奥手
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「よほほほほっ! 来ると思っていたでおじゃる!」
「意外ね。どうして逃げてないの?」
「簡単でおじゃる。こちらには奥の手があるのでおじゃるよ!」
指をパチンと鳴らして現れたのは、右半分が炎の紋様、左半分が氷の紋様の衣装を着た冒険者フレアレディ・フロストマン。
ジネーゼたちが的狩の塔で仲間として戦っていた人だった。つまりこの人はオジャマーロ傘下のひとりだったってことか。
「よほほほほっ! 弟を返して欲しくば、しっかり戦うでおじゃ!」
いや、むしろその言葉を聞く限りでは、フレアレディもシュキアのように脅されているようだった。
「脅したりとか、色々やり方が姑息だな、オジャマーロ」
「当然でおじゃる。まろは賭け事に負けて大金を支払いたくないでおじゃるからな! ここでお前を殺せば、お前への配当を払わなくて済むでおじゃる!」
「やっぱり払う気なんてなかったんだな」
「当然でおじゃる。まろの金はまろのもの。戦闘の技場の賭け金もまろのものでおじゃる!」
醜く歪んだ笑みのオジャマーロが宣言する。
「それに、奥の手がひとりだけだと思うなでおじゃ!」
窓を割って乱入してきたのは、テンテンとかいう司会者。やっぱり冒険者でオジャマーロの仲間だった。まあ司会やってる時点で無関係だとは思ってない。
「やっほー、呼ばれなくても飛び出るテンテンちゃんだよー! おっかねぇーけどお金のために」
お気楽な声から一変、
「死ねやコラ!」
最後の一言だけドスを効かせたテンテンは星球型棍棒〔蝿叩きヴェルゼバーブ〕を振り回し、コジロウめがけて猪突猛進。フレアレディはそれに合わせて、アリーへと四本の耳短剣を放つ。
「よほほほほっ! レシュリー・ライヴ! まろが相手してやるでおじゃ!」
「あんた、戦えるのか?」
「よほほほ、元冒険者のまろを舐めるなでおじゃる。折り紙つきのまろの実力に驚くでおじゃるっ!」
【収納】で鉄扇〔嵐を呼ぶセンターフィールド〕を取り出したオジャマーロは広げて舞うような姿勢を取った。
手加減は当然のことながらしない! するわけがないっ!
僕は全力でオジャマーロに向かう。
オジャマーロの腹部に狙いを定め鷹嘴鎚を振るう。
対人では鎚のほうで殴打するけれど、今回は嘴のほうを向けていた。
突き刺しても脂肪に塞がれて致命傷には至らないはず。
こいつはシュキアの弟さんを助けるまで生かしておく必要があるけれど、それでも手加減なんてしたくなかった。
しかしオジャマーロは僕の鷹嘴鎚の一振りを避ける。意外にも俊敏だった。
けれど、足を捻ってその場にこけ、そのまま痛みにあえいでいる。僕は元冒険者オジャマーロの実力とやらに驚いていた。たぶんオジャマーロの言葉の意味とは逆で。
オジャマーロは弱かった。肥え太ったオジャマーロの体格は運動不足を招いていた。
「よほほ、こんなはずでは……。確かにまろは冒険をしていた頃よりも六十Kgは太ったでおじゃるが……たったそれだけしか太っていないのでおじゃる。体がこんなに鈍っているはずがないでおじゃるっ!」
「けど、それがあんたの今の実力だよっ!」
遠慮なく、鷹嘴鎚を振り下ろし、オジャマーロの太ももを啄ばむ。
「ひぎぃ……ま、まろを殺す気でおじゃるか?」
「いや殺しはしないよ。しないけど痛い目にはあってもらう」
もう一度鷹嘴鎚を振り下ろし、オジャマーロの二の腕を啄ばむ。
「よほ……ほほ……痛いでおじゃあああああ! テンテン、フレア、助けるでおじゃるよっ!」
「無駄よ」
「そうでござるな」
顔を必死にあげて助けを乞うオジャマーロに応えたのはアリーとコジロウ。傍らには、壁に激突したフレアレディと床に顔を埋めているテンテンの姿があった。
「実力が違うのでござる」
「確かにあんたの弱さに見合った奥の手だったわ」




