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第八話 初めて

 目を覚ますと、そこには見慣れない薄汚れた天井があった。

 

「ここは……どこだ。ッ! まだ体中が痛いな」


 周りをキョロキョロと見渡してみると、壁は藁でできており、寝床の周りもボロボロの畳が敷いてあった。


「あ、やっと目覚めた。もう、二日間も寝たままだったから、心配だったんだよ。」

「ぼくがスキルの副作用だと言うまで、泣いていたけどね」 

「ち、ちょっと! 何言っているのよ、ムオン! 私はただ近くにいる人をこれ以上失いたくないだけなんだから」

 

 声をする方に顔を向けると、扉のない入り口にセナとムオンがいた。

 セナには体はそこにあっても目を覚まさないお兄ちゃんのことと俺が重なって嫌なものがフラッシュバックしてしまったのだろう。

 ムオンの冷やかしに対して、赤面しているセナを見ると、どうやら完全に立ち直ったようだ。


「ごめんな。辛い思いをさせて。俺が未熟なばかりに」

「それは違うわよ」

「うわっ! ってシオンかよ。呼んでもないのに出てくるなよ」

「むっ。失礼な奴ね。人があんたの身に起きた異変を教えてあげようと出てきたのに。まあいいわ。今回は説明しなかった私が悪いからへそを曲げないであげるわ」

「どうも。じゃあ聞くが、あれはスキルの通常仕様なのか?」

「違うわ。あれは初めて使ったスキルに脳の情報処理能力が追い付かなかったのよ。ユニークスキルとは始めてから随分時間が経ってから手に入るもの。それ故、ユニークスキル、それもアクティブスキルなら尚更、通常の脳に与える影響が大きいの。この意味わかる?」


 誰に聞いていると思っているんだ?


「ああ。要するに、スキル慣れしていない脳でユニークスキルなんてもん使うと脳がオーバーヒートしてしまうってことだろ」

「ご明察通りだよ。LSOは比較的脳に負担が掛からないスキルで初期段階に脳を成長させるシステムが作動している。これは現実に帰った後でも継続され、もしかしたら、実際に超能力者を生み出すことになるかもしれないの」


 マジかよ。俺超能力者になっちゃうのか。現実に戻ると、テレビ出演のオファーとか多そうだな。


「じゃあ俺はもう、ぶっ倒れることはないんだな?」

「大丈夫だと思うけど、しばらくの間はユニークスキルの多用は控えるのよ。後、他のプレイヤーも使えるスキルはあなたの脳の成長のおかげでキレが増していると思うわ。本当はスキルのレベルアップってことで上達したように思わせるんだけどね」

「そうか。じゃあ痛みもだいぶましになったから、職業選びに行くか」

「そ、そんな体で行くの?」


 俺の体を心配してくれるなんて、なんて優しいんだ。


「セナは心配性だな。ずっと寝てばかりじゃ、体に毒ってもんだ」

「かもしれないけど……」

「それにサポートするって言ってながらも、まだ何もできてないしな」

「それなんだけどね。私、職業はもう決めちゃったの」


 え? 

 その時、入り口から一人の女性が顔を出す。


「目が覚めたのだな、少年。体は大丈夫なのか?」


 大人の魅力を放つ、色っぽい女性。女体化状態の俺と同じくらいのセナの胸でさえも比較にならないぐらいに大きく、手足も細くて、黒髪ロングの色白の美人なお姉さんだった。

 セナの栗色のショートカットも最高だが、やっぱり清純な黒髪ロングが最高だとこの場で確信する。


「どちら様ですか?」

「一応ここの家主だ」

「すいません。俺なんかを助けてくれて。あなたの適切な治療のおかげで、このとおり万全です」

「治療をしたのは、私ではなく《僧侶》の彼女だがな」

「そうだ! なんで勝手に職業決めたんだよ! しかも《僧侶》なんかを」

「だって、治療する職業は《僧侶》しかなかったんだもん」


 口を膨らませて可愛いが、今は誤魔かされるわけにはいかない。


「俺なんかそこら辺に転がしてても、ピンピンしてるからほっとけばよかったんだよ! セナはお兄ちゃんをはやく助けたかったんじゃないのかよ!」

「そんなに怒ることないじゃん。キュウにはやく治ってもらいたかっただけなのに」

「それが余計なお節介だと言っているんだよ! 結果的に効果もなかったようだし、俺のアドバイスなしで勝手に動くなよ」


 烈火の如く怒鳴る俺に、表情を歪ますセナ。

 自分でもわかっているが、俺が悪い。だが、ここもできたら引けない。

 何か言い訳をするか、でも言葉が上手く浮かび上がらず、口をもごもごとしてしまう。

 その間に、セナの方から告げられた。 


「……もういい。今までありがとう。また機会があればよろしくね。じゃあ、ね」

「……どこにでも言ってろ」


 パーティーを解除して、セナは家を飛び出してしまった。

 

