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tenth  作者: 大友 鎬
第2章 交わらぬ嘘
10/852

一目

 5.


 僕は何かが気になって後ろを向いた。

「どうしたの?」

 ネイレスが僕に尋ねる。

「たぶん、気のせい」

「それが正解ね。後ろからは誰も来ないわ。来るとしたら倒し損ねたインプぐらいだけど、それは別にどうってこともない。それよりも油断しないで、もう着くわ」

 僕は再び前を向き、歩を進めた。

 それから飽きるほどインプを倒していくと大部屋に出た。ガーゴイルと戦ったときのように空が見える。日は沈んでいて、星々が輝いて見えた。

「着いたわね。時間はまだ、大丈夫みたい」

 胸の谷間から出した懐中時計でネイレスが時間を確認する。谷間に思わず目を逸らす。

 時計の針の音が静寂に響く。

 その静寂を壊すように奥からそいつは現れた。地響きを鳴らしながら、ゆっくりと。

 そいつの背は草原で見たジャイアントよりは低いが僕たちのニ倍以上の背丈があった。腰には羊毛でできた腰巻を巻き、両手には大木を精巧に削ってできた棍棒。額には角。巨大な足は手のような形をしている。しかし何よりも特徴的なのは顔と同じぐらいの大きさの一つ目。その巨大な瞳が僕たちを見下していた。

 サイクロプス(一眼巨人)だ。

 ネイレスが上下刀〔どちらの道へアトス兄妹〕を構え、僕も【火炎球(バーナー)】を【造型(メイキング)】。【火炎球(バーナー)】にしたのはジャイアントに【速球(ブレイカー)】を弾かれた時の教訓を活かしてだ。【火炎球(バーナー)】なら接触後引火するため、弾かれる心配も無いはず。

「弱点は目。でも気をつけて。サイクロプスの瞼はそんじょそこらのモンスターの甲羅や皮膚より固いわ」

 そう言ってネイレスが駆ける。

 僕はサイクロプスの眼球めがけて【火炎球(バーナー)】を投げる。サイクロプスが瞼を閉じる。【火炎球(バーナー)】が瞼に直撃、引火するも、サイクロプスは痛がりもしない。

「痛覚神経が瞼には通ってないから痛みを感じないの。瞼だけね。火傷してるとは思うけど瞼だけ再生能力があるから意味ないわ」

 ネイレスの言葉通り、瞼にできた火傷が一瞬にして治癒されていく。瞼だけが守りに特化していて唯一の弱点、目玉を守っているのだ。

 つまりその瞼をなんとかしてしまえばわりと倒しやすい相手ともいえる。なんとかするのが大変なんだろうけど。

 ネイレスがサイクロプスの胴体へと【苦無(スピアエッジ)】を投げる。ひし形をしたナイフのようなそれはサイクロプスの腹に突き刺さるが肉腹の弾力ですぐに抜ける。

 僕は【破裂球(ショッカー)】を【造型(メイキング)】。【火炎球(バーナー)】の火傷でビクともしないなら、僕の投球速度と、【破裂球(ショッカー)】の棘で瞼をぶち破ってやる。僕はサイクロプスの眼球へと全速力で投げた。おそらく今までで一番の速さを記録したはずだった。

 それでもその高速の【破裂球(ショッカー)】は瞼に当たると突き刺さりもせずに落ちる。瞼が固すぎて棘が毀れたのだ。

「くそっ……」

 致命傷はおろか傷さえも与えられない現状に悔しさが零れる。

 ネイレスがサイクロプスを翻弄すべく足元を高速で移動する。サイクロプスの一つ目はネイレスを追えず、まるでダンスを踊っているかのように地団駄を繰り返していた。

 ――だけど、どうする? 僕が咄嗟に思いついた策はすでに尽きた。

 ネイレスの霍乱が無駄に終わってしまうのは癪なのでネイレスに視線が集中している間に、サイクロプスの目を狙って【速球(ブレイカー)】を放つ。しかしこちらに気づいたサイクロプスが瞼を閉じて【速球(ブレイカー)】を弾いた。瞳に対する警戒心が強すぎる。

