大草原編-5 盆地
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翌朝、全員が寝静まっているところを見計らって僕は遊牧民の村を旅立った。
独断だったけれど、昨日ネイレスたちには話をしてあるので僕がいなくてもどこへ行ったのか分かるだろう。
向かうのは当然、シラスト盆地だった。草原の快い空気を吸いながら、僕は疾走する。
ネイレスたちには話していなかったけれど、シラスト盆地からマンティコアが流れてきたのは、おそらく人為的な何かが行なわれているからだろう。アト山脈からマンティコアの天敵がやってきた可能性もあるけれど、それは極めて低い。そもそもマンティコアが他の魔物の天敵となりえるからだ。
そしてそれはもしかしたら、かつて草原に入ってきたマンティコアとも何かしら関係があるかもしれない。あの時から実験か何かが行われていて、そして何かが理由でその実験が本格化したのか、それとも組織化したのか。
何にしろ、ブラジルさんが引き受け、僕が見ていた依頼の延長上にあるような気がしてならない。それは直感でしかなかったけれど。
それでも見ていた当事者として、あの時、大草原に入ってきたマンティコアが入ってきた理由を知らないといけない。そんな気がするのだ。
もっとも今の大量発生があの時の依頼とは無関係で、杞憂に終わればそれで良かった。
走り続けているとシラスト盆地が見えた。
草原から盆地へと続く下り坂を眺め、盆地を眺めた。木々が多いらしく盆地を眺めるだけでは何も分からない。当然といえば当然だった。
でも、そこで異変に気づいた。僕はここに来るまで魔物に遭わなくて良かったと嬉しがっていたけれど、それは裏を返せば、マンティコアが大草原のどこかに出現しているという証明でもあった。
さらに運良くなのかはともかく、マンティコアにも出くわさなかったから、僕はここまで魔物そのものに出遭うことなかった。
「目的を持って行動しているのか?」
何かがおかしいという疑問が浮かぶが、当然答えは出ない。
「行って確かめるしかないね……」
僕は下り坂を歩き始める。
そのときだった、
「待ちなさいなのね」
その言葉にビクッとなった。
「誰……?」
聞き覚えのある言葉に周囲を探ると、すぐ後ろに見覚えがある顔があった。
「ようやく追いついたのね」
「確か……セリージュだったよね? どうしてここに?」
戦闘の技場で助けた冒険者セリージュ・ポワゾがそこにいた。
「あなたに恩を返してないのね。だから追ってきたのね。それに――」
セリージュは少しだけためらって続ける。
「私は仲間を失ったのね。だから戦闘の技場をもう一度受けれないのね。責任とってほしいのね」
「……責任ね」
確かにあるのかもしれない。彼女の仲間――フィオナスの「助けて」という言葉に反応して、勝手にセリージュを助けたのは事実だ。
「……どうすればいいの? というか仲間探しできる酒場はそのまま残っていると思うんだけど?」
「私は男性恐怖症。あそこは男性が多すぎるのね」
その答えにあきれ返って問うてみる。
「いや……僕は?」
「なぜか大丈夫なのね。恩人だからなのかもなのね」
「なんだそれ……」
「だから、責任を取るのね!」
何がだからなのか、分からないけれど、セリージュの仲間を見つけないことには、「責任を取った」ことにはならないのかもしれない。
少しため息。
「悪いけどキミの問題は後回し。まずは目先の問題を解決してからってことでいいかな?」
「放ったらかしにしないならいいのね」
「もちろん」
「ついでに私も戦うのね」
「それは頼もしいね」
「当たり前なのね! 知っていると思うけれど、私はランク4双剣魔士なのね。そもそも男性恐怖症の私たちが負けたのは相手が男性だったからなのね」
「キミのチーム全員男性恐怖症だったのにむしろビックリだけどね」
「分からないのも当然なのね。全員完璧にそれを隠しているから。でも男性相手だと本来の力の二十五%しか発揮できないのね」
「それは致命傷すぎる気がするよ……」
嘘か本当か判断がつかず信憑性がない。負けた言い訳をしているようにも感じられた。しばらくしたらセリージュも僕もそんなことを言っていたということすら忘れそうな話だった。
「でもそうじゃなかったら大丈夫なのね。期待大なのね!」
「それなら……よろしくお願いするよ」
なんだろう、この不安は……。
それでも双剣魔士はありがたい。本職魔法剣士副職剣士で成り立つその複合職の最大のメリットはふたつの魔充剣に階級6までの同じ攻撃魔法を宿せることだ。
似たような職業として魔双剣士と双重剣士があるから複合職を把握できてないと、こんがらがう冒険者も多い。
復習するように整理しておくと、魔双剣士はひとつの魔充剣に階級3までのふたつの異なる攻撃魔法を宿せ、双重剣士は魔充剣に限らずあらゆる剣に階級2までの攻撃魔法を宿せることができる。
この辺がきちんと整理できてないと戦術を立てるときに混乱する、と聞いたことがある。僕はまだ混乱したことがないし、もうすることもないのかもしれないけれど、それでも注意するに越したことはない。
「ところで何をしに行くのね?」
「マンティコアが大草原に進入しているから、その原因を探る」
「この先に何かあるのね?」
「たぶんだけど。でも無駄足になるかもしれない可能性だってある」
「それでも行くのね?」
「そりゃね。キミこそ事情も何も知らなかったのに、それでも手伝おうっての?」
「何しにここへ来たと思っているのね」
「確かに。訊くまでもなかったね」
改めてシラスト盆地への下り坂を見据えるとその横にセリージュが並ぶ。
「それじゃ行こうか」