「君たちの間柄は詳しく知らないが、今の少年の態度は酷いものだったぞ」

「わかっていますよ、そんなことぐらい。セナには感謝もしています。でも、俺はいつも正直な気持ちを伝えるができないんです」

「でも、みんながみんな、少年の気持ちを理解できるかはわからんぞ。人は思いを言葉にすることで、初めて気持ちを伝えることができると思うがな、私のように」


 そう言って女性はニヤッと笑った。


「あなたのお名前は?」

「ジェヌスだ。少年の名はキュウといったな」

「はい。ジェヌスさん、セナのこと探してきます。上手く言葉にできないかもしれないけど、きちんと謝ります。そしたら、ここに帰ってきてもいいですか?」

「もちろんだとも。心から歓迎する」


 俺は家を飛び出した。まだ体が少しだるくて足がもつれそうになるが、土に汚れながらも必死に駆ける。

 ジェヌスさんの家はゆっくり流れる川の近くにあったので、土手を西に走れば、町の中央にたどり着くとマップに表示されている。

 フレンド登録しているからメールで伝えることもできる。

 だが、俺は文字で伝えたいのではなく、自分の言葉で伝えたい。

 

 どれくらい走っただろうか。シオンは呆れてヘルプに戻ってしまっている。

 走行距離は長くはなかったはずだが、石畳で造られた橋の下でセナを見つけた頃には、夕焼け空になっていた。

 

「どうしてここに来たの?」

「セナを連れ戻すためだ」

「私はお節介だし、足を引っ張るから、キュウに手伝ってもらうのは悪い。わかったなら、どっかいってよ」

「わからないね。確かに口約束しただけの俺をどうしてセナが助けてくれたかは理解できなかった。でも、たぶん今の俺の気持ちと同じはずなんだと思う。見返りを求めるとかそんなんじゃなくて、ただ単純に助けたい、って気持ちがあるから。ううん。助けさせてほしいんだ。頼む」


 俺は体操座りをするセナに頭を下げた。

 これが今の気持ちだし、嘘偽りのない本心だ。


「でも、私、わがままいっぱい言うかもしれないよ。キュウがしたいこともできないかもしれないよ。それでもいいの?」

「俺はお兄ちゃんを救いたいの一心で、このLSOにやって来たセナのことが羨ましいんだ。俺には妹がいるけど、LSOに閉じ込められていたとしても助けたいという理由でここにやって来ていないと思う。それだけ関係が冷めているし、仲が良かった記憶もない。だから、俺ができないことをがんばっているセナにはお兄ちゃんとはやく会わせてやりたいんだ。それが今、俺にできること、やりたいことなんだ」

「キュウは優しいね」


 そう言って、近づいてきたセナが俺の頭を起こした。


「ありがとう、キュウ。私しばらくの間、お世話になるよ。いきなり飛び出しちゃってごめんね」

「俺が悪い。なんか体が軽くなったよ。喧嘩したり、仲直りしたりと、現実ではしたこともなかったけど、気落ちが楽になるんだな」

「キュウは何でも溜めこんじゃう性格なのよ。辛くなったら、私に吐き出していいから」

「うん、ありがとう。帰ろうか。ジェヌスさんが待ってることだし」

「ジェヌスさんにも謝らないとね。いっぱい迷惑かけちゃった」


 俺たちは再びパーティー登録をし、現実の身の上話をしながら、ジェヌスさんの家に向かった。

 ここは仮想空間だが、初めて胸を張って言える友達ができた。


 

 無事に仲直りをし、確かな絆も生まれた二人。

 だが、そんな二人に待ち受けていたのは、お姉ちゃんだった!?

 次回 第九話 ジェヌスと職業

 お楽しみに

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