 瞼に跳ね返った球が僕のもとへと戻ってくる。それを慌てて避ける。ネイレスもサイクロプスの足元から離れ、こっちに近寄ってくる。

「ゴメン、霍乱無駄にした」

「別に霍乱なんてしてないけど?」

 イタズラをした子どものような意地の悪い笑みを零す。

「何してたんですか?」

「散らしてた」

「何をですか?」

「見てれば分かるよ」

 ネイレスが足元を指した途端、サイクロプスの足元で火花が飛び散る。ネイレスはサイクロプスを霍乱していたのではなく、サイクロプスの足元に【爆竹(バンブーパニック)】を仕掛けていた。それがたった今飛び散る。その爆音と火花に驚いたサイクロプスは足を滑らし、大きな音を響かせながら倒れた。

「今がチャンスよ、ヒーロー。瞼を無理矢理抉じ開けて、目ん玉潰すのよ」

 ネイレスがサイクロプスに飛び乗り、僕も続く。サイクロプスが頭を打ったせいか、脳震盪を起こしなかなか体勢を立て直せずにいた。でも時間がないのは確か。僕はサイクロプスの瞼をもち、上へと持ち上げる。

「意外というか、当然というか重い……」

 剣士や盗士、魔法剣士などの肉体を用いた攻撃を得意とする職業ではない僕の筋力はおそらく並の冒険者以下だろう。僕がぐずぐずしていると、脳震盪から立ち直ったのか、サイクロプスが起き上がろうとしていた。時間がない。

 そんな時だ、僕はふと思いつく。【蜘蛛巣球(コクーナー)】を【造型(メイキング)】した僕はサイクロプスの瞼に張りつける。【蜘蛛巣球(コクーナー)】の糸を伸ばし、腕に巻きつけ、サイプロプスの後頭部側へと回る。

 ネイレスも僕の思いつきを理解して、サイクロプスから降りる。

 僕が後頭部側から降りるとサイクロプスが起き上がろうとする。僕は後頭部に【蜘蛛巣球(コクーナー)】を貼りつける。

 頑丈な瞼も目を守れなくては意味がない。

 だから瞼を引っ張ったまま固定した。

 とはいえ【蜘蛛巣球(コクーナー)】の粘着力はそんなに強力じゃないから、貼りついている時間もわずかだろう。

 ネイレスが立ち上がるサイクロプスに短刀〔正直者アリサージュ〕を放る。直後、粘着が剥がれた【蜘蛛巣球(コクーナー)】が取れてしまい、閉じられた瞼によって防がれる。短刀〔正直者アリサージュ〕を素早く回収したネイレスは僕に近づく。

「惜しいね。その線で間違ってないと思うんだけど」

「もう一度やってみよう」

「できたらいいけどね。あいつ、警戒心が強いからおそらくもう【爆竹(バンブーパニック)】は通用しないわ」

 だとしたら何か別の手で転倒させる必要があるのか。けどその手とやらが見つからない。サイクロプスが立ち上がると、両手に持つ棍棒を放り投げる。

「何がしたいんだろう?」

「分からないわ」

 僕たちは何が起こるのか分からず、ただサイクロプスの奇異な行動を警戒する。サイクロプスが跳躍し、宙で一回転。逆立ちで地面に着地する。投げた棍棒は両足が見事キャッチしていた。サイクロプスの両足が手に似ていたのはこのためだった。

 サイクロプスは逆立ちしたまま、器用に足を回す。棍棒を回す足は足とは思えない動きをしていた。膝の間接が人間と違って僕たちが曲げることのできない三方向にも曲がるからだ。うげ……気持ち悪い。

 足が棍棒を振り下ろし、ネイレスが右へ僕が左へと避ける。僕が避けた途端、逆からもう一方の棍棒が襲いかかってくる。【転移球(テレポーター)】を【造型(メイキング)】。襲いかかってきた棍棒へと当て、サイクロプスごと、わずかに場所をずらし、その棍棒を回避。ネイレスが転移したサイクロプスへと【爆剣(ボムブーメラン)】を投げる。その先端がサイクロプスに触れると爆発。サイクロプスを横薙ぎに倒そうとする。

