大草原編-10 釈放
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「何これ?」
「配達員が今日の早朝泣きついてきたわ。あんた、ころころ居場所変えるからさ、ユグドラ・シィル行ったらいなくて一発逆転の島に行ったらいなくて、ここに来たけどいなくてって状態で、本来はもっと前に渡すつもりだったらしいわよ」
手紙を開いて読んでみると、ヴィヴィの釈放の日時が書いてあった。
なぜ僕に? と思ったけど出迎え人のディオレスの代理人として名前を書いていたことを思い出した。
「ここからだとヴィヴィのいる刑務所まで三日ぐらいかかるね」
「歩いていく気なんだ」
「馬にはまだ乗れないし、地図を買ったから大陸の地理を頭に入れておきたいんだ」
「だろうと思った。でもだとしたら、明日出発したとしてもギリギリよ」
「今すぐにでも出ようと思ってるんだけど……」
「メレイナがたくさんご飯作ってたのは誰のためだと思う?」
それを言われてもう何も言えなくなった。さっきから漂う美味しそうな匂いはメレイナの手料理だったらしい。
「分かった。遅刻はしたくないけど、頂いてから行くよ」
観念するように僕は近くのテーブルに腰をすえる。
「あと、セリージュのことお願いしていいかな? 彼女は仲間を捜してるんだ」
「それは歓迎するけど、あなたはいいの?」
ネイレスがセリージュに尋ねると、
「それは……」
と少し困惑したような表情を見せる。いきなりの提案で戸惑っているのかもしれない。
「セリージュは男性恐怖症なんでしょ? だったら、ネイレスのチームは女の子ばっかりだし、ちょうどいいと思うよ」
後押しするように、僕は言った。それはそのときの方便だったのか、判断につかないけれどわずかに考え込み、
「あなたが、そう言うなら……分かったのね」
「ということでメイレナもムジカも彼女と仲良くしてあげてほしい」
「言われなくても、ですよ!」
とふたりは頷いた。
「じゃ、いただきましょ。メレイナの愛の込められた手料理を……ね」
「だから、そうやってからかわないでください!」
ふたりのやりとりを見て、僕とセリージュは笑っていた。
***
夜遅く、僕は四人に見送られて大草原を後にした。
それから三日かけてヴィヴィのもとへと向かう。有名人だったことを忘れていた僕が酒場で食事していたら、冒険者に襲われたりとかサインを求められたりとかして色々時間を食ったことは詳細を語りたくないぐらい嫌な思い出だ。
ついでに立ち寄った酒場にココアが置いてなかったことも。
「や、意外と遅かったね」
監獄へと辿り着くと釈放されたヴィヴィがいた。深海のような青い長髪はさらに長さを増しており、まるで別人に見えた。
「いろいろと噂は聞いているよ」
「だとしたらディオレスとかのことも知ってるってわけだ」
「亡くなった、というぐらいは。だがなぜ死んだのかは知らない」
「そっか。ま、色々と話す必要があるかもね。とりあえず行きたい場所は?」
「まずは美容院だな。髪を整えたい」
「そのままでもいいと思うけどね」
「さすがにボサボサのままなのは私が気に食わない。身だしなみというやつだ」
「ま、僕はどんなヴィヴィも綺麗だと思うから別にいいんだけどね」
「キミは相変わらずだな」
「へっ? 何が……?」
「いや、なんでもない」
「で美容院のあとはどうしようか?」
「キミの行きたいところに行けばいいさ。私はついていくだけだ。ただ今の私は弱いよ。刑務所では思ったほど経験も積めなかった」
「いいよ、そのぐらい。僕が守るから」
言うとヴィヴィがやっぱり相変らずだね、というような顔で呆れてくる。
「とりあえずリアンとアルにでも会いに行こうか。キミは色々あって、会ってないでしょ。アネクの墓参りもしなきゃ」
「そうか。そういえばアネクも……」
ヴィヴィが昔を懐かしむようにかすかに笑い、けれどもすぐに哀しむような表情になる。
新人の宴でアネクの毒を治し、共闘の園でアネクと共闘したのはヴィヴィだった。色々と思うところもあるのだろう。
「それじゃあ行こうか、ヴィヴィ」
感傷に浸るヴィヴィを気遣うような気休めは言わず、僕はただ目的地に向かおうと促す。ヴィヴィは僕の言葉にゆっくりと首肯した。




