裏側
50
その一方で終わった恋もある。
いや、それも終わったと言っていいのかは分からない。
変化した、というべきなのかもしれない。
「今日、レシュリーがこの島を出るらしいよ」
どこでそんな情報を聞きつけたのか、リーネがジネーゼに告げる。
「それがどうかしたじゃんよ」
「また会えるかもしれないけど、挨拶しといたほうがいいんじゃない?」
「なんでじゃんよ……?」
「だってジネーゼは……」
「色々勘違いしすぎじゃん。でもまあ、行ってくるじゃん」
「素直じゃないなあ」
橋のほうへと去っていくジネーゼを見ながらリーネはそう呟いた。
そうしてリーネの言葉に押されるように、橋へと向かったジネーゼは、レシュリーの本音とアリーの告白を聞く。
胸がちくりと痛んだ。
失恋のはずなのに、ジネーゼにはどうにもそれが失恋に思えなかった。
それでもジネーゼにはまだ恋心が残っているように思えたからだ。
そもそもジネーゼとレシュリーの出会いは新人の宴ではない。
出会いはそれよりもさらに一年遡る。
リゾネやリーネたちと仲良くなる前、落第者のレシュリーが修行を始めて一年後。
ジネーゼがひとりで修行をしていた頃まで遡る。
その頃からジネーゼは毒の研鑽を積んでいた。
毒が最強の魔物である、ソレイル・ソレイルがそう唆されたように、ジネーゼは毒が最強の魔物であると思い、毒師ブラッジーニを勝手に師と仰ぎ、最強の毒を作り出そうとしていた。
幼いゆえに単純だが、最強という言葉に惹かれていたのだ。
原点草原に毒をもつ魔物は少ないため、ジネーゼは専ら回帰の森へと経験を積みに行っていた。
そして日頃通いなれている、そんな慢心からか、自然が作り出した穴へと嵌ってしまう。不運なことに地中から露出していた木の畝に足が挟まり抜けないでいた。
ほとんどが原点草原で経験を積んでいるため、回帰の森は普段から冒険者の絶対数が少ない。
木が鬱蒼と生い茂り常に木陰がある回帰の森は視界も悪く、穴があることも、その穴に誰かが落ちていることも気づくものは少ない。
「助けてじゃんよ」
最初は叫び続けていたジネーゼだったが、誰も反応しないそんな寂しさ、ジブンはここで死んでしまうのかも、そんな絶望感、ひとりぼっちという不安、様々な負の要素が重なって、声も小さくなっていく。
そんなときだ、
「誰か……いるの?」
それはレシュリーの声だった。もっともこのとき、ジネーゼにはそれが誰だか分かっていなかった。
レシュリーはその日、落第者の名を隠し他の冒険者を援護して路銀を稼いでいた。
その冒険者のひとりがわがままを言い出して、原点草原ではなく回帰の森を訪れた偶然が、レシュリーに助けの声を聞かせた。
気のせいだ、という他の冒険者に正体を明かし、文句を言われ、追い出されることで、わざとひとりになったレシュリーはそうして声の主を探していた。
気のせいだったらいい、そう思うレシュリーのもとに聞こえたのがジネーゼの声だった。
しかしそれはか細い。
「どこにいるんだ?」
「……ここ、じゃんよ」
という声は葉が擦れる音にかき消される。ジネーゼの喉はもう限界だった。
どうするか、と思ったレシュリーはふと【転移球】を作り出す。
レシュリーはアリーに教えられるまで援護球が必中だとは知らなかった。
それでも今まで培った経験から、おそらくこれなら助けれるのではないか、そんなことを思った。
レシュリーはどこにいるか分からない対象者へと【転移球】を投げた。
ゆっくりと、ふらふらと進む【転移球】はそれでも対象者へと、ジネーゼへと向かい、地面へと消えていく。
瞬間、空中へとジネーゼが転移していく。
いきなりのことに、レシュリーはジネーゼを抱えることができずに
「痛いじゃん」
ジネーゼはしりもちをつく。けれど同時に助かった、とジネーゼは安堵していた。
