一矢
45
「案ずるな。所詮、複合職ではそのようなものだ」
見下した態度、それが救えなかった僕にとって腹立たしさ以外の何ものでもなかった。
「黒騎士、本当に僕たちではあなたに敵わないのか?」
「その通りだ……」
そう呟いた黒騎士は空高くから急降下してくる何かに気づいた。
「……っ!」
途端、身を反らした黒騎士だったが、わずかに遅くその黒鎧に若干ながら傷がつく。
僕はにやりと笑う。
「……まさか私が複合職ごときにかすり傷を作るとは」
「纏っているものに傷をつけただけだよ」
ふっ、と黒騎士は笑う。
「傷をつけた褒美に教えてやろう。これは鎧ではない」
「どういう意味だ?」
「ようは私が鎧の魔物だということだ」
「魔物? お前は魔物なのか?」
「ああ」
「魔物がどうして冒険者だったオジャマーロと取引なんか……?」
「それを答える義務があると思うか?」
「ないだろうね」
「……ただお前が全てを手に入れようとするならば私は立ち塞がるだろう」
「その時こそ、守るべきものを守ってやる」
「はっはっは。それは期待しているよ」
そう言って黒騎士は姿を消した。
「わけが分からないわね」
確かにそうだった。いろいろ謎が多すぎる。
「レシュ殿も、堂々と話をしていたでござるが、怖くなかったでござるか?」
「あの黒騎士は僕たちを殺そうとはしなかった。だからだと思うよ」
「確かに。手を抜かれたって感じはしたわ」
「それでも手強かったでござるが……」
「もっと強くならなきゃ」
そう言って【蘇生球】を作り出す。
「あんた、もしかして……」
「駄目かもしれないけど……試したい」
「分かった。でも一回だけよ。一回で駄目なら諦めて。私が心配したくないから」
「分かったよ」
アリーに言われた通りに【蘇生球】を投げたのは一回だけだった。オジャマーロに吸い込まれていった【蘇生球】は何の反応も起こさず、オジャマーロは生き返ることはなかった。
結局、僕はオジャマーロは救えなかった。
こんな結末がいいことなのか悪いことなのか分からない。
***
「結局、あの黒騎士に当てたのはどうやったのよ?」
ジネーゼたちと合流する最中、アリーが訪ねてきた。
「【戻自在球】を【変化球・急落下】に変化させた。ただそれだけだよ。上手い具合に糸が切れなかったらどうしようと思ったけど案外上手くいくものだね」
「奇抜でござるな」
「奇抜だった、というよりも黒騎士自体が【戻自在球】の特性を見抜けていないだけのような気がする」
「固有技能には上手く対応できないってこと?」
「たぶん。分からないけど……僕はそう感じた」
もし黒騎士に勝てる可能性があるとするならばそこなのではないだろうか。
いずれ対峙したときのために僕は胸に刻み込む。そして次こそは勝つ。そう決めた。
***
「ジネーゼ、様子はどう?」
意識を取り戻した社員たちを見れば状況は丸分かりだが、それでも僕はジネーゼを労わるようにそう呟いた。
「ばっちしじゃん。調べてみたら、裏取引で扱われてる毒だったじゃんよ。迷惑なことに解毒は難しいやつだったけど、そういう取引のものは研究し尽くしているジブンにとっては簡単だったじゃん」
「そ、なら良かった。経費云々はあとで請求してくれればいいから」
「それを今言うのは野暮じゃん」
「まあ、それもそうか。にしても多いね」
若い男が数十人、たぶん四十人ぐらいいる。
「この子たちは全員……」「オジャマーロがー」「趣味のために雇った……」
ふと声がした方向を見るとそこにいたのはフレアレディ・フロストマンだった。
それを見たジネーゼとリーネがなぜここにいるのか戸惑う表情を見せる。
「まだ抵抗するつもり?」
アリーとコジロウが身構えるが、僕がそれを制止する。
「争う気は、ないんだよね?」
「ああ……」「弟を人質にー」「取られていたからな……」「従ったまでだ」「もう……」「その脅威はー」「ない……」
気が抜けたようにフレアレディは地面に腰を下ろした。
「さて、これで一件落着だね」
「シュキアには会って行かないの?」
「兄弟の再会に僕たちは野暮でしょ」
***
「むきゃー! 放しなさい。痴漢変態極悪面!」
屋敷を出て聞こえてきたのは悲鳴だった。
「ひどい言われようだな、おい」
舌なめずりしながらシッタ・ナメズリーが腕を押さえていたのはテンテンだった。
「おう、レシュリー。こいつ屋敷から飛び出してきたから捕まえといた。どうする?」
「とりあえず司法に委ねよう」
「でもこいつ司会者だろ?」
「そいつはオジャマーロに雇われた冒険者でもあるんだよ」
「なら、とりあえず他に捕まえた冒険者と一緒にしとくか」
そう言って、シッタは縄にかけている冒険者の元へと連れて行く。
「全員を救助できたんだね?」
フィスレが確認するように呟いた。
「うん。これで根源は絶てたと思う」
「そうか。なら解決だな。お疲れ様、レシュリー・ライヴ」
労わってくれたフィスレたちとともに街に戻ると一緒に戦った冒険者が待っていた。縛られている冒険者はオジャマーロに雇われた冒険者だろう。
一般人に雇われた冒険者は割に合わないと分かるとすぐに逃げ出したとかエリマさんが言っていた。
「お疲れさま」
その一言で僕たちは解散した。
宿屋の寝台で横になると僕は疲れていたのか一瞬で眠りについた。