 サイクロプスはむしろそれを利用し、今度は右手と右足で直立。棍棒は左手と左足に持ち直す。なんというか――

「変な戦い方ね」

 ネイレスも同意見だった。

 ただひとつ分かったことがある。棍棒を投げたのが合図で姿勢が切り替わるらしい。その踊っているような戦闘スタイルを崩し、なんとか弱点の目を貫かなければならない。

 ネイレスは打つ手が思いつかなくても果敢に攻めていく。

 それは何かしらの手を思いついてくれるだろうという僕への信頼なのかもしれない。ともかくネイレスが霍乱している間に何かを思いつく必要がある。

 さっきの【蜘蛛巣球(コクーナー)】は惜しい線だった。もっとうまい活用ができればあるいは、と思うものの、それに固執すれば他の策を見失う。

 ネイレスが【煙球(スモーカー)】を【造型(メイキング)】。忍士は投球士が副職(サブ)のため、投球を使うことができた。【煙球(スモーカー)】を瞬時に放ち、姿を隠すとその中から【苦無(スピアエッジ)】、【爆剣(ボムブーメラン)】の乱舞。同時に延びる一本の縄。先端には鉤爪がついている。【鉤縄(フックフロー)】だ。サイクロプスの頑丈な皮膚にももちろん体毛がある。その体毛へと引っかかった鉤縄を用いてネイレスは煙の中からサイクロプスの左手へと飛び移る。

 ネイレスはその間にもしっかりと印を結んでいた。ネイレスは【伝雷(フューネラル)】の帯びた短刀〔正直者アリサージュ〕をサイクロプスの皮膚になんとか突き刺す。雷がサイクロプスの左手を通じ、肩へと伝わる前にサイクロプスは思いっきり左手を振り回し、短刀〔正直者アリサージュ〕を勢いだけで振り払う。刺さり具合が甘かったらしい。

 サイクロプスの手前に着地したネイレスへとサイクロプスが両手の棍棒による挟み撃ちの二撃。ネイレスが空中へと回避するとそれを見越していたサイクロプスが瞬時に右足を振り上げる。棍棒の振りを一気に変え、空中のネイレスを殴打する。僕は【治療球(キュアラー)】を【造型(メイキング)】し、ネイレスを回復させようとするも直撃したネイレスは残像のように消える。空中へと回避したように見えたネイレスの正体は【煙分身(スモッグシャドウ)】。本体は【潜土竜(グランドドラゴン)】によって地中に身を潜めていた。【煙分身(スモッグシャドウ)】が消えるともにネイレスが現れ、地面に直撃した棍棒を持つ右手、その親指の爪と皮膚の間をめがけて短刀〔嘘吐きテアラーゼ〕で一撃。その勢いに乗じるように回転してさらに短刀〔正直者アリサージュ〕でもう一撃。頑丈な皮膚に覆われているサイクロプスが痛みに表情を歪める。

 こうしたネイレスの頑張りの最中、僕にも閃きがあった。しかしサイクロプスの体勢も利用しなければならないため、もう少しだけネイレスに頑張ってもらわなければならなかった。

 サイクロプスが痛みを怒りに変え、変幻自在に体勢を変えながら棍棒を振るう。

 右手の棍棒が地面を破砕。その棍棒を投げたサイクロプスは右足の棍棒を横薙ぎに払い、右手に持ち替え、投げた棍棒を左足で持つと、左手だけで直立。

 右手に持つ棍棒を投げ、右足、右手、右足と交互に持つ場所を変える。左手で跳躍し、踏み潰そうとし、それをネイレスが避けるのを見ると今度は左足の棍棒で、地面を叩き潰す。

