大草原編-4 旨味
4
「みなさん、ご飯ができましたよ~」
談笑しているとメレイナが鍋を持って姿を見せる。
鍋がかなり重いのか、ゆっくりとした足取り。
「手伝うよ」
僕はメレイナの持っていた鍋を引き取る。結構な重さだ。
「ありがとうございます」
鍋を取るときに僕の手とメレイナの手が触れ、メレイナの手が若干赤くなっていた。
草原にぽつりと灯る焚き火を囲うように作った石造りの囲炉裏の上に置く。
鍋を引き取ったとき、いやそれ以前から漂う美味しい匂いが、空いた腹を刺激する。
汁の中に見えるサブラージ香草の匂いだろう。食欲を誘発すると云われているその香草の特徴にまんまとはまり、お腹がぐるるぅと威嚇するように鳴った。
「ふふ……よっぽどお腹が空いてるんですね」
丸聞こえだったらしく、メレイナが笑う。
「ははは……みたいだね。さっそく食べよう」
気恥ずかしくなった僕はごまかすように、御玉で鍋からサブラージ汁を掬う。きっと顔は真っ赤になっているだろう。
お椀に入れたサブラージ汁をメレイナに渡すと、メレイナがムジカに、ムジカがネイレスへと渡す。
「ん、ありがと」
ネイレスさんがお礼を言う頃には次のお椀がムジカへと渡り、ムジカがお礼を言う頃には、メレイナにお椀が渡っていた。
僕が汁を掬うと、わざわざ待っていてくれたらしいネイレスが言った。
「いただきます」
「美味しくないかもですけど……」
自信なさげにメレイナが言う。
「そんなことないと思うけど?」
美味しさは食べる前から匂いが証明している。
僕はその汁をそそる。一言で言えばさっぱりしていた。そうして喉を通る頃には旨味が身体全体に浸透する。
「ん、やっぱり美味しいよ」
「良かったです……」
その言葉に胸をなでおろすメレイナ。
「そんなに味に自信がないなら、ムジカに手伝ってもらえばよかったのよ」
意味深にネイレスさんが言う。僕が理解できないでいると慌てたようにメレイナが言った。
「ダ、ダダダメですよ。そんなずるしちゃ!」
ずるというメレイナの言葉と、ムジカの手伝いというネイレスの言葉で、点と点が線で繋がる。
「ああ、【旨味成付】か。確かにそれはずるい」
援護癒術階級1【旨味成付】は、簡単に言えば料理の旨味を引き出し料理を美味しくする。美味しくないご飯は戦闘時の冒険者のモチベーションに影響するとかなんとかで生まれた癒術だったはずだ。
「私は使ってもいいと思うんですが……貴族の人なんて美味しいものを食べるために【旨味成付】専門の冒険者を雇うことだってあるって噂もあるぐらいですよ?」
「でも、それって愛情とかそういうのをごまかしている気がするんです!」
メレイナが力説する。
「それって、レシュリーに愛情のこもった手料理を食べさせたかったってこと? 憧れてるからって、いくらなんでもそれはねぇ……?」
ネイレスさんが揚げ足を取るようにムジカに問いかける。
ムジカはからかわれているメレイナを想ってから何も言えずに戸惑っていた。
「ちちち違いますよ。だいたい、ムジカやネイレスさんだって食べてるじゃないですかっ!」
「こもり方が違うんじゃないの?」
「からかわないでくださいっ!」
メレイナが顔を真っ赤にして叫んでいた。こういうとき僕はどうすればいいんだろうか。
「そんなことより、さっき何を話していたんですか?」
「あ、全力で話題変えたね」
ネイレスさんが爆笑する。ブラジルさんの死をきちんと乗り越えれたのだろうか、とふと心配になった。空元気じゃないといいんだけど。
「ま、メリーをのけ者にするのはフェアじゃないから言うけど、レシュリーの能力値を見ていたのさ」
「レシュリーさんの、ですか?」
「すごく見たいって顔しているね、メレイナ」
「そりゃそうですよ、レシュリーさん。ワタシだって一応投球士系複合職ですし……」
「だったらあとでネイレスさんに見せてもらいなよ」
嬉しそうにメレイナは顔を綻ばせる。
僕はサブラージ汁をおかわりして、
「それよりもマンティコアはどうするの?」
「どうもこうも絶対的に戦力が足りないよ。毒に弱くすればやりようはあるんだけどね」
「あ、そうか。それで他の魔物はおとなしかったのか」
「そうよ。ブラジルさんが毒に弱くしてくれたおかげでマンティコアの尻尾の毒を恐れて、ほかの魔物は現れないのよ」
「確か……マンティコアは他の冒険者や外敵を恐れてここにやってくるんだったよね? じゃ今回は何を恐れてここにやってきているんだろう?」
「ユグドラ・シィルのように領地拡大のために攻めてきたって思ったんだけどそれならもう攻め込まれた時点でアウトじゃない? だからそれも違うと思うのよ」
「実際行ってみるのがいいかもね」
「でもどこからやってきたかなんてわかるんですか?」
「ある程度はね。グレードフィールダー大草原はアト山脈とコーセウス山脈に囲まれているから入口はふたつ。北西の入口にはフレージュがあるし、南側にもマンズソウルがあるのよ」
僕はサブラージ汁を啜ってから、話を続ける。
「となるとアト山脈やコーセウス山脈から来た線も考えられるけど、それだったら、その辺りで狩猟している冒険者から情報を得られるはずだよね?」
「そうね、あの辺は山菜や鉱石が採集できる場所がたくさんあるから、大量のマンティコアがいたら、採掘にも困るしもっと討伐依頼が出るはずね」
「そうなると、南東にあるシラスト盆地が怪しいと思う。地図でしか確認したことがないけど、あそこに行くにはこの草原を抜けるかアト山脈を越えるしかない。この草原は半端な冒険者には近寄りがたいし、アト山脈を越えようにも近くには廃城クリンタがある」
「クリンタっていうとあのアジ・ダハーカがいた場所ね」
「うん。アジ・ダハーカはユグドラ・シィルの戦いで死んだけど、一匹だったっていう保証がないから、まだクリンタ付近には近寄りがたいはずだよ」
「だからシラスト盆地に冒険者は行きづらい。ゆえに目撃談も少ないってことね」
「まあ、単純な推測だから、僕が行って確かめてみるよ」
「そんなことまでさせられないわ」
「どんな危険があるか分からないからね、ランクが高い僕が行くほうが安全だよ」
「そうだけどいいの?」
「いいよ。ちょうど修行にもなるし」