「無事でよかったよ」
レシュリーはそれだけを言って去っていく。自分が島の冒険者に良く思われてないことは知っていたから正体を明かすつもりはなかった。
「さっきの球は……」
投球できるのは、この島でたったひとりだ。それだけでジネーゼはレシュリーがジブンを助けたのだと分かった。
胸が高鳴った。
ジネーゼは人を助けて人知れず去っていくレシュリーを思わずヒーローだと思った。
最強に憧れた少女は単純だ。それでも、惚れる理由にはなりえた。
不運なのはジネーゼは単純だが聡かったところだろう。
リゾネに嫌がらせされないようにリゾネに合わせるしかなかった。
文句を言うしかなかった。レシュリーをコケにするたびに自身も傷ついたけれど。それしかできなかった。
だから一緒に旅もできなかったし、後を追うこともできなかった。その資格がないと思った。
一発逆転の島で再会してコケにしたのも、リーネが隣にいたからだった。
けれどリーネには見抜かれていたし、リーネがジブンのせいで死にかけたときに殴られて、ジネーゼは変われた。
だからというわけではないけれど、まだ素直にはなれないけれど告白だけはしておこう。
そう思った矢先に、レシュリーが誰が好きか、を知った。両想いだと知った。
それでも諦めれないジブンもいる。それは未練だろうか。ずうずうしいのだろうか。
よく分からない心を抱いたまま、ジネーゼはレシュリーに見つからないところで立ち尽くしていた。
「ごめん、ジネーゼ」
様子が気になったリーネが佇むジネーゼを見て謝った。
自分が言い出さなければ、こんな目には遭わなかったはずだから。
「いいじゃんよ。気にしてないじゃん。むしろ、清々しい気分じゃん……」
それは嘘だ、とリーネには分かった。
ジネーゼの目尻には涙が溜まっていた。
「美味しい料亭を教えてもらったからさ、そこに食べに行こ」
慰めになるかどうかは分からないけれどリーネは言った。
「でもそこ、ココアがないらしいよ」
「……それはちょっと減点じゃん」
ジネーゼは目尻に溜めた涙を拭って、笑った。
『冒険者情報』―――――――――――――――――――――――――――
レシュリー・ライヴ
LV372 薬剤士 〈双腕〉 ランク5
【取得技能】
造型、速球、煙球、転移球、断熱球、火炎球、着火補助球、毒霧球、蜘蛛巣球、破裂球、治療球、回復球、蘇生球、合成、回転戻球、戻自在球、清浄球、擬態球、滅毒球、剛速球、変化球・急落下、収納、変化球・急上昇、三秒球、三秒爆球
【装備】
鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕、適温維持魔法付与外套、駝鳥の羽飾り、駝鳥の防護腕具、駝鳥の長靴、保護封
アリテイシア・マーティン
LV388 放剣士 〈操作無効〉 ランク5
【取得技能】
技能向上、弱火、雷網、氷結、熱衣、強炎、炎冠、戦闘力強化、同身、突雷、風膨、模写、硬化、氷牙、氷長柱、超火炎弾、突神雷、炎轟車、猛毒酸、加速、氷河帯、炎轟車、魔祓
【装備】
魔充剣レヴァンティ、狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕、袖無軽服〈微変〉、月桂樹の手袋〈修〉、短裾丈〈微変〉、長靴下〈微変〉、保護封
コジロウ・イサキ
LV385 忍士 〈中性〉 ランク5
【取得技能】
煙球、造型、磁力、影分身、迷彩、苦無、潜土竜、伝火、擬態球、鉤縄、手裏剣、祓魔印、蜘蛛巣球、変木術
【装備】
忍者刀〔仇討ちムサシ〕、浴衣〈更望〉、毒蛇の腕輪〈整〉、蛙の草鞋〈整〉、保護封
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