 空中へと回避した獲物を今度は右足の棍棒を投げることで狙い、外れると、空中で前転するように、左足の棍棒を勢いよく振るう。

 外れた棍棒の近くまで移動すると、その棍棒を拾い上げ、両足で直立。棍棒を両手で持つという最初の体勢に戻る。

「ネイレス、次さかさまになったら僕が仕掛ける!」

 サイクロプスの全ての攻撃を回避していたネイレスが頷くの確認。

 体勢を変えるため、さらにネイレスは霍乱を続ける。【影分身(オルター・エゴ)】によって十六人へと増えたネイレスは、十六方位から一斉に【苦無(スピアエッジ)】を投げ、牽制。うち八人はさらに【苦無(スピアエッジ)】を投げつつ跳躍。残りの八人は【鉤縄(フックフロー)】をサイクロプスの巨体に投げつけ、体毛に引っかけると、そのまま周囲を回り、サイクロプスを固定。【鉤縄(フックフロー)】を使いサイクロプスを固定した八人は一箇所に固まり、八つの【鉤縄(フックフロー)】をひとつにまとめると八人でそれを引き、壁を蹴りながら跳躍していく。

 サイクロプスの巨躯が倒れ、壁際まで引きずられていく。跳躍したネイレスが、六人のネイレスを踏み台にして天井に到達。残ったふたりのネイレスのうち、ひとりが天井に、【苦無(スピアエッジ)】を打ちつけると、そこにひとつにまとめた【鉤縄(フックフロー)】を通す。そのまま重力落下するとサイクロプスの身体がさかさまのまま、宙へと浮く。

 しかし重みに耐え切れず【苦無(スピアエッジ)】が外れ、サイクロプスが落下。同時にまとめてあった【鉤縄(フックフロー)】も空中で八本に分解される。八本へと分かれた【【鉤縄(フックフロー)】の先端を先程まで牽制していた八人のネイレスが【苦無(スピアエッジ)】によって的確に射抜く。再び、サイクロプスがさかさまのまま壁に固定された。

「ヒーロー。さかさまにしたわ」

 十六人のネイレスが叫ぶ。僕はサイクロプスがさかさまになるまで待つつもりだったけど、ネイレスはサイクロプスを自分の技を以ってしてさかさまにしたのだった。僕はその予想外の出来事に戸惑いつつも頷き、サイクロプスへと近づく。

 目を瞑っていても、瞼を引っ張ればどうしても隙間は開く。僕がやろうとしていることを一言で済まそうとすればそういうことだった。僕は【蜘蛛巣球(コクーナー)】を瞼に張りつけると、瞬時に引っ張り、新たに【造型(メイキング)】した鉄球に絡ませる。

 僕の力で引っ張っただけでは、やはり瞼は開かない。僕は鉄球に【蜘蛛巣球(コクーナー)】を絡ませると、サイクロプスから遠ざかるようにその球で【速球(ブレイカー)】を繰り出す。

 【速球(ブレイカー)】はどんどんサイクロプスから離れていき、その力によって瞼の隙間が開く。ネイレスが疾駆し、印を結ぶ。鉄球の勢いがなくなり、鉄球は【蜘蛛巣球(コクーナー)】に引っ張られるように瞼へ移動。同時に瞼の隙間も閉じていく。

 そのときにはすでに【伝雷(フューネラル)】を帯びた短刀をネイレスが投げていた。光速で移動する二本の短刀、テアラーゼとアリサージュの兄妹がサイクロプスの瞼の内側へと侵入。そのまま強大な瞳へと突き刺さり、稲妻が目玉を焦がし、焼き尽くしていった。その痛烈な激痛でサイクロプスは暴れ回り、ネイレスが施した拘束をも解く。

 僕は少しだけ慌てたがそのときネイレスは追撃すらしていなかった。それが物語っていることはひとつなのだろう。まるで戦闘終了の合図のように、サイクロプスはすぐに暴れるのをやめ、閉じられた瞼から血を流しながら、地面へと倒れていった。

