
***
「やっと、起きたみたいだね」
目を覚ましたアルに僕は声をかける。
「ここは……」
僕がいることに驚きつつもアルが呟いた。
「ここは……ユグドラ・シィルの宿屋だ」
「癒術会に行って治療するよりは、私らが治療したほうが安くつくだろう?」
ヴィヴィの声に再度アルが驚く。
「キミは……ヴィヴィか、久しぶりだな……」
とはいえそのアルには再会したことへの喜びはなかった。
「久しぶりの再会だというのにあんまり嬉しそうじゃないな?」
事情をなんとなく理解しているヴィヴィは、場を柔らかくするためか冗談を言った。
「すまない」
「謝らなくていいさ。冗談を返す元気もないなんて、よほど状況は悪いみたいだね」
「僕たちも驚いたんだよ。アルたちの住居についたら、みんな倒れてて、リアンの姿はなかったんだから」
「バルバトスさんとアクジロウは無事でしたか?」
「バルバトスさんは軽傷だったから、もうヴィヴィが治療した。アクジロウは重傷だよ。思考が痛々しいから治らないかも。でもアイツに事情は聞いたよ」
「はは、アクジロウには相変わらず手厳しいですね、レシュリーさん」
アルは少し疲れた表情で、僕に言葉をに返す。
「で、リアンが誘拐されたのは本当の話なの? アクジロウの言うことは妙に嘘臭いんだけど」
だからこれは念のためだ。
「ええ……その、通りです。俺はリアンを守ってやることができなかった」
「人質を取られていたんだろ……? だったらある程度、されるがままになるのは仕方のないことだと思うけど」
「ある程度なら仕方がないと俺も思います。でも、それでも……何かできたはずなのに……」
「腕が鈍ったというわけか……」
ユグドラ・シィルに来る前にヴィヴィにはアルが冒険をやめていることを告げておいた。アルのある種言い訳のような言葉に反応して、思わず言葉にしてしまったというところだろうか。言った後、ヴィヴィもしまったというような顔をしていた。
「辛辣だが……返す言葉もない。実戦から退いたとはいえ俺は、修行を疎かにしていたわけではないんだけどな」
落ち込むアルにそれ以上かける言葉見つからなかった。修業不足に人質、色々な要因が絡んでいたからアルが仮に高レベルだったからといって、ひとりで対応できたかは分からない。
「でも、その誘拐犯の目的はなんなんだろうね?」
「目的は……分かりません。……でも正体だけは分かっています。ユグドラ・シィルが壊滅したあとに、復興の隙を突くように廃墟の教会を乗っ取った新興宗教血盟会です」
「なんでその血盟会だったかがリアンを誘拐したと分かるんだ?」
ヴィヴィの疑問にアルはすぐに答える。
「誘拐したやつに見覚えがあるんだ。俺が顔を知らないとでも思ったのか、それとも知られているのも関係ないのか……」
「他に何か言ってなかった?」
「必要なのは聖女様だけって言っていました。だからリアンを……」
「ちょっと待て。リアンが聖女とはどういうことなんだい?」
「そういえばそのへんの話はしてなかったね」
「リアンは王族の血を引いている。古来から王族の血は神聖なものだから……聖なる血をもつ女性、聖女ってことだ。俺はリアンのボディガードになる。守れなかったが……」
「……何度も落ち込むのはよさないか、アル。にしても[十本指]にキミたちが選ばれたのには理由があったのだね」
「ああ、ここの教会を乗っ取ったのも、[十本指]の発表で、俺とリアンの正体が分かり、聖女が生きているとばれたからだろう」
「けど、犯人が分かっているなら、これはもう解決したようなものだよ。その犯人がリアンをどうにかするつもりなら、時間がないのかもしれないけれどさ、アルがすべきことは簡単だ」
「俺がすべきこと、ですか?」
「うん。リアンを助けに行くんだ。それがヒーローの役目でしょ」
「……ヒーローはレシュリー、あなただ。俺にとっても、リアンにとっても」
「いいや違うよ。リアンにとって今のヒーローはアルだよ。僕じゃない」
「そんなことはありません。今でもリアンのヒーローは……。レシュリーさん、俺の代わりにリアンを救ってください」
「……俺の代わりに?」
いつからアルはそんなことを言うようになってしまったのだろうか。
いや、もともとアルはそんな少年だったのかもしれない。けれどリアンを守るという責務がアルを奮い立たせ、そしてアネクという友がアルを支えていたから弱音を吐くことがなかっただけだ。
アネクは今でも剣となりアルを支え続けているが、やはり言葉で勇気づけてくれたりする仲間であったほうが何倍も心強い。
そんな支柱のひとつがなくなったなかで、守るという責務が果たせずさらに支柱を失った。そのせいで、ポッキリとアルの心が折れてしまった、そんな感じだろう。
「いやだよ」
だから僕は言ってやる。




