第七話 シュタルの町
すると、俺の足元から火柱が現れ、俺とセナの体を卵形に燃え上がる炎に閉じ込める。
全体が真夏の炎天下の中に放り出されたかのように皮膚が熱い。
太い腕は今にも折れそうなほどに細くなり、脚もモデルのように細くなる。
筋肉のないお腹はくびれができ、胸は内側から張り裂けそうな痛みを与えながらソフトボールほどの大きさまで膨らむ
寝癖だらけの黒髪は、腰の辺りまで伸びたかと思うと、赤く煌めく髪に変わっていた。
顔も激痛が走り、冴えない男性の顔が、日本人らしい美しい顔になる。
変身が終わり、炎の卵が割れると、俺たちは姿を現す。
「これが俺なのか?」
白いワンピースを着た体をペタペタ触り、体の感触を確かめる。
元の俺の姿は跡形もないが、感覚は今までとは変わらない。いや、むしろ体全体が研ぎ澄まされたように感じられる。
オークたちは俺たちが火の卵に包まれている間に、距離を取っていたのか、攻撃をしてこなかった。
「キュウくんなの?」
服の端、今はワンピースの端だが、つまんだままのセナも炎に包まれたはずなのに、変化はなかった。
元々女の子だしね。
それにしても、
「ワンピースって、股がスースーして気持ち悪い」
今まで女装などしたことのない俺にはワンピースを着ることは初めての経験だ。
ワンピースの女の子は可愛いなと思っていたが、こんなものを平気で着れる女の子を尊敬したい。
「女子ってすげえな」
「な、何?」
「それよりも、放してもらっていいかな? 時間制限あるからさっさと倒したいんだけど」
「ごごご、ごめんなさい!」
どうして顔を赤くするのだろうか? でも、オークが様子を窺がっている間にどうしても一気に倒したいのだ。
第一の魔法《紅の一撃》は単体の近接スキル。
第二の魔法《紅蓮の竜巻》は目の前の複数体に攻撃。
第三の魔法《降り注ぐ火炎》は背後の敵も含めた広範囲攻撃。
威力は第一魔法の順に強いが、今回は一体ずつ倒す時間はない。
ならば、
「セナ近くに居ろよ。《降り注ぐ火炎》!」
「ふへ?」
セナが意味の分からない言葉を発する間にも、上空が赤く染まり、炎の塊が俺たちの周りに落ちてくる。
オークに直接狙いを定められないので当たらないものもあるが、激しい噴火のようにしばらく止みそうにない炎の襲撃はオークたちを恐怖させる。
少しでも掠ったオークたちは一気に消滅し、それを見たオークたちは撤退を始める。が、広範囲に落ちる火炎は撤退を許さなかった。
「ルールブレイカーだな、これは」
使用者の俺さえもビビるぐらいの強さ。セナなんか目の前に墜落する火炎を見てか、腰を抜かす始末。
視界に入る敵がいなくなると、攻撃は止んだが、ここで気を緩めるわけにはいかない。
「この状態だと、普通より速く移動できるから、効果が切れるまでシュタルまで駆け抜ける。ちょっと揺れるが、しっかり捕まっておけよ」
「うわ! お姫様抱っこなんて恥ずかしいからやめて! ちょっ! 揺れる、揺れる! ストップしてぇ!」
女体化した俺は、シュタルまで約2㎞の道のりを人間業とは思えないスピードで駆ける。
俺たちを視界に捉えるのは難しく、オークたちも少し反応しただけで攻撃もできない。
速すぎて景色が一瞬で置き去りなので、視界の右端に固定したマップを見ながらの走行になる。そのため、確実に障害物を避けながら進むことができ、一分ほどでシュタルの町を囲むレンガ造りの城壁にたどり着いた。
「あ~くらくらする。もう、いきなりやめてよ! 本当にびっくりしたんだから!」
「ごめん、ごめん。変身できる時間があまりなかったから」
「そうそう、いきなり可愛い女の子になっちゃうし、声も高くなっちゃうし、噴火みたいなことも起きるし、死ななかったからよかったけど、今度からちゃんと言ってよね」
頬っぺたをプクッと膨らませるセナを少し可愛いなと思いながらも、声まで変わっていることに驚く。自分ではいつもより声が出しやすいと感じるだけなんだけどな。
「一応スキルを使ったときに知らせれたと思ったんだけどな」
「言い訳は聞きたくない!」
「ごめんなさい。今度からきちんと言わせてもらいます」
「よろしい」
次もあるかわからない約束をし、セナは機嫌を直してくれた。
「じゃあ、町に入るか。ッ!」
「どうしたの?」
「ウ……ウッ! グハッ! グ、グッ……」
「だ、大丈夫!? 痛いの?」
《女体化:紅蓮の魔法使い》の効果が切れたのだ。
強引に男性の体に戻されるときは感じたこともない痛みが生じ、体中のあらゆる間接や骨が痛む。
一歩も歩けそうにないな、俺。
元の姿に戻っても、痛みが引くことがなく、指すらも動かすことができなかった。
「動けないの!? なら、私が背負うから無理しないでいいからね」
「い……いい、から」
「ダメ! 無理をさせたのは私だから、怪我人は大人しくしているのよ」
セナの小さな背中に背負われると、門のある場所までゆっくりと運ばれる。
「すいません。怪我人がいるんです。中に入らせてください」
「疫病ではないなら、大丈夫だ。ゆっくりシュタルで療養するがいい」
あっさりと門番からの許可を得て、シュタルの中に入ってみると、そこでは木造で簡単な造りになっている家が並ぶ町の景色が広がっていた。道路も土だし、近代化はあまり進んでいないようだ。
俺は何とか気を張っているので、意識がまだあるがいつ途切れてもおかしくない状態だった。
「出てきてムオン。近くに泊まれる場所とかある? キュウを休ませたいの」
「シュタルでは民家の人に頼めば、ランダムで泊まらせてくれるはずだよ」
「ラン……ダムかよ」
「しゃべらないで! 絶対安静なんだからね! じゃあさっそく……うか」
もうダメだ。視界が歪んで、聞き取りづらくなる。
もしかして、ここで死んでしまうのか、俺?
町の中だから、セナだけでも大丈夫、だよな。
セナだけでも助かったことに安堵しながら、俺の意識は闇に落ちた。
気を失うキュウ。だが、セナのおかげで何とか助かり、初めての町にたどり着く。そこで出会ったのは……
次回 第八話 初めて
お楽しみに