 ――地響き。サイクロプスの巨体が地面に伏せる。

「倒したの?」

 僕は疑問ながらに答える。

「見て分からないの」

 クスッとネイレスが笑う。

「いや、一応の確認」

「倒したよ」

 再度ネイレスが笑い、僕も笑みを零す。

 なんとかなったことに力が抜ける。

「行くよ」

 サイクロプスが出てきた通路へとネイレスが入ってくる。僕も無言で続く。無言ながらも高揚感が収まらなかった。


 ***


「これがランク2の証ね」

 山盛りに積まれた宝石を見つめ、ネイレスが呟く。見惚れたようにネイレスは翡翠色の宝石を手に取る。続け様に僕もランク2の証であるその宝石“交わらぬ嘘”を手に取った。

 ランク1になってから数日、もうランク2になってしまった。

 嬉しい反面、早すぎるんじゃないか、と不安になる。

 瞬間、僕たちの身体に違和感が襲った。【転移球(テレポーター)】の転移にも似ていたが、気持ち悪さが段違いだった。

「なんだ、これ……!」

「落ち着いて」

 取り乱す僕にネイレスが声をかける。

「おそらくこの宝石を手に入れたら外へと転移するように魔法が作用しているんだわ」

「ゾッとするぐらい気持ち悪い……」

「我慢するしかないわ」

 先に宝石を取ったネイレスの身体が宙に浮き、頭上の壁にぶつかる瀬戸際で消える。思えば僕も宙に浮いていた。

 同じようにその瀬戸際で身体が消えてくれるんだよね?

 そう思うも目を瞑ってしまっていたから確認なんかできやしない。

「いつまで目を瞑ってるの?」

 仮面から僅かに見える僕の瞳がいつまでも閉じていることを面白がってネイレスが言う。目を開けるとそこには最初にいた入口があった。

 無事に、戻ってきていたことに安堵する。

「あなたたちもクリアしたんですね」

 振り向けばアルとリアンの姿。

「早いね」

「あなたたちのおかげだ。選ばせてくれた道が一直線だったから、すぐにサイクロプスに辿り着けた」

「それは幸運が重なったわね」

 ネイレスが続ける。

「サイクロプスはめちゃめちゃ魔法に弱かったでしょ」

「ああ、リアンが賢士だから俺の出番はなかった」

「じゃ僕たちが苦労したのは魔法が使えなかったから?」

「そうなるわね。でも倒せないことはないわよ。魔法士系複合職(スタンダード)がいたら楽なだけ。その分、魔法士系が多いと素早いガーゴイルが大変だったりするわ。もっともアタシたちの場合、あいつらが居た分最悪だったけど」

「そういえばあの人達はどうしたんでしょう?」

「知らないわよ。既に失格ならそこらへんにいるし、もしかしたら時間切れになるまで待っているのかもしれないし。まあどうでもいいわ」

「ごめん」

 機嫌が明らかに悪くなったネイレスに僕は謝る。

「別にいいわ。こっちの因縁を思い出して気分を損ねたのはアタシ。自業自得よ」

 その因縁とやらを聞いてもネイレスはおそらく教えてくれないだろう。それに聞いたら機嫌を悪くするのは明らかだった。

 僕だって言いたくないことのひとつやふたつ持っている。聞くのは失礼だろうと思って聞かないことに決める。

「リアンにアルもこんなところにいたのか」

 聞き覚えのある声がしたのでアルたちとともに振り向くとそこにはアネクとヴィヴィの姿。

「無事、合格できたか」

「あったりまえだ。今回はヴィヴィが弱点を見つけてくれたからボスゴブリンのように遅くはならなかったぞ」

「それはそうだろ。だからヴィヴィにお願いしてお前と組んでもらったんだ」

「ああそうですかい」

 アネクは拗ねながらも笑っていた。なんだかんだで気遣ってくれていたことが嬉しいのだろう。

「ってか、アル。お前、リアンにキズを負わせてるんじゃねぇーよ。治せよ、聖剣士」

「お前……師匠の言葉を忘れたか。二兎を追うものは一兎も得ずだ。俺の剣が未熟なうちは癒術を使うなと言われている」

「そりゃそうだけどよ」

「それにね、アネク」

 ご機嫌ななめで納得がいかないアネクにリアンが話しかける。

「この程度のキズで癒術を使ったりすると癖になって魔力を無駄遣いしちゃうんだって。動ける程度の傷なら治さないことも大事だって言ってた」

「それも言ってたけどよ。気になるだろ、吸剣士の俺っちとしては何もできないんだからよ」

「慣れるしかない」

 アルがアネクを諭す。不思議なことにヴィヴィは相槌を打ったりするだけで一言も発しなかった。けれどどこか三人の会話をほほえましく見ていた。

「微笑ましいわね」

 ネイレスもそう思ったのか、僕に同意を求めてきた。

「そうだね」

「羨ましいとか思わないの? もしかしたらあの輪に入ってたかもしれないのよ」

「確かに、羨ましいけど。会いたい人がいるから」

「そっか。そういえばそうよね」

 どことなく残念がるネイレス。

「それに、もしそうなってたら……こうしてネイレスにも出会えなかったわけだし」

「うわっ……女たらしだね」

「どうしてそうなるんですか。今のどこにそんな要素が?」

「うそうそ。冗談だよ」

 ネイレスの頬が若干赤く染まったように見えたが気のせいだろう。

「それに僕がいたら、アルたちの人数が奇数になってしまって組むときに喧嘩したかもしれませんよ」

「そっか。じゃあ言い方は悪いけど好都合だったわけか」

「そういうことです」

 遠目にアル達を眺める。

「そういや……お前ら、ガーゴイルの時のペア誰だった? 俺っちらなんてよ、アンドレ、カンドレとジネーゼ、リーネだぜ。見知った顔ばっかで面白くもねぇ。まあ戦いやすかったがな。でお前らは誰とだったんだ?」

「お前の知らないやつだろう。ちょうどほらあの仮面を被っている人と、隣の女性だ」

「うんん? 確かに知らないな。今年の新人じゃないみたいだ」

「片方はレシュリーさんと同じ投球士系の複合職(スタンダード)だったな、そういえば」

「もしかしてレシュリーさんだったしてな」

 アネクの勘が的中していることにドキリとしたが、大丈夫よと会話を聞いていたネイレスが囁く。

「どうしてですか?」

「その仮面ってキミ以外の人がとろうとしても無駄だから」

「どういうことですか?」

「つまり、こういうことよ」

 ネイレスが僕の仮面を剥ぎ取る。驚き、顔を隠すがそこには仮面がある。

「マトリョーシカシステムってブラジルさんは呼んでる」

「なんですか、それ」

「取っても取っても同じものが出てくることをマトリョーシカっていうらしいの」

「らしいとか、適当すぎる気がしますよ」

「いろいろと分からないことはあるよ、この世界は謎だらけだもの。とにかくその仮面は他人に取られても平気なの。素顔を見せたいと思ったときに自分から取らないとあなたは一生、ヒーローのままよ」

「ようするにレシュリーに戻りたかったら自分で仮面を外せってことですね」

 僕は他の人に聞かれないようにネイレスに囁いた。

 ま、例外的に壊れることもあるらしいけど、とネイレスは微笑む。

 警笛が鳴る。

「なんだ、なんだ」

 誰かが辺りを見回す。

「時間切れ。試練終了の合図よ」

 僕も驚いていたがネイレスの一言で落ち着きを取り戻す。

 同時に時間切れによって転移させられた冒険者が次々とここへ姿を現す。「嘘だろ……」「あとちょっとだったのにぃ」落胆の声が次々と聞こえる。「あと数分あれば……倒せたのに」「これじゃ師匠に顔向けできねぇ」悔し涙を浮かべる冒険者もいた。「……死のう」「……鬱だ」「……絶望したっ!!」そんなふうに嘆くのは流石に大袈裟すぎる気がする。

 そんな不合格の冒険者たちのなかにセレッツォとハイレムの姿がなかった。

 落胆と歓喜が入り混じるなか飛空艇が到着する。

 乗るのを渋っていた冒険者もいたが乗り遅れれば餓死すると脅されあえなく乗っていた。

 次の共闘の園(タッグパーティー)はすぐに行なわれるわけではないらしい。ちなみに乗る直前、合格者には用紙が配られていた。当然、僕のもとにも。それに必要事項を記入し、提出するとすぐさまランク2の認定がなされる。 これで僕もランク2。アリーに追いついた。訂正。アリーはすでにランク3になってるかもしれないし、もしかしたら4になってるかもしれない。

 それでも出会った当時のアリーのランクに追いついた。それが僕には嬉しかった。

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